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旋光の輪舞<小説形式>
【ニーノ&ラナタス】しろく あわく いとおしく
 何の音もしない。
 雨ならば、パラパラと音がするのに。
 雪は、なんて静かなのだろう。
 ニーノは、上から舞い降りてくる雪を見つめた。
 その隣に立つラナタスも、マスターの真似をして上を見上げる。今日のためにニーノがプレゼントしたベージュのダッフルコートを着込み、同じく彼からのプレゼントであるピンク色のマフラーと同色のミトンが、よく似合っていた。

「マスター、これは……何ですか?」

 雪の様に静かな声で、ラナタスが尋ねる。
 ニーノは、彼女に笑いかけた。

「これがね、『雪』だよ」
「雪……」
「絵本の中で、ウサギさんのお家のまわりが真っ白になってただろ。あれはね、雪が降り積もったからなんだよ。こんな風にね」

 そう言ってニーノは、辺りを見回した。
 地面には柔らかな雪が積もり、見渡す限り白い世界となっていた。木々も淡く雪化粧を施されている。ちょうどラナタスが読んでいた絵本の世界と同じ、雪深い森の様だ。
 そんな世界に、彼ら二人だけが立っていた。

「みんな真っ白だ。綺麗だよね?」
「きれい?」
「そう、綺麗だろ?」

 言い聞かせる様に言ってしまうのは、仕方がない事だ。これも、彼女の『学習』なのだから。
 ラナタスは静かに両手を目の前に掲げ、舞い降りてくる雪を手の平に取る。
 雪はほんの少しの間だけ白い姿を留めた後、すぐに溶けて、ミトンに染みていった。

「……つめたい」 

 無表情に呟く少女に、ニーノは優しく笑いかけた。

「あはは、冷たいだろう?」
「はい、マスター」
「雪は氷の結晶だからね。氷だから冷たいんだよ」
「氷?」
「気温が低いとね、上空で微粒子を核として水蒸気が氷の結晶になる。それが少しずつ大きくなって、地上まで溶けずに降りてくるのが、雪なんだ。――まあ、雨が凍ったものさ」

 気象学は専門ではないが、物理学の一貫としてそれ位は知っている。つい小難しい解説をしてしまうのは、科学者の性だ。きょとんとした彼女の反応に気付いたニーノは、相手が理解できるよう、最後にわかりやすい説明を付け加えた。
 ニーノは腰を屈めると、近くに生えている茂みの側に積もった真新しい雪を、手袋をはめた両手で掬う。
 サクリと掬い上げた雪は、少しだけ重く、しっとりとしていた。
 真っ直ぐ落ちずに、灰のようにヒラヒラと舞い降りてくるから、『灰雪』というらしい。雪の中では定番中の定番で、水分を含んでいる為、雪遊びに向いているそうだ。最も人気があって高価なのは粉雪だが、水分が少ない為、雪遊びには不向きだ。それ故に、灰雪も人気がある雪質なのだそうだ。

(どおりで、それなりに値が張る訳だ)

 そう思いながら、ニーノは掬い上げた雪を、少女に見せた。

「ね、よく見ると、氷みたいだろ?」

 少し見てから、ラナタスは頷いた。

「……はい」

 もっと氷らしい雪を選んだ方が、良かっただろうか。
しかし、どんな雪を選んだとしても、本物の雪には敵わないか。そうニーノは苦笑した。

「本物の雪だったら、もっと一つ一つがちゃんとした結晶になってるんだけどね。仕方ないよね」

 地球を捨てて宇宙へと移住した人類にとって、季節や天候は、1年単位で設定されたプログラムでしかない。
 地球にあった季節を忘れないように、気温が変化する。
 空気が乾燥しないように、そして地面の塵や埃を抑えるために、定期的に雨を降らせる。
 コロニーで暮らす彼らにとって、天候や気温は自由に操作できるものなのだ。
 そして雪も、冬季限定で開く専用施設まで足を伸ばせば、いくらでも楽しむ事が出来る。スキーだって、スノーボードだって、雪合戦だって。雪質だって思いのままだ。家族や恋人とだけ気兼ねなく楽しみたい時は、遮断されたエリア内にて少人数で雪を堪能できる、プライベート・コースを選べばいい。要予約制。自分達の様に鑑賞・雪遊びが目的ならば予約は取りやすいが、ウィンタースポーツを楽しむ場合は、1ヶ月は待たされるそうだ。

「マスターは……」
「ん、何だい、ラナタス?」

 ラナタスは、ニーノの手の中から彼の顔へと、視線を移動させた。

「本物の雪を、見たことがありますか?」
「残念だけどないよ。こういう施設に来るのも、子供の時以来だしね」

 子供の頃、ニーノは一度だけ雪を見に来た事がある。学校の自然学習の一環で、先生やクラスメイト達と一緒に訪れた。一面の銀世界にはしゃぐクラスメイト達をよそに、機械仕掛のこの施設の、一体どこが『自然』なのだ。寒いし、分厚いコートと手袋が動きにくくて仕方ない。早く帰りたいなんて考えていた。
 今思うと、本当に可愛くない子供だった。
 実年齢に不釣合いな幼い顔立ちで苦笑しながら、ニーノは手の中の雪を両手で押し固めた。

「雪なんてヘンテコなだけだと、思ってたんだけどな〜」
「へんてこ?」
「そうだよ。冷たいし」

 雪を掬うと、固めた雪の上に載せ、更に大きくなる様に固めていく。

「雪は自然現象なのに、僕達にとって、ちっとも自然な現象じゃない。それに……」

 固めながら手の平でこすって、少し縦長の半球状に形を整える。これでも、美術の成績は中の上だった。嫌いだったけど手先は器用だから、さほど苦労する事なく課題をクリアしてきた。
 だから、これを作るのは初めてだが、何とか形に出来るという妙な自信があった。
 何をしているのかと、ラナタスが彼の手元に視線を落とす。
 形が整ったところで、それを彼女に見せた。

「こうして、形が変えられるしね。ラナタス、これ何だと思う?」
「……わかりません」
「えへへ、これはね〜」

 ニーノは近くに生えた茂みに手を伸ばすと、葉を2枚、茎からもぎ取って、雪の塊の左右に取り付けた。それから再び茂みに手を伸ばすと、今度は赤い木の実を2粒取って、先程付けた葉の少し下に距離を置いて埋め込む。
 これで、完成だ。
 ニーノはにっこりと笑いながら、出来上がったものを差し出した。

「これ、動物に見えない? ほら、長い耳と、赤い目をした……」
「……うさぎ、さん?」
「そのとおりっ♪」

 普段の彼からは想像も付かない様な弾んだ声を上げて、ニーノは大きく頷いた。
 彼が作ったものは、雪うさぎだ。
 我ながら、上出来だと思う。形や、耳と目のバランスも良い。何より、想像する事が苦手なラナタスが、これを見て『兎』を連想出来たのだから。

「これは兎♪ 兎の姿を真似して作る、『雪うさぎ』って言うんだよ♪」
「ゆき…うさぎ?」

 ラナタスは雪うさぎに顔を近づけて、不思議そうに見つめている。雪うさぎの赤い瞳をじっと覗き込むその姿はあどけなく、ごく自然に見えた。

「ラナタスも作ってごらん」
「はい、マスター」

 ラナタスはしゃがみ込むと、両手で雪をたっぷりと掬った。
 その様子を、ニーノは目を細めて見守る。

「ん……と」
「そのまま両手で、ぎゅーって押し固めて」
「はい。ぎゅー……」

 しかし初めてである事と、多量に掬い過ぎた所為で、上手く出来ない。ボトボトと零れていき、しまいには、彼女の小さな手に収まる程度しか残らなかった。

「あ、れ?」

 ラナタスは、不思議そうに首をかしげる。
 笑いながら雪うさぎを雪上に置くと、ニーノは雪を手に取って、彼女の手の中に残った雪の上に載せた。

「これで、もう一度固めて」
「はい」

 ラナタスは両手で包み込む様に、力を加える。
 彼女の手と手の隙間を埋めようと、ニーノが上下から手を添えてサポートする。
 それから手の平を開かせて、また雪を追加すると、叩いて押し固めるよう教える。それを繰り返すうちに、少々いびつだが、雪は彼女の手の平よりも大きく、膨れたアーモンド状に固まった。

「上手だよ、ラナタス。あとは、耳と目を付ければ完成だよ」

 何だろう。楽しくて、自然と動きに弾みがついてしまう。
 プチプチと手際良く葉を2枚、赤い木の実を2枚摘み取ると、ニーノはそれを彼女に差し出した。

「さあラナタス、付けてごらん」
「はい、マスター」

 傍らに置かれた雪うさぎを何度も見ながら、ラナタスはゆっくりと取り付けていく。
 やがて、小さな雪うさぎが完成した。
 少々不恰好だが、雪を見るのも触るのも、工作をするのも初めてである彼女にしては上出来過ぎる程、よく出来ている。
 少々親馬鹿気味に感動しながら、ニーノは完成した雪うさぎを眺めた。

「上手に出来たね。すごいよ、ラナタス」
「ありがとうございます、マスター」

 出来上がった雪うさぎを自分の作った雪うさぎの隣に置くと、ニーノはその前にしゃがみ込んだ。
 ラナタスも、それに倣う。
 ニーノが作った雪うさぎと、ラナタスが作った小柄な雪うさぎ。並べて置くと、寄り添っている様に見える。
 今の自分達の様だと、彼は顔をほころばせた。

「可愛いね、雪うさぎ」
「はい……雪うさぎさん、かわいいです」

 ラナタスはそろそろと手を伸ばすと、雪うさぎの頭を交互に撫でた。いい子いい子、と無表情に呟きながら、自分が持っている兎のぬいぐるみと同じ様に、自分達が作ったうさぎ達を可愛がった。
 彼女の反応が嬉しくて、ニーノは更に笑みを深めた。

「雪もいいもんだね。冷たいけどさ」

 こんな施設、一生縁が無い場所だと思っていたのに。
 ラナタスが――自分の生み出したこのアンドロイドの少女が、絵本の中に広がる白い世界を、不思議に感じたからだ。これは何だと、尋ねたからだ。
 彼女に雪を見せたい。
 そう思ったら、すぐに行動に移行していた。予約を入れて、防寒具を揃えた。雪遊びを検索して調べもした。

(雪なんて、全然興味無いのにね)

 ラナタスは笑わない。まだ、感情を学習する段階に入ってないからだ。
 それでも彼女が興味を示すならば、手助けしたいと思った。
 自分は、彼女のマスターなのだから。

「さてと、」

 ニーノは笑いながら立ち上がると、雪を片手で掬い上げ、今度は丸く球状に固めた。

「ラナタス、今度は雪だるまを作ろうか?」
「ゆき、だるま?」
「そうだよ。こうして雪玉を転がしてね……」

 雪上に雪玉を落とし、転がしながら大きくしていく。
 ラナタスは立ち上がり、その後をついて行った。
 時間は、まだたっぷりとある。もっと二人で遊びながら学習しよう。
 ケラケラと笑いながらニーノは、いよいよ重たくなった雪玉を、力を込めて両手で押した。


おわり



※缶上蜜柑の氷上凌都様に書いていただいたキリ番イラストからイメージして書きました。
氷上様、有難うございます!!
(超キュートなイラストはこちら♪)


【あとがき】

2013年最初の作品は、センコロのニーノ&ラナタスです。
CPともコンビとも取れる内容になってますね。
缶上蜜柑の氷上凌都様に書いていただいたキリ番イラストを見ていたら、
「はぁ、雪と戯れるラナタスを書きたい…♪」
と思ってしまい、でも蓋を開けてみたら、ニーノの話になってしまいましたorz
時間かけたのに、このザマさ!!
ラナタスを主人公にすると難しいですね。こうしてニーノの話になってしまうし。

なんか、ちっとも腹黒くないニーノですな(苦笑)
個人的に、ニーノは、好きな人が出来て人間丸くなるタイプだと思います。
ひねくれてた男性が、父親になった途端子煩悩になるっていうか。
ラナタスと一緒に楽しむって事を思い出したら良いんだよ。
そして、アンドロイドなんて作れるんだから、手先も器用に違いありません。
未来の天候事情や雪遊びに関しては、全くの想像で書きました。雪は交通機関に影響するから、専用の施設に行ってスキーなり雪遊びを楽しむって設定にしてます。

(2013.01.07)


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