旋光の輪舞<小説形式> 【忍&櫻子】Girls, Be Ambitious 〜忍、決意する〜 道が長く伸びている。 長い長い、灰色の道路。 その先にある十字路を、少女はじっと見つめていた。 本当は十字路まで家5件分の距離しかないのだが、まだ4歳の彼女には、ひどく遠くにある様に見える。 その十字路に車が見えるたびにパァッと顔を輝かせては、それが探している車とは異なるとわかると、ツンに唇を尖らせて次の車を待つ。それを何度も繰り返していた。時折疲れてしゃがみ込むこともあるが、それでも視線は常に、その十字路から離れなかった。 「忍」 名前を呼ばれて少女が振り返ると、困った様に笑いながら、母が玄関から顔を覗かせていた。 その横で祖母が、母と同じ様な笑みを浮かべて顔を出している。 「忍、お家の中で待ってなさい。車が来たら危ないでしょ」 「はじっこは、だいじょうぶだよ」 道路は車が通るから、端を歩くこと。道路の真ん中で遊ばないこと。何度も両親や祖父母から言われたことを、忍は幼い頭でちゃんと理解し、従っていた。 「忍、外は寒いからおばあちゃんと一緒に中で待ってましょう」 「やっ!」 ぷい、と顔を背けると、忍は再び道路の先を見つめた。 その耳や頬は、寒さで桃色に染まっている。いくらコートを着ているとはいえ、長いこと寒空の下にいるのだ。寒くない訳がない。 それでも暖かい家の中に入ろうとしないのは、一重に想いが強いから。待ち焦がれる気持ちが、寒さを打ち負かしているからだった。 その姿に、母と祖母は顔を見合わせて笑った。 「全く、困ったものね」 「本当ですよ、お養母さん。あの子ったら、昨日も興奮してなかなか寝付かなかったんです」 「まぁ。久しぶりに会えるのが、本当に楽しみなのね」 二人は顔を見合わせて、もう一度笑った。 「さ、こっちも早く支度しないとね。帰ってくる前に、黒豆煮始めないと」 「お養母さんはここで忍を見ていてください。私がやってきます」 「あらありがとう、お願いするわ。あ、お蕎麦は何時ごろ届くかしら?」 「夕方にはお届けできるって言ってました」 年越しの支度であわただしい母と祖母を余所に、忍はじっと彼方を見つめていた。 (まだかな……) 迎えに行くと言って父が車で家を出てから、30分近く経っている。 それほど長い時間が経過している訳ではないが、まだ時計が読めない彼女には、時間の感覚というものが曖昧にしか存在しない。それに待ち遠しい気持ちが相まって、ひどく長い時間に感じられた。 足が疲れてきて、忍は再び地面にしゃがみ込んだ。疲れと寝不足から、まぶたが下がり始める。 その時、グレーの乗用車が忍の視界に入り、少女はバネの様に勢いよく立ち上がった。 (きたっ!) 乗用車は、まっすぐこちらに向かってくる。あの色は、間違いなく父の車だ。 嬉しくて、何度も飛び跳ねながらそれに向かって手を振る。 速度を落としながら、車は忍の目の前で静かに停車する。助手席のドアが開き、何者かが下りた。 十代半ば程の少女だ。 その姿に、忍の表情がパァッと輝く。 すぐさま、忍は彼女に駆け寄った。 「さーちゃん!」 『さーちゃん』と呼ばれた少女は、自分に抱きついてきた忍ににっこりと笑いかけた。 「ただいま〜、忍♪」 「おかえりなさい!」 少女の名は、三条櫻子。忍の父の妹で、彼女の叔母に当たる。今年の春から実家を離れて生活していて、今日は正月休みを取って帰省したのだ。 叔母と言っても櫻子は遅くに産まれた子なので、忍とは一回りしか歳が離れていない。その為、忍は彼女の事を『さーちゃん』と舌足らずに呼んでは、姉の様に慕っていた。 「やだ、忍の手冷たいじゃない。もしかして、ずっと待ってたの?」 「うんっ、しのぶ、ここでまってたの!」 「寒かったでしょう。ごめんね、遅くなっちゃって」 「だいじょうぶ!」 寒さに負けない姪っ子の元気な様を笑いながら、櫻子は忍を抱き上げた。 「忍、大きくなったね」 「うんっ」 「髪も伸びたね。いいな〜、サラサラの綺麗な髪」 櫻子は目を細め、忍の頭を優しく撫でた。 玄関から忍を見守っていた祖母が、二人の元に近づいてくる。そして櫻子に微笑みかけた。 「お帰り、櫻子」 「ただいま、母さん。母さんも元気そうね」 「フフフ、貴女もね」 「おいおい、中に入って話したらどうだ。う〜、寒い」 車のトランクから櫻子のスーツケースを引っ張り出た忍の父が、首をすくめた。車内では暖房を利かせていたのだろう。彼はタートルネックのシャツを着ただけで、上には何も羽織っていない。 「そうね、入りましょうか」 「ありがとう。あ、これお土産。バームクーヘンよ♪」 「まぁ、気を遣わなくてもいいのに。でも、ありがとう。さっそくお茶にしましょうか?」 「わ〜いっ!」 「しゃべってないで、さっさと入れ!」 父親に怒鳴られて、3人は笑いながら家の中に入った。 祖父、祖母、父、母、自分。 そして叔母の『さーちゃん』こと、櫻子。 家族6人はこたつを囲んで、櫻子の手土産でお茶を楽しんでいた。 「あ〜、やっぱり実家は落ち着くわ〜。こたつも大きいし〜」 櫻子は笑いながら、ん〜と足を伸ばした。 その隣で忍がニコニコと笑いながら、母親に食べやすい様に切ってもらったバームクーヘンを食べている。 「さーちゃん、これおいしいね♪」 「フフ、おいしいでしょ♪」 姪っ子の反応が嬉しくて、櫻子はにっこりと笑い返す。 「こら忍、櫻子はお前の叔母さんなんだぞ。もう『さーちゃん』と呼ぶのはやめて、『櫻子おばさん』って呼ぶんだ」 その言葉に、すぐさま櫻子は反論する。 「ちょっと兄さん、私まだ15よ。そんなおばさんだなんて……」 「いや、でもな、忍はもう4歳なんだ。そろそろ礼儀というものを学んでだな……」 「私が嫌なの」 「じゃ、『おばさま』なら……」 「いやっ! 『ん』が『ま』に変わっただけじゃない、それ!」 「……すまん、わかった」 ぴしゃりと言われては、引き下がるしかない。裏若き彼女の言い分にも一理あるのだ。しょんぼりとうなだれて、彼はケーキを口に運んだ。 「で、どうなんだ櫻子、軍の務めは?」 スティックシュガーの口を切って紅茶に注ぎながら、忍の祖父が尋ねた。 この春に学校を卒業した櫻子は、アーリア連邦軍に入隊した。 所属は通信部。官制室から各部隊への通信業務を一手に担い、基地へのランダーや軍用機の離発着管理、基地周辺のモニタリングなどを行う部隊だ。櫻子の所属する第3通信部では、作戦実行中の前衛部隊のサポートを行うオペレーション業務を主な任務としている。 所属先を聞いた時に彼女の両親や兄は、あのお転婆に裏方が務まるのかと心配したが、同時に、彼女が危険な前線に立たないことに安堵した。 「何とかやってるわ」 「そうか。ならばいいんだが」 彼女の笑顔に、祖父は表情をゆるめた。 「大変じゃないの? 本当に危険なことはしないのかい?」 少し身を乗り出して、心配そうに祖母が尋ねる。 「大丈夫よ母さん、前線じゃないもの。でも、ランダーの操縦訓練や武術の稽古もするから、たまにはアザを作ったりもするけどね」 と、笑いながら言うと、櫻子はフォークで小さく切り分けたバームクーヘンを口に運んだ。 「ん〜、おいしい♪」 「ランダーの操縦訓練って、櫻子ちゃん、通信部隊でもランダーで戦わなくちゃいけないの?」 忍の母親が、不思議そうに尋ねる。 「違いますよ、義姉さん。ランダーを操縦する講習会に参加してるんです。ランダーに関する知識があった方が、前衛部隊のサポートに役立つと思って……」 「あ、そういうことか。良かった」 「来月に試験があって、それにパスしたらライセンスを取得できるんですよ。そうしたらもっと高度な技術を学ぼうかなって、考えてます」 「へえ、櫻子ちゃん凄いのね」 自分より10歳下のまだ少女と呼べる年齢の義妹に、忍の母は感嘆の眼差しを向ける。 その視線がくすぐったくて、櫻子は照れ臭そうに微笑んだ。 「ウフフ、そんなこと無いですよ。これでも軍人ですから」 「おいおい、まさかライセンスを取ったら、そのままパイロットを志願する気じゃないだろうな?」 「それもいいかも♪」 「あのなぁ……」 うんざりと顔をしかめて、忍の父は彼女を見た。歳が離れているせいもあるが、少々豪快で大胆不敵な性格をした妹のことが、心配で仕方ないのだ。 その様子がおかしくて、櫻子はクスクスと笑う。 「フフフ、冗談よ兄さん。ライセンス取り立ての新米を前線に立たせてくれるほど、軍は甘くないわ」 「ま、そうだろうけど……。全く、心配させる様なことを言うなよ」 「勘違いしたのは兄さんでしょう」 「そうだけど……。まぁ、お前の人生だから、お前の好きにするべきなんだがな……」 どうも、この子には敵わない。 もごもごと小声で呟くと、忍の父親はバツが悪そうに紅茶をすすった。 「さーちゃん、らんだぁにのれるの?」 小首をかしげる姪っ子に、櫻子は微笑みかける。 「ええ、そうよ。もうすぐライセンスを取ってね」 「すご〜いっ!! さーちゃん、すごいね!!」 「ふふ、ありがとう。あら、口のまわり……」 優しく微笑みながら、櫻子は忍の口元をティッシュで軽くぬぐう。 (さーちゃん、かっこいい!) 女の子なのに剣道も柔道も強いし、軍人さんだし、その上、ランダーの操縦もできる。ランダーは車よりもずっと大きいし、ずっと恰好いい。それを操縦できるとは、自分の大好きなお姉ちゃんは、なんて凄い人なのだろう。 それに、とても優しい。 目の前にいる憧れの存在を、忍は目をキラキラと輝かせて見つめた。 「しのぶもさーちゃんみたいになる! らんだぁにのりたい!」 「こら忍、お前まで軍に入る気か?」 「あら兄さん、勇ましくていいじゃない」 渋る兄を笑い飛ばすと、櫻子は姪に優しく微笑みかけた。 「いいわよ。大きくなったら忍も軍にいらっしゃい」 「うんっ」 「でも、入る為には身体が丈夫じゃないとダメよ。好き嫌いなくたくさん食べて、運動も頑張らないとね」 「ケンドーやジュードーも、つよいほうがいい? さーちゃんみたいに?」 「そうね、私も貴女ぐらいの年から剣道を始めてたし、忍も始めてみたら?」 「うんっ」 忍は元気いっぱいに頷いてみせた。 「おいおい、勝手に……、いや、いいかもな、俺もそれくらいから始めたし。師範もまだ道場を開けてるから、年が明けたら頼んでみるか」 「ほんとう? とうしゃま、ありがと!」 娘の喜ぶ姿に、父の顔が自然とほころんだ。 「師範お元気かしらね。もう結構な年だけど、どこか悪くしてないかしら?」 兄の後を追う様に、櫻子も地元の剣道道場に通い始めた。本人のやる気と生来の素質のお陰でメキメキと上達したが、すっかり武道に目覚めてしまった彼女は、その後、柔道や合気道など、次々と習得していく様になった。 体力作りと礼儀を身につけさせる目的で、道場に通わせた両親であったが、娘の勇猛果敢な成長ぶりは全くの想定外で、それにはさすがに苦笑いした。 「先週会ったが、元気に子供達を指導していたぞ」 と言うと、忍の祖父はバームクーヘンを一切れ、口に運んだ。 続いて祖母も口を開く。 「昔から、お酒も煙草も好まない方だから。いつまでもお元気で羨ましいわ」 「フフ、懐かしいわ。帰る前に一度顔を出しそうかしら?」 「そうするといい。師範も喜ぶだろうな」 「さーちゃん、ケンドーのおけいこってどんなことするの? いっぱいたたかうの?」 「それだけじゃないわ。竹刀の振り方を教わったり、体力をつける為にランニングもするの」 「あとはなにをするの?」 「後はね……」 櫻子の話を、忍はキラキラと目を輝かせて聞いた。 そして翌日。 元日早々、忍が新年の挨拶もそこそこに、剣道道場に連れていけ、振袖ではなく道着を着たい、と駄々をこねて家族を困らせたのだが、それはまた別の話で。 おわり 【あとがき】 大使館襲撃事件に関する忍と櫻子の長編小説を書こうと、その序章にするつもりで書いた話です。 この序章自体は2年くらい前に書き上げていましたが、肝心の本編が暗礁に乗り上げてしまい、このままでは本編諸共お蔵入りしそうなので、これだけ載せてしまうことにしました。 本編は……ごめんなさい。書きたいんですけど、私の実力では難しいようですm(_ _;)m 櫻子と忍の家族に関して、最初は厳格な名門の家柄とか考えていましたが、忍はともかく、果たして厳格な家庭で櫻子さんは育つのだろうか?と疑問に思い、櫻子さんの意思を尊重できるような、こんな家族構成になりました。 無口な父、ちょっと頼りない兄、優しい母と義姉。そしてかわいい姪っ子。 櫻子の所属について。 RevXのストモで、特殊部隊に所属していた頃、本業はパイロットではなかったというセリフがあったので、パイロット以外の人員だった→通信部隊に所属していたという設定にしました。 ランダーのライセンスを軍に入隊後取らせたのは、櫻子さんの性格からして入隊以前に取得していたら、迷わずパイロットを志願しそうだと思ったからです。 副タイトルは、『モーレツ宇宙海賊』の第6話タイトルのパロディです。 あ、忍が昔は櫻子のことを『さーちゃん』と呼んでいるのは、まだ15歳の女の子なのに『おばさま』と言われるのは可哀想だと思ったので。 (2012.03.08) 旋光の輪舞<小説形式>に戻る トップページに戻る [*前へ][次へ#] |