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旋光の輪舞<小説形式>
【ファビリリ】そわそわ
 壁にかけている時計を見ると、8時5分を指していた。

(まだ8時5分……)

 上を指している長針に向かって、リリ・F・レヴィナスは不満げに口をすぼめた。
 忘れ物はないか確認しようと、手元に置いていたバッグの口を開く。昨日の晩のうちに支度は済ませていたが、用心に越したことはない。

(ハンカチ、ティッシュ、お財布……)

 財布を手に取ると、札入れに入っている2枚のチケットを取り出す。
 遊園地のフリーパスだ。

「チケットよし、と」

 魔法の王国のようなイラストの描かれたチケットに、リリは微笑みかけた。
 手渡されてから、ずっとここにしまっていたチケット。それをようやく使うのだ。二人で行けるのだ。それが、嬉しくて仕方なかった。
 財布にチケットを戻し、バッグに押し込むと、再び時計を見る。
 8時8分。
 ほんの少し、長針が進んだだけだ。

(まだまだですわ)

 ため息をつくと、彼女は鏡の前に立った。
 今日の為に用意した、白いワンピース。シルエットが気に入って購入したものだ。
 可愛らしいし、これから向かう先に不適応な服装ではないと思う。こういうデザインは、彼も嫌いではないだろう。
 くるりと回って全身を確認すると、裾がふわりと広がった。
 続いて、足元を確認。歩き回ることを配慮して、靴は履き慣れた茶色いパンプスにした。ヒールは低いし、ワンピースとも合っていると思う。
 髪型も綺麗に整っている。まつ毛も、くるんと上を向いている。
 念入りに鏡に写った自分をチェックし終えると、リリは時計を見た。

(8時13分。時が経つのが、こんなに遅いなんて……)

 時計が悪い訳ではない。そうわかっているのに、バランスの悪い口ひげのような時計の針を、ついにらみつけてしまう。
 どうしよう。約束の時間は、まだまだ先だ。
 少し考えた末、リリは本を読んで待つことにした。
 本棚から、随分前に買った短編集を取り出し、ページを開く。
 3ページ進んだところで、顔を上げて時計を見た。

(まだ8時16分……)

 ため息をつくと、読書を再開する。
 そして2ページめくったところで、再び時計を見上げた。

(8時18分……)

 数分しか過ぎていない現実にため息をつき、再び視線を本に落とす。
 そして数ページ進んだところで、時計を見る。
 それを何度も繰り返しているうちに、時刻はようやく8時半を迎えた。 

「あと1時間……」

 約束の時間は、9時半だ。
 まだ上向きにならない、斜め下を指している短針を見つめているうちに、リリは自分が情けなく思えた。
 どうして6時から起きて、支度を始めてしまったのだろう。
 ちょっとでも汗臭いのは嫌だから、起きてすぐにシャワーを浴びた。髪を念入りにブローして、肌に丁寧に化粧水や乳液を塗った。手を繋ぐかもしれないから、手にハンドクリームを丁寧に擦り込んだ。お腹が鳴ってしまうと恥ずかしいから、しっかりと朝ご飯を食べた。歯も念入りに磨いた。まだ得意ではないが、アイメイクも頑張ってした。
 あれこれ支度をして、終わったのが8時過ぎだった。
 余裕をもって支度をするのは結構だが、こうも時間を持て余してしまうなんて。
 もっと早い時間を、指定するべきだったろうか。
 いや、それだとテーマパークの入り口で、開園まで時間をつぶすだけだし、自分もさらに早く起きてしまうだろう。

(だって、とても待ち遠しかったんです)

 大好きなファビアンとの約束。
 同じ職場で毎日顔を合わせているが、彼と二人きりでいる時間が好き。恋人として彼の側にいる。その時が愛おしくて仕方ない。
 何回か二人で出かけているが、それでも、このときめく気持ちは変わらなかった。

(なんだか、はしたないです。こんなにそわそわしてしまうなんて……)

 気持ちを落ち着かせるためにも、と思って、本に向かう。
 しかし、なかなか本も時間も進まない。内容も、ちっとも頭に入ってこなかった。
 ようやく最初の短編小説を読み終えた頃、玄関のチャイムが鳴った。

(いらっしゃいました!)

 リリは勢い良く立ち上がると、壁に設置されているドアホンに駆け寄った。
 モニターには、ファビアンの姿が映し出されている。

「おはようございます」
『はよ〜』

 彼は照れ臭そうに、鼻の頭を掻いている。
 時計を見ると、時間は9時23分。約束の時間よりも早く来てくれたのだ。
 彼からは見えないと理解しながらも、リリはにっこりと微笑みかけた。

「待っていてください、すぐに行きます」

 通話ボタンを切ると、駆け足でバッグを取りに戻る。
 最後にもう一度だけ、鏡を見た。

「……行ってまいります」

 鏡に写る自分に微笑みかけ、リリは玄関へ走った。
 エレベーターを使ってマンションのエントランスホールに移動すると、壁際に立っていたファビアンが、はにかみながらこちらに手を振った。
 見ると、マンションの出口付近に彼の愛車が止まっている。

「お待たせしました」
「いや、こっちこそ早く来て悪かったな」

 リリは微笑みながら、首を左右に柔らかく振る。

「いいえ、そんなことありませんわ。ちょうど支度が済んだところでしたの」

 待ちくたびれたなんて、恥ずかしくて言えない。
 ずっと貴方が来るのを、そわそわ時計を見ながら待っていたなんて。
 彼女は、精一杯笑ってみせた。

「そっか、それならいいんだけど」
「まいりましょうか」
「そうだな。えっと……」
「どうかなさいました?」

 リリが小首をかしげると、ファビアンは恥ずかしそうにうつむく。彼の方がずっと背が高いので、リリが覗き込むように見上げると、頬を赤く染めた顔が、ぷいと背けられた。

「…………似合ってるな、その服」
「そうですか? ありがとうございますっ」

 嬉しくて、リリははにかんでみせる。

「いや、礼を言われるようなことじゃないし。……可愛いからさ、その……」
「ありがとうございます、ファビアンたい…っ、じゃなくて……ファビアンさん」

 そして二人揃って頬を赤らめながら、並んで外へと向かった。


おわり


【あとがき】

久々のファビリリ〜♪
それなのにヤマもオチもなくてごめんなさい。
デートの日、リリは緊張して朝早くから支度を始めるタイプだと思います。
これからデートに出かけようと、ドキドキそわそわしてる様子って可愛いですね♪
いざ書くとなると難しいですけどorz

この話は、「即興小説トレーニング」で書いたものを加筆修正したものです。
・お題:朝の時計
・制限時間:1時間
リリが頻繁に時計を見ているのは、お題の関係です。普通なら、朝起きた時点から書き始めるべきなんでしょうけど。
1時間って意外と短いですね。
でも集中して書くトレーニングになると思います。

(2013.02.28)


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