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その他
【エスプレイド】たいやき


 日が傾くにつれて、風が一層冷たくなってきた様に感じる。
 首元を掠める冷たい風に、祐介は首を竦めた。

「寒ぃ……って、お前、よくその恰好で寒くないな」

 前を歩くJ-B 5thの姿に、祐介は眉をしかめた。
 この季節にノースリーブのシャツと丈の短いマントは、寒くないのだろうか。防寒対策なのか黒いタイツを着用し、緩く首元にマフラーを巻いているが、それだけではどう考えても不十分だろう。マントから伸びるむき出しの華奢な腕や、時折マントとシャツの裾との隙間から見える肌に、彼は違和感以外の何も覚えなかった。

「あん?」

 不機嫌そうに、J-Bが振り返る。

「これくらい、どうって事ねぇよ。これで寒いなんて、お前弱っちいな」

 小馬鹿にする様に、少年は鼻を鳴らした。
 その様に苛立ちを感じて、祐介は即座に言い返す。

「黙れ、この伊達の薄着ッ!」
「だて…のう……? な、なんかわかんねえけど、バカにすんな!」

 伊達の薄着も知らないのかと、怒る相手を嘲笑しようとしたが、すぐに彼が異国人だという事を思い出してやめた。
 髪は黒いし、流暢に日本語を喋るのでつい忘れてしまいがちだが、彼はロシアの政府機関が送り込んできたESP兵器なのだ。日本より遥かに寒いロシア出身なら、この程度の寒さなら、まだ暖かい方なのだろう。

(確かあっちじゃ、冬は昼間でも氷点下になるんだよな。夏でも20度くらいまでしか上がらないとか)

 地理の授業で教わった知識を、祐介はおぼろげに思い出した。

「なんだよ? 無視すんなよ!」
「まあまあ、二人とも喧嘩はあかんよ」

 祐介の隣を歩いていたいろりが、困った様に笑った。
 彼女からすれば、この二人はさしずめ、手のかかる兄貴達といったところだろう。二人が険悪なムードになると、いろりが間に入ってたしなめる。それがいつしか、三人のセオリーとなっていた。

「フンッ」

 鼻を鳴らして、J-Bが再び前を向く。
 その様がおかしくて、いろりはくすりと笑った。
 その時、ぐぅ、と誰かの腹の虫が鳴いた。
 誰の音かと、祐介といろりが顔を見合わすと、前から「悪かったな!」と、J-Bの怒鳴り声が飛んできた。
 その反応に、祐介は思わず声を上げて笑い出す。そしていろりは、堪え切れずに吹き出してしまった。

「てめぇら……」
「ふふふ。堪忍な、J-Bはん。でも、うちもお腹すいてるし、おあいこやねん」
「そう言えば、俺も……」

 ふと祐介は、この近くに鯛焼き屋があることを思い出した。特に祖父母がその店の味を気に入っているので、彼もたまに土産として買って帰ることがあった。

「近くにうまい鯛焼き屋があるけど、食うか?」

 その言葉に、いろりはパァッと顔を輝かせた。

「ええなぁ! うちも食べたい♪」
「よし。じゃ、おごってやるよ」
「ほんま? 祐介はん、おおきに♪」

 関西国際警察のエージェントとはいえ、まだ小学生の女の子に金を出させるのは偲びない。鯛焼きくらいなら、自分の小遣いでも余裕で奢れる額だ。
 そう考えた祐介の申し出に、いろりは満面の笑みで喜んだ。
 子どもらしい無邪気な反応に、自然と祐介の顔にも笑みが浮かぶ。

「……たいや、き?」

 鯛焼きが何なのか知らないのだろう。ただ一人J-Bは、怪訝そうに二人を見ていた。

「どこにあるんです、そのお店?」
「そこの角を右に曲がってすぐだ」
「めっちゃ近くやな。ほな、はよ行きまひょ♪」

 いろりは祐介の服の袖を引いて、うきうきと歩き出した。

「J-Bはんも、はよはよ♪」
「なんだよ、勝手に決めるなよ」

 悪態をつきながら、J-Bは二人の後をついていった。
 祐介の言葉通り、角を曲がってすぐ、『たいやき』とだけ書かれた、色あせた大きな看板が見えた。
 その店はこぢんまりとした造りで、民家が立ち並ぶ一角に自然と馴染んでいた。ガラス張りの屋台口の向こうに、せっせと鯛焼きを焼いている店主と思しき年老いた男の姿が見える。
 店に向かって歩いていると、買い物袋を提げた中年女性とすれ違った。
 その時、あたたかくてほんのりと甘い香りが微かにして、いろりは女性の方を振り返る。そして彼女が買い物袋とは反対の手に、湯気で少しふやけつつある小さな紙袋を大切そうに抱えているのを見つけて、楽しそうに笑った。

「楽しみやね♪」

 店の前で立ち止まると、先程すれ違ったものと同じ甘い香りに、ふわりと出迎えられた。

「いらっしゃい」

 ニコニコと笑いながら、店主がガラス戸を開けた。
 財布を取り出しながら、さて、と祐介は考えた。
 ちらりと、J-Bを見る。
 彼は一見興味ないと言いたげなつまらない顔をしながらも、目はガラス戸の向こうに置かれた鯛焼きを焼く機械に釘付けだった。店主が蓋を開けて、焼き型からこんがりと焼けた鯛焼きを手際良く取り出し始めると、その様子を見ようと少し首を傾けているのを、祐介は見逃さなかった。

(いろりにはおごると言ったけど、こいつはどうする? ムカつく奴だけど、一応年下だし。って言うか、こいつ金持ってるのか?)

「どないしはった、祐介はん?」

 祐介の顔を見上げて、不思議そうにいろりが首をかしげた。

「いや……、いろりはいくつ食べる?」
「おおきに。うちは、つぶあん一つでええよ。そないたくさんは食べられまへん」

 いろりは右手の人差し指を立てて、笑顔で答えた。

「そうか。じゃ……」

 迷っていても仕方ない、腹を括ろうと、祐介はJ-Bに声をかけた。

「J-B、お前はどうする?」
「……えっ?」

 返事が帰ってくるまで、微妙な間があったのは何故だろう。J-Bはぽかんとした表情で、祐介を見つめた。
 半ばやけになって、祐介は言葉を続ける。

「だからっ、お前にも鯛焼きおごってやる!」
「い……いらねぇ!」

 J-Bは唇を尖らせたまま、ぷいと顔を背けた。

「そんなよくわかんねぇもん、誰が食うか!」

 警戒心の強い彼らしい返事だと思うが、自分の好意を無下にされていい気はしない。祐介は感情のままに相手を睨みつけた。

「お前な……」
「おや、そっちのお兄ちゃんは鯛焼きを食べたことないのかい?」

 店主は残念そうな顔をした。

「あ、はい。あいつはロシアから来たので……」
「へぇ、海外から来たのか」

 祐介が説明すると店主は、今度は興味深そうにJ-Bを見た。

「食わず嫌いはあかんよ、J-Bはん。せっかく祐介はんがおごる言うてくれはるんやし、食べてみたらええねん」
「いらねぇって言ってんだろ!」
「頭固いお人やなぁ」
「まぁまぁ、この子が言う通り食べてごらん。クリームもあるよ。外国人なら、こっちの方が口に合うんじゃないかな」

 長年店を構えている彼からすれば、わがままな子供などたわいない存在なのだろう。J-Bが怒鳴りつけると、店主は怒る事なく優しく笑い返した。そしてJ-Bが鼻を鳴らすと、尚もおかしそうに笑った。

「さて、いくついるんだい?」
「えーと。それじゃ、つぶあん3つとクリーム2つください」
「はい毎度。5匹で500円だよ」

 つぶあんの内1個は、いろりの分。自分は、つぶあんとクリームの両方を食べたい。そしてJ-Bがどうするか解らなかったので、彼の分は各1個ずつ買う事にした。
 財布から500円玉を1枚取り出して店主に渡すと、店主は鯛焼きの入った紙袋を差し出した。彼は袋の口を閉じた左隅に貼られた黄色くて丸いシールを指差し、こちら側に入っているのがクリーム入の鯛焼きだと教えてくれた。

「はい、熱いから気をつけて。仲良く食べるんだよ」
「あ……ありがとうございます」

(どこぞのわがままクソガキロシア人の所為で、こっちまで子供扱いされるなんて……)

 内心苦々しく思いながらも、それを顔に出さない様に気を付けて、祐介は紙袋を受け取った。

「おじはん、おおきに♪」

 いろりが、ぺこりと頭を下げた。

「立ったままだとお行儀悪いやろ、そこ座って食べまへん?」

 買ってその場で食べられる様にと、店側が用意したのだろう。すぐ側に置かれている縁台を、いろりは指差して、そう提案した。

「ああ、そうだな」

 祐介が一番左に座り、その隣にいろりがちょこんと腰を下ろした。

「J-Bはん、ここ座りや」

 空いている座面をぽんぽんと叩いて、いろりはJ-Bに促す。
 しかしJ-Bは鼻を鳴らすだけで、動こうとはしなかった。
 かたくなな彼を無視して、祐介は紙袋の口を開けて、いろりに中を見せる。

「いろり、ほら」
「おおきに、祐介はん。つぶあんどっちやろ?」
「そっちからだと……右側がつぶあんだ」
「おおきに」
「熱いから気をつけろよ」
「はいな♪」

 いろりは手袋をはずして、一番右側の鯛焼きを取った。そして「ぬくいわ♪」と嬉しそうに笑った。
 J-Bにも渡そうと、祐介は紙袋を未だ座ろうとしない彼に差し出した。

「ほら、お前も」

 J-Bは差し出されたものを少し睨んだ後、今度は祐介の顔を睨みつけた。

「いらねぇって言ってんだろっ」
「腹減ってるんだろう? とりあえず食べてみろ」

 と言うと、祐介はなおも紙袋を持つ手を突き出した。

「だからいらねぇって……」

 J-Bは、祐介の手を押し返そうとする。
 それを、彼の腹の虫が声を上げて抗議した。
 どうやら主と違って、こちらは正直な性格らしい。

「く……っ」

 悔しさと恥ずかしさに、J-Bは体を小刻みに震わせる。俯いて顔を隠そうとしているが、立っている彼の顔は、座っている祐介達からは丸見えだ。頬が赤く見えるのは、陽が傾いている所為だけではないのは明らかだった。
 その姿に、二人は思わず笑い出した。

「お前な……。意地張ってないで食えよ。まずいと思ったら残せばいいから」
「フンッ」

 J-Bは、むしり取る様に鯛焼きを一つ取った。余程恥ずかしいのか、顔は背けたままだった。
 ようやく相手が受け取ったことに、祐介は静かにクスリと笑った。

「J-Bはん、ここ座りや。立ち食いはお行儀悪いで」

 もう一度いろりが促すと、彼は少し躊躇してから、ようやくベンチの端に腰を下ろした。

「いただきま〜す♪」

 いろりは尾が上になる様に鯛焼きを持ち直すと、ぱくりと食べた。

「おいしい! これめっちゃおいしいわぁ!」

 店主が聞いたら、顔をクシャクシャにして喜びそうなくらい、いろりは目を輝かせて歓声をあげた。
 その姿に、祐介は微笑む。

「な、うまいだろう」
「はいな♪ 外はパリパリやし、しっぽまでアンコたっぷりで、めっちゃおいしいわぁ♪ 祐介はんは、ええとこ知ってるなぁ♪」

 嬉しそうに笑いながら、いろりがうんうんとうなずく。そしてもう一口食べようと、湯気を立てる餡に、ふうふうと息をかけた。
 自分も食べようと、祐介は紙袋に手を入れる。残りの鯛焼きが全て片側――クリーム側に寄っているので、J-Bが取ったのはつぶあんの鯛焼きだろう。
 つぶあんは、彼の口に合うのだろうか。そんな事を考えながら、祐介はつぶあんの鯛焼きを取り出して、頭にかぶりついた。
 鯛焼きは表面がパリッと焼けていて、中はふっくらと柔らかい。餡も生地も、ちょうどいい甘さだ。やはり、ここの鯛焼きは格別だ。食べていて、自然と笑顔になる。

「うん、うまい」

 もう一口食べようとした時、祐介はJ-Bがまだ食べていないことに気がついた。
 彼は手にした鯛焼きを、しげしげと眺めている。
 いろりも彼の様子に気づき、口内のものを急いで飲み込むと、彼に声をかけた。

「どないしはった、J-Bはん?」
「なあ……、これ、何で魚の形してんだ?」
「さぁ? うちもよう知りまへんけど、これ『鯛』っていうお魚がモチーフやねん。鯛って縁起がええお魚やから、元々そないな、おめでたいお菓子とちゃいます?」
「ふぅん……」
「ま、見た目が悪いより、かわいい方がええんちゃう? そう思いまへん?」
「ん……」

 いつまでも鯛焼きを眺めている彼に痺れを切らした祐介は、口を挟んだ。

「いい加減食えよ、お前」
「そうですえ、はよ食べや。冷めてまうで」
「うっせえな、急かすなよ」

 呆れた表情の祐介と楽しそうに笑ういろりに毒づいてから、J-Bはおもむろに鯛焼きを口に運んだ。

「あちっ!」

 J-Bは反射的に口元を押さえた。顔をしかめながらも咀嚼を繰り返して、どうにか口内の鯛焼きを飲み込もうと努力している。そしてようやく飲み込むと、小さく息をついた。

「大丈夫かいな? そない熱々やった? ヤケドしてまへん?」
「水飲むか?」
「…………うるせぇ」

 それだけ言うとJ-Bは、鯛焼きに息を吹きかけた。そして10回ほど念入りに吹きかけたところで、ようやく一口かじる。今度は熱くなかったらしく、そのままもぐもぐと口を動かした。
 その様子を楽しそうに眺めながら、いろりは尋ねる。

「なあ、めっちゃおいしいやろ?」
「…………別に」

 飲み込んでからぶっきらぼうに言葉を吐き出すと、彼は鯛焼きを冷ます為に、再び念入りに息を吹きかけた。
 一口目の反応といい、冷まそうと必死になっている様子といい、用心深いというよりも、単に猫舌なのかもしれない。ロシアから単身日本に送り込まれてきた冷酷なESP兵器の割に、意外と隙が多い奴だ。結局のところ中身は、歳相応な14歳の少年のままなのかもしれない。
 面白い奴だと思いながら、祐介は2匹目の鯛焼きに取りかかった。

「……なあ、この黒いの何だ? 煮豆か?」
「『あんこ』って言うんや。小豆っていうお豆さんとお砂糖を、甘く柔らこうなるまでぎょうさん煮るんやで」

 京訛りのいろりが説明するだけで、和の趣が強まる気がするなと、横で聞きながら祐介は思った。

「ふぅん……」

 素っ気なくつぶやくと、J-Bは再び息を吹きかけてから、鯛焼きを口に運んだ。

「な、おいしいやろ?」
「まずい」
「まずいなら無理して食わなくていい。残していいぞ」
「……うっせえ」

 悪態を尽きながら、J-Bは食べ続ける。そして楽しげな二人が見守る中、最後まで食べ終えた。

「もう1個あるけど食うか、こっちはクリームだけど?」

 差し出された紙袋を少し見た後、J-Bは無言で紙袋に手を入れた。そして手にした鯛焼きに息を吹きかけてから、口に運んだ。
 最初の拒絶していた時に比べて、随分と丸くなったものだ。
 おかしく思えてきて祐介はクスクスと笑いながら、食べかけの鯛焼きの一かけを口に放り込む。そして少し焦げのある甘い生地を、ゆっくりと味わった。

「うまいな」

 既に同じく鯛焼きを食べ終えたいろりは、楽しそうにJ-Bを眺めている。

「さっきのと今食べとるクリーム、J-Bはんはどっちが好きです?」
「別に……」
「ほな、どっちもおいしい?」
「まずい」
「まずいなら残せって言ってるだろ」
「るせぇ! お前ら自分が食い終わってるからって、ベラベラ話しかけてくんじゃねぇ!」

 やけになって鯛焼きに噛り付くJ-Bを、二人は楽しそうに眺めた。

おわり


【あとがき】

初のエスプレイド小説です。
ゲームが稼動して約14年。遅ればせながらエスプレイドを始めて、大いにハマってる私が通りますよwww

なんか3人が仲良くしてる話を書きたくて妄想を膨らませていたら、こんな話になりました。
当初コンビニで肉まんを買って食べる予定でしたが、なんか上手くいかなくて、食べ物が焼き芋になり、自販機で売ってるホットドリンクになり、ああでもないこうでもないとこねくり回している内に、鯛焼きに落ち着きました。
鯛焼きおいしいですよね♪
今回、祐介の視点で書きましたが、意外と書きやすいですね、彼。
冷めてる性格なので、語り部として最適。この3人の中だと、年長者らしく振る舞う事が多いんだろうな。
(J-Bと二人だけだと喧嘩ばっかりになりそうだけどwww)

J-Bは日本語は喋れるけど日本文化に精通してる訳じゃなさそうだし、何だかんだ言って14歳の少年なんで、好奇心はそれなりに強いと思います。

いろりの関西弁に関しては、かなり間違っていると思います。
関西方面の方、ごめんなさい(汗)
ネットの翻訳サイトとかあれこれ使いましたが、最終的には可愛らしく、柔らかめの関西弁になる様に心がけました。
ちなみにJ-Bは関西弁は詳しくないので、いろりの話している事はだいたい6〜7割程度にしか理解していません。声の感じなどから言葉のニュアンスを感じ取って、知らない単語の意味を補っている面も強いというか。
また、いろりも気配りができる娘だから、あまり早口にならない様に、難しい表現は避ける様に、気を付けて話している。
……というマイ設定があります(笑)。
(2012.02.11)



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