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旋光の輪舞<小説形式>
【ハルモニア】Be yourself 〜Wishing you birthday blessings〜



『みんな、食堂に集まってくれ』

 そう館内放送でアンリが呼びかけてきたのは、3分くらい前の事。
 自室でジェリーエイド・ケミカル社のカタログを眺めていたレーフは、すぐに食堂へと向かった。
 今の時刻は、3時半少し前。夕飯の時間にはまだ早いし、ミーティングならば食堂ではなく、ミーティングルームへ集まるはずだ。
 一体何の用だろう。不思議に思いながら、彼は足を進めた。
 やがて食堂のドアの前に立つと、自動的にドアが左右に開く。その隙間に滑り込む様に、中へと入った。

「お待たせ〜」

 食堂には、アンリとミーツェがいた。
 アンリはテーブルに背を向けて腕を組んで、レーフの方を見ている。
 一方、ミーツェはその近くでお茶の支度をしていて、レーフの入室に気づく、とティーポットを片手に彼に向かって柔らかく微笑みかけた。

「どうしたの、アンリ? お茶を用意してるって事は、もしかして今日はおやつがあるの? へへっ、ラッキー♪」

 ハルモニアの独立が認められて数ヶ月が経つ。ユルシュルとジャイルズが抜けた第1偵察隊は、第8保安部隊に名称と役割が変わり、彼らを取り巻く環境も、少しずつではあるが良い方向と進んでいった。
 しかし、それでも部隊の懐事情は相変わらずで、経理担当であるケイティが頭を痛めては、せっせと節約を心がける日々が続いている。3時のおやつなど、上官が気まぐれを起こして送ってこない限り、滅多に出てくる事は無かった。
 それがあるなんて、今日は何ていい日なんだろう。嬉しくて、レーフはニコニコと笑いながらテーブルに近づいた。

「レーフ、」
「え、何?」

 背後からケイティに声をかけられて、レーフは振り返る。
 そして大きく目を開いて、差し出されたものに見入った。
 赤いイチゴと、白いなめらかな生クリーム。そして甘い香り。
 丁寧に飾り付けられた丸いデコレーションケーキを手に、ケイティが可愛らしく微笑んでいた。

「お誕生日おめでとう、レーフ!」

 笑いながら、ケイティはテーブルにケーキを置く。
 その中央にはチョコレートで、『HAPPY BIRTHDAY LEV』と大きく書かれていた。

「ケイティさん、抜けがけするなんてずるいですよ」
「全く……、みんなで一緒に言う予定だったろう」
「あはは、ごめんね。レーフの顔を見たら、どうしても言いたくなっちゃって」

 困った様に笑うミーツェとアンリに向かって、ケイティは首をすくめて謝った。

「たん、じょう……び? 俺……の?」

 レーフは呆然と、ケーキを眺めている。

「そうよ、レーフ。今日は1月15日じゃない」
「そう、だけど……」
「私とミーツェが作ったのよ。えへへ、どうかな、頑張ったでしょう?」

 体が小刻みに震えているのが、嫌でも解る。レーフは無意識に、自分の二の腕をぎゅっと掴んだ。そして食い入る様にケーキを見つめる。いや正確には、ケーキに書かれているメッセージに視線を奪われていた。

(ハッピーバースディ……レーフ)

 何度も読み返す。ごく簡単な英文だ。一目見ただけで意味など理解できる。それでも彼はたった16文字しかない短い文章を、何度も繰り返し読んだ。
 文章の意味は理解できるが、ケーキに書かれているという意味が理解できなかった。

(だって、俺……)

 ほんの少し前まで楽しみだったおやつ。嬉しいはずのケーキが、ひどく恐ろしいものに思えた。

「どうしたの、レーフ?」

 ケイティが首をかしげる。
 レーフの異変に気がついたアンリとミーツェも、驚いて彼の側に近づくと、その様子を伺った。

「どうした、レーフ?」
「レーフさん?」
「だって、俺……嘘かもしれない」
「レーフ……」

 仲間達は、一様に顔を曇らせる。
 うつむいたまま、震える声でレーフは言葉を続けた。

「誕生日じゃないかもしれない……。俺は、本当は…………人間じゃないから」

 呼吸が満足にできない。微かに口内に漂う空気を、すがる様に肺へと取り込もうとする。そして体の震えを抑えようと、二の腕を握る力を強めた。

「俺は……俺は……」

 自分の名前は、レーフ・レファニュ。宙歴1471年1月15日生まれ。
 火星独立に伴う内乱によって記憶を失ってしまった為、おぼろげにしか覚えていないが、優しい両親と兄がいた。
 しかし両親は、内乱で死亡。
 その敵を取る為に、そして火星に平和を取り戻す為に、ハルモニア義勇軍に入隊した。

 ――――そのはずだった。

 自分が人工人間だと知った日、全てが信じられなくなった。
 記憶を失ったのではない。
 存在しないのだ。優しい両親も兄も、レーフ・レファニュという少年自身も、そもそも存在しないのだ。
 全ては捏造されたもの。ゴディヴァ初の人工人間である自分をテストする為に登録された、偽りのデータでしかない。

「だから俺……俺には、誕生日なんてないんだ……。全部、全部、嘘なんだから……」

 自分はうつむいているので周りにいる仲間達の顔は見えないが、彼らが心配そうにしているのは、雰囲気から感じ取れた。

(そんな顔やめてくれ……っ。みんなは悪くない。悪いのは俺だから……俺だから……)

 心配そうに自分を見つめる視線が辛い。逃げ出してしまいたい。今すぐここから、仲間達の前から消えてしまいたい。
 その為には、すぐ側に立つアンリが邪魔だ。
 その身体を押しのけようと、レーフは震える手を彼へと伸ばした。

「ど、け……」
「レーフ!」

 その手を、アンリは強く掴んだ。

「アンリ……」
「馬鹿な事を言うな!!」

 ようやくレーフは顔を上げて、アンリの顔を見る。
 怒っている様に見えた彼の表情は、よく見ると、悲しんでいる様にも見えた。

「嘘なんかじゃない! お前はレーフ・レファニュだ! 僕達の仲間のレーフだ!! そうだろう? 何が嘘だって言うんだっ!?」
「だって、俺は人間じゃない。全て嘘なんだ……」
「だったら本当にしろよっ! 嘘だって苦しむくらいなら、全部本当にしてしまえばいいだろっ!!」

 アンリの勢いに、レーフは言葉が出てこなかった。
 嘘を本当にする? 彼は何て大それた事を言っているのだろう。そんな事が出来るはずがない。嘘は所詮、嘘なのだから。

「はぁ……。わかったか、レーフ?」

 散々大声を上げたアンリは、肩を大きく上下させて呼吸を整えている。
 レーフは目を大きく開いて、その姿を見つめる。そして震える声で精一杯反論した。

「そんな……そんな事、出来るはずないだろ……っ」
「ねえ、レーフ」

 ケイティはレーフの目を見て、子供に尋ねるかの様に優しく話しかけた。

「全部嘘だって言うなら、仲間である私達は何? 私達、レーフの仲間だよね?」
「そう、だけど……」

 しどろもどろになってそう答えると、彼女は嬉しそうに、にっこりと笑った。

「そうでしょ。だったらレーフは本当よ、嘘なんかじゃないわ」
「何、それ?」

 兄弟揃って、どうしてそんな変な事を言うのだろう。意味が解らなくて、レーフは訝しげに彼女を見つめる。
 彼女は、なおもレーフに微笑みかけた。

「あなたは私達の大切な仲間。それが本当だから、レーフも本当なのよ。嘘なんかじゃないよ」
「そうですよ、レーフさん。だから、どうか否定しないでください、ご自分の事を、そして私達の事も」
「ミーツェ……」

 ミーツェまで、アンリ達と一緒になって理解し難い事を言ってきた。そんな泣きそうな顔で言われたら、いよいよどうしていいのか解らなくなる。

「なんだよ、みんなして。難しいこと言うなよ……」

 レーフは再びうつむいた。
 アンリ、ケイティ、ミーツェ。表情は様々だが、全員まっすぐに自分の事を見つめている。自分の事を、『仲間』だと言ってくれる人達が。
 その眼差しに、胸が締め付けられる様に苦しくなる。
 しかし苦しさと同時に、別の感覚も同時に覚えた。
 苦しみや痛みとはまるで異なるもの。恐らくそれらとは真逆に位置する、とてもあたたかいもの。
 それが何なのか、レーフにはよく解らない。解らないのは、自分が嘘の人間だからだ。そう思った。

「そんな……わかんないよ……」
「泣かないでください、レーフさん」

 と、ミーツェが優しく声をかけた。

「泣いてなんか……」
「いや、泣いてるぞ」

 アンリが苦笑しながらポケットから白いハンカチを取り出し、レーフに差し出した。
 そこでようやくレーフは、自分の頬を伝う暖かい雫に気がついた。

「まったくお前は」
「ご、ごめん……」

 あわててハンカチを受け取ると、レーフはゴシゴシと目の周りを拭った。

「そんなにこすると、皮がむけるぞ」

 と、苦笑しながらアンリが言うが、それでも構わずにハンカチを目元にこすりつけた。
 皮膚が少しヒリヒリするが、一刻も早く涙を止めて、顔を上げたかった。
 どうにか涙を止めて、レーフは恐る恐る顔を上げる。三人が微笑んでいたので、自分も精一杯微笑んだ。

「ごめん。それと……ありがとう」

 その途端、再び目頭が熱くなり、彼は慌ててハンカチで目を拭う。
 その様子に仲間達は、一様に笑みを深めた。

「あのね、レーフ。ん〜、ちょっとひどい言い方かもしれないけど……」
「なっ、……なに、ケイティ?」

 『ひどい言い方』と聞いて、思わずレーフはたじろぐ。
 彼の様子に気付いたケイティは、困ったように微笑む。そして再びうつむき始めた彼の顔を覗き込み、優しく微笑みかけた。

「私ね、レーフが人間じゃなくても全然構わない。貴方が何者であろうと、レーフはレーフ。私達の大切な仲間の、レーフ・レファニュだよ」
「……みんなも、そう、なの?」
「はい、ケイティさんに同じくです」
「当たり前だろ、このバカ」

 顔を上げると、微笑みながら大きくうなずくミーツェと、苦笑するアンリの姿が目に写った。

「ありがとう……みんな。ありがとう、ありがとう……」

 息が詰まりそうになりながら、レーフは何度も『ありがとう』と繰り返した。

「そうだ。レーフさん宛てにさっき、こちらのお荷物が届きました」

 そう言ってミーツェは椅子の上から小包を取り上げて、彼に差し出した。
 送り状の筆跡には、見覚えがある。一文字一文字が大きくて少し横幅の広い筆跡は、数ヶ月前までここで共に戦った、年上の男のものとよく似ていた。
 差出人の住所は、ここ第8保安部隊基地になっている。
 そして、差出人の名前は――、

「こんな書き方でも届けてくれるんだな。配送業者も、随分といい加減だな」

 アンリが呆れたように、しかし楽しげに笑う。
 差出人の欄には大きく、『U&G』とだけ書かれていた。

「まさか……」

 レーフはあわてて封を開けると、中には白い靴箱が一つ入っていた。靴箱を取り出して蓋を開けると、中には「Happy Birthday Lev」とゴールド・カラーのペンで書かれたメッセージカードと、黒いハイカットタイプのスニーカーが入っていた。
 ゆっくりとメッセージカードを手に取って、その筆跡を見つめる。
 送り状のそれとは異なり、どこかおどけた感じのする女性らしい滑らかな筆跡。ハートマークの書き方にも、茶目っ気が感じられる。
 もちろん、この筆跡にも見覚えがある。
 カードをテーブルに置くと、今度はスニーカーを取り出した。
 それはレーフの好きなメーカーの、最新モデルだった。
 靴底に刻まれたサイズを確認すると、自分の足のサイズと同じだ。昔、部隊の男性陣だけで食事をした際、服や靴のサイズの話題で盛り上がった事があった。その時の事を、彼は覚えていてくれたのだろうか。
 何もかもが嬉しくて、レーフの口から自然と溜息が漏れた。

「ユーシィさん、ジャイルズさん……ありがとう」
「良かったですね、レーフさん」
「うん……」

 またも目頭が熱くなってきた。アンリから借りたハンカチを出す間も与えずに、彼の頬を涙が伝った。

「ありがと……っ、みんな……ぅっ、……ありがとう」
「もう泣き虫なんだから、レーフは。よしよし」

 微笑みながらケイティが、優しく彼の頭を撫でる。
 柔らかな手の平から伝わってくるあたたかさ、そして胸に感じるあたたかさの促すままに、少年はポロポロと涙を流した。


おわり


【あとがき】

誕生日おめでとう、レーフ!
そして大遅刻&誕生日なのに泣かせてごめんなさい。
臭い話ですが、祝う気持ちだけは込めました。

以前書いた『聖夜に気まぐれな猫は歌う』に微妙に繋がっています。
第1偵察隊が第8保安部隊に替わったのは、あくまで私の妄想です。

ユルシュル&ジャイルズからのプレゼントは蛇足かもしれませんが、
時系列的にこの時点では二人は既に義勇軍を抜けているので、同席できない。
そして彼らにも祝ってほしかったので、やや強引にねじ込みました。
『聖夜に〜』ではセーターをプレゼントしてるので、今度はスニーカー。
バレバレなのに送り状の宛名がイニシャルなのは、ユルシュルが連名で送る事も、自分の名前で送るのも嫌がったので、悩んだあげくジャイルズは二人のイニシャルにしたという、裏設定があります(笑)

タイトルは若干ストーリーモードのハルモニア編最終章のタイトルに被ってしまっていますが、レーフの誕生日を祝福したくて、このタイトルにしました。
レーフ、どうかみんなと仲良く、幸せに生きてください。
君は幸せになる為にいるんだよ!
(2012.01.30)


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