[携帯モード] [URL送信]

その他
【黒バス】緑間と高尾とクレーンゲーム機
 ゲームセンターに並ぶクレーンゲーム機の1台。
 その中に積まれているぬいぐるみの山を、緑間真太郎は恨めしそうに見つめた。
 手のひらほどの大きさの、ぬいぐるみたち。
 その山の上に転がっている、黄色いずんぐりとした身体と、大きなどんぐりまなこ。ペロリと舌を出した、犬なのか熊なのかよくわからない、奇妙なキャラクター。
 そのぬいぐるみを、緑間は心から欲していた。
 別に、このキャラクターが好きだからではない。
 そもそも、これが何という名前のキャラクターなのか知らない。
 内壁に貼られたポスターには、『ポコポコフレンズ』と書いてある。察するに、幼児向けテレビ番組のマスコットキャラクターの様だが、この番組名自体、今日初めて目にした。
 それでも、このぬいぐるみが欲しいのは何故か。

(『大きな目をした、黄色いぬいぐるみ』……)

 彼が信じてやまない、『おはスタ』の星占い。
 今日の蟹座のラッキーアイテムに該当するこのぬいぐるみを、何としても入手しようと、彼は必死になっていた。

「もう一度だ……」

 財布から100円玉を取り出して、投入口に入れる。
 ゆるゆると動くアームを操作して、目指すぬいぐるみに落とす。
 今度こそ、と願うも虚しく、アームはぬいぐるみのでっぷりとしたお腹を少し持ち上げただけで、手ぶらで引き返してきた。

「何なのだよ、一体っ!?」

 先程から野口英世2名分くらいは注ぎ込んでいるが、一向に取れない。横に傾けたくらいだ。
 元々ゲームセンターとは縁が無く、クレーンゲーム自体ほとんどやったことが無い緑間だ。勝手がわからず、苛立ちのままに筐体の中を睨みつけた。
 目当てのぬいぐるみが自分に向かって、「あっかんべー」とからかっている様に見えてくる。それどころか、他のぬいぐるみ達も愛嬌溢れる顔の裏で、躍起になっている自分を小馬鹿にしている様に思えてしまう。
 もう一度挑戦しようと、緑間は財布の中を覗いた。

「あれ、真ちゃんじゃん。何してんの?」

 振り向くと、自分と同い年くらいの少年が立っていた。確か同じクラスで、同じくバスケ部に部員した奴だ。妙に人懐っこい、黒髪の猫目。
 彼の名前は何と言っただろう。入学してもとい、入部してから数日しか経ってないので、思い出すのに少しだけ時間がかかった。

「……高尾?」

 そうだ、高尾だ。

「真ちゃんもゲーセン来るんだ。意外〜。こういううるさいトコ苦手だと思ってた」

 何故こいつは、人の事を馴れ馴れしく『真ちゃん』と呼ぶのだろう。友達でも無いのに。
 訝しむ緑間を他所に、高尾は笑いながらこちらに近づいてきた。

「何取ってんの? って、ポコフレ? うわっ、マジ? えっ、何それ? 真ちゃんってキャラもの好き? 超意外なんですけど〜?」
「うるさい、何度も尋ねるな。オレだって、好きでこうしているのではないのだよ」
「じゃあ何? プレゼントとか?」
「これは、ラッキーアイテムなのだよ」
「はぁ?」

 笑いを堪えようとする彼の目が、丸くなる。
 事情を説明すると、その身体が小刻みに震え出した。

「ぷっ……マジで?」
「マジなのだよ、事実なのだよ」
「笑っていい?」
「既に笑っているだろうが。笑いたければ笑え」

 と緑間が言うと、高尾は腹を抱えて大声で笑い出した。
 あまりの声の大きさに、少し離れた筐体の前にいたカップルが、驚いてこちらを見る。

「ぎゃはははは!!! すげぇ真ちゃん!!! ぎゃはははははサイコー!!!」
「うるさいぞ」

 注意しても、やめる気配が見られない。周囲の目もお構いなしだ。
 どうやら、極度の笑い上戸の様だ。

「ふんっ」

 うるさい彼を無視して、緑間は再び財布の中を覗き込む。残る100円玉は、あと1枚。

(これで取れれば、いいのだが……)

 100円玉を投入し、ゆっくりと深呼吸をしてから、大きな丸いボタンに指を置く。
 アームを動かして、再びぬいぐるみに下ろす。
 しかし狙いが外れ、アームはぬいぐるみに直撃。当たった衝撃で少し傾かせただけで、取ることは出来なかった。

「くそ……っ!!」
「手伝ってあげようか?」
「は?」
「オレ得意なんだよね〜、UFOキャッチャー」

 高尾はニィと笑うと、筐体の中を覗き込んだ。

「ぺろっ太でいいの?」
「キャラクター名を言われても、わからないのだよ」
「あの黄色いの?」
「ああ、それだ」
「ん〜、ありゃダメだな。位置を戻してもらわないと。横向いてら」
「戻すだと? 馬鹿な事を言うな、随分穴まで近づいたのだぞ」
「どれぐらい?」
「2cmだ」
「ぶはっ! それ胸張って言う距離かよ!」
「うるさい、人の努力を笑うな」

 まったく、失礼な奴だ。
 緑間は睨み付けるが、そんな事はお構いなしに高尾はケラケラと笑い続ける。

「この角度じゃ無理だって。直そ直そ」

 と言うと、高尾は辺りを見回す。そして遠くに店員の姿を見つけると、「すいませ〜ん!」と大きく手を振った。

「勝手な事をするな」
「いいから、見てなって」

 ケラケラ笑って緑間をあしらうと、高尾は近づいてきた店員に、ぬいぐるみの位置を直すよう頼んだ。
 店員はテキパキとガラス戸を開けて、黄色いぬいぐるみを手に取る。そしてぬいぐるみ達が積み重なった山の頂点に、仰向けに置いた。

「こんな感じでどうですか?」
「あぁ、OKっす」

(どこがOKなのだよ?)

 これでは、開始した時と何ら変わらない状況ではないか。自分の今までの努力を無駄にするなんて。
 真っ直ぐに自分と向き合う姿勢に戻されたぬいぐるみを、緑間は睨みつけた。
 店員が立ち去ると、高尾は口笛を吹きながら、自分の財布の中を覗き込む。

「なにしかめ面してんの? ご不満? あ〜ちょい待ち、両替しねぇと」
「笑えるものか、振り出しに戻されたのだぞ」
「仕方ないだろ、キャッチャーで位置直すって言ったら、こんなもんなの。まっすぐに戻すくらい」

 と言いながら高尾は、背後にあった両替機に1,000円札を投入する。

「相手が女の子だったら、もっとおまけしてくれるんだろうけどな。何なら女装して試してみる?」

 チャリンチャリン、と受取口に硬貨が落ちる。
 ケラケラ笑いながら、高尾はそれを取った。

「茶化すな。まったく貴様は、人事を尽くすということを知らんのか」
「は、何それ?」
「『人事を尽くして天命を待つ』。己が出来る限りの努力を尽くしたら、後は焦らず結果を天に任せる、という意味だ」
「ふ〜ん……」

 鼻を鳴らすだけで、高尾は両替した500円硬貨のうち1枚を財布に納めた。

「訊いておいて何なのだ、その態度は」

 顔をしかめる緑間を他所に、高尾はクレーンゲーム機に向かう。

「まぁ、よーするに、努力しろってことだろ」
「極めて単純に言えば、そういう事になる」
「だったらさ、改善するよう努力するのも、有りなんじゃね?」

 ニィと笑いながら、高尾はコインを投入する。
 プレイ回数を表示する小さなモニターに、『6』と表示された。この筐体は1回100円だが、500円投入した場合は1回おまけされて6回挑戦できる設定なのだ。

「6回もかかんないと思うけど、まぁ保険ってことで」

 そう言うと高尾は、クレーンを見ながら点滅するボタンを押す。
 二人が見つめる先で、ゆるゆると、クレーンが右方向に動き始める。そして一度止まると、今度は奥へと進み、ぬいぐるみの上で止まった。
 的確な位置に運んだ、と思われる。操作もスムーズに行っているし、彼は相当慣れているのだろう。
 癪に障って、緑間は鼻を鳴らす。
 一方、高尾は「ふむふむ」と呟き、楽しそうに、下りていくアームを見つめた。
 アームはぬいぐるみのでっぷりとした腹部を掴み、再び上昇する。
 しかし、先程緑間が行った時と同様に、ぬいぐるみを少し持ち上げただけで、すぐに落としてしまった。

「どうだ、難しいだろう」
「いばって言うことかよ。まぁ、確かに一筋縄じゃいかないみたいだな」
「アームが貧弱なのだよ」
「だろうな。噛み合わせも合ってないし。右がちょい手前かぁ……」

 高尾は笑いながらアームを見ると、再びぬいぐるみに目をやる。その目は、楽しげに輝いていた。
 不愉快な自分とは対称的な彼に、緑間は眉を潜めた。

「何が面白い?」
「え〜? だって、ここゲーセンだぜ。これゲームじゃん。ゲームは楽しむモンだろ〜?」
「楽しくなどない。不愉快だ」
「ま、取れないとつまんないわな。でも攻略を考えんのも、結構楽しいぜ♪」
「あるのか、攻略など?」
「とくとご覧あれ、ってな♪」

 高尾が再び、アームを動かし始めた。
 アームが、ぬいぐるみに下りていく。今度は、頭を狙った様だ。
すると、アームは頭の下に滑りこむと、頭を抱え上げる様に大きく持ち上げた。

「な……っ!?」

 思わず、緑間は身を乗り出す。
 こうも大きくぬいぐるみを動かせたことなど、今まで一度たりとも無かった。無かった故に、目の前で起きている事が信じられなかった。
 アームに引きずられる様に、ぬいぐるみはダクトへと向かう。しかし途中で他のぬいぐるみに足が引っかかり、横向きに倒れた。
 それでも、緑間が奮闘していた時よりも遥かに進んだ。

「よしよしっと♪」

 高尾はチラリと隣を見る。そして、口をあんぐりと開けて見入っている緑間の姿を確認すると、満足そうに笑った。

「後は押し込んで〜っと♪」

 今度は、足を目がけてアームを下ろす。アームはぬいぐるみの足先を少し掬い上げただけだが、そのまま取り落とす事無く、ひっくり返しながらダストのすぐ側まで近づけた。
 続いて、頭に合わせてアームを下ろす。そして、もう一度ひっくり返すように動かし、ついにはぬいぐるみをダストに落とした。
 筐体の照明が軽快に点滅し、ファンファーレを奏でる。
 
「ほい、真ちゃん♪」

 高尾にぬいぐるみを差し出されても、緑間は呆然と黄色いそれを見つめるだけで、受け取ろうとはしなかった。

「なに、そんなにビックリした?」
「――ふん、呆れただけだ。勘違いするな」

 人差し指で眼鏡の位置を直しながら、緑間はぬいぐるみを受け取る。
 店員が「おめでとうございま〜す!」と、にこやかにやって来るが、それを無視してまじまじと見つめた。
 黄色いぬいぐるみ。紛れもなく、今日のラッキーアイテムだ。
 あんなに苦戦したのに、それを彼はあっさりと獲得した。500円を投入して4回で取れたのだから、実質400円くらいしかかかっていない。自分は何千円とかけても出来なかったのに。それが信じられなかった。
 高尾を見ると、店員から何かを受け取っている。
 店員が立ち去るのを見計らって、声をかけた。

「高尾」
「なに?」

 振り返った高尾は、楽しそうに笑っていた。

「どうやって取った?」
「え、アームをだだ〜っと動かして〜…」
「そんなもの見ていれば解る。馬鹿にしているのか? どうやって少ない手数で取ったのかと訊いているのだ」
「ああ〜、たいしたことじゃないって」

 と笑いながら、高尾は緑間の手からぬいぐるみを取り上げる。そしてそれを横向きにして、彼の目線の高さまで持ち上げた。

「横から見るとよくわかるだろ、頭の方が胴体よりも小さい。ってことは、こっちの方が少し軽いワケで〜…」
「頭の方が持ち上がりやすいから、アームが弱くても動かせる。という訳か」
「そのとおり! アッタマいいな、真ちゃん♪」

 高尾は笑いながら、緑間にぬいぐるみを返す。
 安定して運ぶなら中心を狙うべきだと思い込んでいたが、クレーンゲームに関しては違うようだ。

(それで、頭や足を狙っていたのか。なるほど)

 一度は納得したものの、どうも腑に落ちない。
 
(こうも狙った通りに、的確に動かせるものか?)

 狙った位置に動かすことは、アームの移動速度を元にタイミングを測れば、出来なくもないだろう。
 しかし周囲にも、そして下にも他のぬいぐるみがあるこの障害だらけの状態では、まわりのぬいぐるみが邪魔で、思い通りにいかないはずだ。現に自分がそうだったのだから。

(慣れているから的確な操作が可能なのか? いや、ターゲットや周囲との位置関係を、的確に捉えているとしか思えん。見ただけで……?)

 そこまで考えたところで、ある考えに達した。

「お前、いい目をしているな」

 緑間の言葉に、高尾は得意気に笑う。

「まぁね♪」

 空間認識力。
 空間を立体的に捉えて、多方面から見た状態をイメージし、理解する力。
 その力に、高尾は優れているのだ。

(驚いたな……)

 空間認識力に優れているということは、バスケットボールやサッカーなどでは有利と言われている。コートやフィールド内を絶えず走り回るスポーツは、敵・味方の位置を的確に理解出来れば、パスが通りやすく、あるいは相手のボールを奪いやすく、得点も入りやすくなる。一流の選手が絶妙な位置から得点を決めているのは、この力が高いからだと言われている。

「おまえ、ポジションは確かPG(ポイントガード)だったな」

 パス連係の要として、心強い存在だ。入部して間もないので、まだ彼のプレイを見ていないが、試合ではきっと頼りになるだろう。
 すると、高尾はニヤリと笑った。

「真ちゃんがいい位置にいたら、どんどんパスを出す。そしたら、バンバン決めてくれよっ」
「ふん、偉そうな口を叩く前に、レギュラーを勝ち取る事だな」
「何だよその言い方〜。自分はレギュラー確定みたいじゃん」
「当たり前だ、この俺がレギュラーに入らない訳がない」
「はぁ、えらそ〜」

 呆れた様に、高尾は肩を落とす。が、すぐにニヤリと笑った。

「まぁいいけど。それよりさ、あと2クレ残ってるから、他の台に挑戦してもいいって。なんか欲しいものある?」

 高尾がヒラヒラと、『1クレジット』と書かれたラミネートカード2枚を振る。先程店員から受け取ったものだ。

「にくれ?」
「あと2回遊べるってこと。何かまだ欲しいのある? 無ければ消化試合でお菓子取るけど」
「いや、別に……」

 欲しいものはこうして、この手にある。
 緑間は手の中にある黄色いぬいぐるみを見下ろし、少しだけ微笑んだ。

「ふ〜ん、じゃあ消化試合決行〜! すいませ〜んっ!」

 高尾は近くにあった、飴など小さな菓子を掬い上げるドーム型の筐体の前で、店員を呼ぶ。そしてカードを渡し、何やら操作してもらった。
 その様子を緑間は、ただ眺めている。
 やがて店員が軽く一礼して去ると、高尾は目を細めて、筐体の中を見下ろす。ゆっくりと廻るレーンの上の菓子を、品定めしている様だ。

「真ちゃんってさ、甘いモン食えるの? 苦手ならプチクラッカーとか甘くないヤツ狙うけど」
「高尾、」
「ん?」

 いつの間にか隣に立っていた緑間の顔を、高尾は見上げる。
 視線を逸そうと、緑間は筐体の中を覗き込んだ。

「……礼を言うのだよ」
「は?」
「それと、あのおしるこ味のキャンディなら、もらってやってもいいのだよ」

 一瞬きょとんとしたが、その後すぐに、高尾は弾けるように大声で笑い出した。

「ぎゃはははははは!!」
「何がおかしい?」

 顔をしかめても、相手は笑うのをやめようとしない。
 そのまま睨み続けると、緑間に気づいたのか、あるいは気が済んだのか。彼は、ようやく口を閉ざした。

「ったく、ありがとうも言えないのかよ。真ちゃんってもしかしてツンデレ?」
「礼を述べたのに、その態度は何なのだよ?」
「あ〜、はいはいっと。とりあえず、どういたしまして」

 高尾はしかめっ面する相手に笑いかけると、マシンを覗き込む。そしてアームを動かすボタンに手を置いた。

「あ〜この短時間の間に、真ちゃんのコトだいぶ掴めてきたわ。占い好きで〜、ツンデレで〜、和菓子が大好き〜、っと」
「違う、おしるこが好きなのだよ」
「あ、そうなんだ。了解、覚えとくわ」

 筐体を覆う、ドーム型の透明なパネル。そこに、高尾の笑顔が写る。
 何がそんなに楽しいのだか。

「んなしかめ面すんなよ」

 高尾の言葉に驚いていると、パネルに写る彼と目が合う。
 狙いの菓子を目で追いながら、彼はこちらを見て笑っていた。

「ま、よろしくな♪」

 どう対処していいか解らず、代わりに鼻を鳴らすと、彼はさもおかしそうに笑みを深めた。

おわり

【あとがき】

初の黒バス小説。以前『即興二次小説』に途中まで書いていたものを、完成させたものです。
まだコミックを10巻までしか買ってなくて、アニバスも録り溜めててなかなか見れてないので、色々間違っていたらごめんなさい。

高尾さん、かなり好きです。
面白いですよね、陽気で人懐っこくて、でも冷静で時にシニカルで。
一番好きなのは桜井くんですが、動かしやすい&ネタが浮かびやすいのは彼が一番かな。
そんな彼が空間認識力高いなら、きっとクレーンゲーム機得意なんだろうな〜と思って書きました。
自分も結構クレーンゲーム機はやりますが(自分はタイミング測ってアーム動かすタイプ))、空間認識力高い人がやると、アームの差し込み方が絶妙なんですよね。羨ましい…。
これで高尾さんが、妹にぬいぐるみ取ってプレゼントしてたら微笑ましい限りです♪
しっかしよく考えると、緑間さんにプレゼントしてる訳ですよね。
優しいな、高尾さん。いい子です♪ (2014.01.16)



その他・小説の一覧に戻る

トップページに戻る



[*前へ][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!