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pop'n music
【ペロちな】そんな重たいものは、僕が遠くに飛ばしてあげよう


 ベンチに腰を下ろすと同時に、ちなつは大きなため息をついた。

「はぁ〜」

 今日は土曜日。天気が良いうえ風も穏やかな昼さがりの公園には、多くの人が集まっている。大声を上げて楽しそうに遊ぶ子供達や、和気あいあいと話をしている女性達、真剣な表情でジョギングに汗を流す人。
 そんな楽しそうな人達の中で、自分だけひどく浮いている様だ。そう感じてしまい、ちなつは顔を伏せた。
 伏せた視線の先に、自分の足が見える。綺麗に結べなかったスニーカーの紐が、酷くみっともなく写った。

(ダメだな、私……)




 今日、定期テストの答案の一部が返ってきたが、あまり良い結果ではなかった。自分なりに勉強をして挑んだのだが、結果には繋がらなかった。

「もっと努力しないとダメだぞ」

 と、困った様に笑いながら先生が数学の答案を返した。
 そこに赤いペンで大きく書かれた数字は、彼女の心を押し潰すには十分すぎる力があった。
 まだ具体的な志望大学は決まっていないが、一応は進学を希望している。部活との両立が上手く出来ていないと感じてもいたから、尚更ショックは大きかった。
 暗い気分のまま、ちなつは授業を受け続けた。
 ようやくホームルームが終わると、ちなつは、とぼとぼと学校を出た。落ち込む彼女を励まそうと、友人達が声をかけてくれたが、力なく断って、一人で学校を出た。グラウンドの工事をしている関係で、今日は部活がないのがせめてもの救いだと思った。とてもじゃないが、部活に出られる程の精神状態ではなかった。
 しかし、いくら家への近道になるとはいえ、公園を抜けようとしたのは、間違いだったのかもしれない。
 楽しそうな人達の笑い声を聞いていると、更に気持ちが落ち込んできた。歩くにつれてだんだん足が重くなってきてしまい、こうして、ベンチに座り込んでしまった。
 しばらく、顔を上げたくない。上げれば、余計に自分がみじめになってしまう。
 再び、ため息が口からこぼれ出た。
 



「はぁ〜…」
「捕まえたっ!」
「きゃっ!?」

 突然、目の前に何者かの両手が突き出された。
 突き出された両手は、手の平の中に何かを包み込む様に、互いの手を組み合わせていた。

「あはは、ビックリした、ちなつ?」
「ぺ、ペロ?」

 顔を上げると、ペロが自分の前でひざまずいていた。
 帽子を眼深に被っているせいで目は見えないが、帽子のツバの先に、水色の星と涙の模様が見える。そして、まわりを大袈裟に赤く塗った口が、楽しそうに笑っていた。

「どうして、ここにいるの?」
「ちょっとジャグリングの練習をしにね。そうしたら、ちなつが座ってるのが見えた、ってワケ♪」

 よく見ると、彼の傍らに大きなトランクがある。それは仕事の際に、彼が常に持ち歩いているものだ。中にはクラブやボール、ディアブロなど、ジャグリングに使用する道具が入っている事を、ちなつは知っていた。

「そっか……。ところでどうしたの、その手?」
「ん、これ?」

 ペロは自分のぷくっと膨らんだ両手を見る。

「さっき『捕まえた』って言ってたけど、何を捕まえたの? 虫?」
「ん〜、そんなモンかな」
「虫っ? やだっ、早くおっぱらってよ!」

 虫が嫌いな訳ではないが、こんな間近まで接近していたにも関わらず、ペロが捕まえるまで自分はその存在に全く気付いていなかった。その事が気色悪かった。

(何だろう? 羽根の音が全然しなかったから、蝶かな? 蝶ならいいけど、蛾はダメ!)

「ん〜、ちょっと待ってね」

 ペロは『それ』をつぶさない様に、両手をそのままの形で維持したまま、ゆっくりと自分の方へ引き寄せる。


 その両手が突然、ガクンと地面に落ちた。


「うわっ!」
「きゃっ!?」

 手をほどいてしまわない様に、慌ててペロは両手に力を入れる。

「う〜〜んっ」
「大丈夫、ペロ?」
「これ、すごく重い……」
「えっ? 重いの?」
「うん、本当はこいつ、すごく重いんだ。んん〜〜っ!」

 ペロは手中の『それ』が逃げない様に、かつ潰さない様に気を付けながら、何とか持ち上げようとする。
 しかし、手が地面に貼り付いてしまったかの様に、まるで持ち上がらない。
 中腰に姿勢を変えると、ペロは歯を食いしばり、なおも持ち上げようとする。
 しかし、びくともしない。

「せぇのっ!」

 再び膝をついて、腰の力で持ち上げようとしたが、相変わらずだった。
 持ち上げようとしているのではなく、まるで、地面に深く突き刺さった杭を引き抜こうとしている様にも見える。

「あ〜ぁ、何て重たいヤツだ〜〜」

 ペロはがっくりと肩を落とした。

「もう何なの? それ本当に虫なの?」
「う〜ん。正確には、虫じゃないよ。生き物じゃない。でも、とても厄介なヤツなんだ」
「やだっ、気持ち悪い……」

 虫みたいで虫ではない、奇妙な生物。しかも、非常に重たいときている。
 いったい、何なのだろう。
 その未知なる存在が、ちなつは怖くて仕方がなかった。

「んん〜〜っ! このぉっ、動け!」
「大丈夫、ペロっ? 噛みついたりしないの、それ?」
「ん、大丈夫。噛んだりはしないから」
「私も手伝うね」

 ベンチから下りると、ちなつは地面に両膝をつき、ペロの両手に包まれた『それ』を見下ろす。
 手伝うと言っては見たものの、本当は怖い。出来ることなら、触りたくない。
 しかしペロがこうして捕まえて、追い払おうと必死になっている以上、何もせずに見ているのは嫌だった。
 ゴクリと、唾を飲み込む。

「大丈夫だよ、ちなつ。こういう時はね……」
「どうするの?」

 ペロはちなつの顔を見て、ニッ、と笑ってみせた。


「つぶしちゃえ☆」
「はぁっ?」


 驚くちなつを他所に、ペロは「ぎゅ〜〜〜っ」と言いながら、握り合わせる様に両手に力を込めた。

「ちょっ、ちょっとペロ! そんな事して大丈夫なのっ?」
「大丈夫大丈夫♪」

 そう彼は言うが、ちなつにはとてもじゃないが信じられなかった。
 そんな得体のしれない存在を押し潰して、本当に大丈夫なのだろうか。抵抗して手は噛まれないのだろうか。潰して、手は汚れないのだろうか。それに得体がしれないからとはいえ、無益な殺生はしたくなかった。
 ちなつは呆然と、固く握られた彼の両手を見つめた。

「ぎゅ〜〜〜……っと!」

 すると彼の親指同士が重なり合うそのすき間から、何か赤い物体が、ぷくっ、と姿を現した。

「きゃっ!?」

 悲鳴を上げて、ちなつは身をすくませる。
 その視線の先で、赤い物体は丸く膨らみ始めた。

(……風船?)

 それは、赤い風船だった。

 鮮やかな色のそれは、どんどん膨らみ続ける。
 やがて人の頭と同じくらいまで大きくなると、ペロは固く握っていた手を解いた。
 手から離れた風船は、すぅっと空へと上がっていく。あっという間に側に植えられた木を越え、更に空へと昇っていった。
 空の青さに、風船の赤が鮮やかに映える。随分と遠くまで飛んでいってしまったが、その姿はまだ確認できた。

「バイバ〜イ♪」

 ペロが笑いながら、風船に手を振った。
 ちなつは訳が解らず、ただ風船を見つめ続けた。

「何、これ……?」

 視線を風船からペロへと向けると、ちなつは恐る恐る尋ねた。

「ねぇペロ、さっきの一体、何だったの?」
「ん〜?」
「虫じゃないんだよね? それに凄く重たくて、それなのに潰れて風船になっちゃって……、ねえ、あれは何なの?」

 ペロは楽しそうに笑いながら、首を左右にゆらゆらとかしげてみせた。

「ん〜、あれはね…………、ちなつのため息」

 予想もしなかった言葉に、ちなつは目を丸くした。
 ため息を捕まえる。そんな事が出来るはずがない。きっとペロは、パントマイムや手品のテクニックを使ってふざけているだけなのだ。そう思った。

「私の……ため息?」
「そうだよ。いや〜重たかったね〜、ちなつのため息は。押さえてて手が疲れちゃったよ」

 アハハハ、と笑いながら、ペロは両手を顔の左右でブラブラと振る。

「そんなの変よ、息が重たい訳ないじゃない」
「いや、重たかったよ。ちなつのため息は、すご〜〜ぉく、重たかった」

 返す言葉が見つからなかった。
 成績の事で酷く落ち込んだ事、帰る足取りが重たかった事、そうして自然と口から出てきたため息がどれだけ深く重かったのか。それは自分自身がよくわかっている。
 だから、その笑顔を見つめるだけしかできなかった。

「でも、もう大丈夫だよ。ため息は風船になって、遠くに飛んでっちゃったからね」
「ペロ……」
「何があったのか知らないけどさ、ため息は良くないね。うん、良くないよ。だからそんなものは、遠くに行っちゃった方がいいのさ♪」

 と言いながら彼は、パッと両腕を大きく、頭上高くへと上げた。

「そうした方が、すっきりするしね♪」
「そう、かな……?」

 よくわからないが、あれだけ落ち込んでいたのに、気持ちが軽くなったのは確かだ。成績の事でずっと頭がいっぱいだったのが、ペロのお陰で、やや強引ではあるが頭を切り替えられた。
 そして今こうして思い出しても、先程の様に落ち込まなくなった。もちろん成績が落ちた事はショックだが、他の事に意識が集中していたお陰で、今は落ち着いて結果と向き合える様になった。
 落ち込んでいても始まらない。また頑張ろうと、前向きに思える様になった。

「そう……だね」

 彼女がそう言うと、ペロは楽しそうに笑った。
 釣られてちなつは、にこっ、と笑った。

「良かった♪」
「ありがとう、ペロ」
「どういたしまして♪ そうだ、ちなつ、お昼ごはん食べた?」
「ううん、まだだけど」

 ペロは自分の後方に広がる広場を指さした。

「あっちにクレープのワゴンが止まってたけど、良かったら一緒に食べない?」
「うん、いいよ」
「OK! じゃ、行こっか」

 ちなつに笑いかけると、ペロは地面に置いていたトランクを取る。

「ちょっと待ってね」

 ベンチの上に置いていた学校指定のスクールバッグを取ると、ちなつは空を見上げる。
 あの赤い風船は遠くまで飛んでいき、もう見えなくなっていた。

「バイバイ……」

 白い雲がポツポツと浮かぶ空に微笑みかけると、ちなつはペロを振り返った。

「お待たせ。行こう、ペロ」
「んじゃ、出発〜っ☆」
「あぁっ、ちょっと待ってよ〜!」

 駆け出したペロを追って、ちなつは笑顔で走り出した。


おわり


【あとがき】

前々から書く書くと言っていた、ペロちなでございます。
ようやく書き終えたので公開します。
煙枝を期待されていた方、ごめんなさいっ。

何か、ペロが自分の得意なパントマイムやジャグリングで、落ち込んでいるちなつを励ますっていうコンセプトだったんですけど、書いていて途中でうだうだしてしまい、こんな感じになりました。ずっと書きたかったネタなのに、このクオリティの低さは一体……。
心理描写とか、もっと上手くなりたいです……orz

一応補足説明をしますと、あのため息が重たかったり風船になって飛んでいくのは、ペロのパントマイムと手品です。
パントマイムは基本的に喋らないで自分の身体の動きだけで表現するので、ペロもパントマイムをする時はまず喋りません。
それなのにペラペラ喋っていたので、ちなつはパントマイムだと気付かなかった訳です。

あまり見かけないけど、このCP好きですv
少々臆病で後ろ向きなちなつと、明るくて、落ち込む時もあるけど結局前向きなペロで、お似合いだと思うんですけど。
「ピエロはみんなに笑顔を与えるのが仕事さ☆」
なんて言って、ペロがちなつの目の前でパントマイムなんてしてくれると、私は幸せです♪




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