旋光の輪舞<小説形式> 【G.S.O.】ケーキ焼いてください♪・後編 「おはよう。チャンポ、約束どおりチーズスフレ作ってきたわよ」 「待ってました――!!」 喜びのあまり、チャンポは勢い良く席を立った。 他のメンバーも彼女ほど大袈裟ではないが、みんな嬉しそうに笑っている。 「どうする? 3時のお茶の時間に食べる?」 「今すぐ食べましょうよ〜。ワタシ、昨日からずっと楽しみにしてたんです!」 それは事実だった。楽しみのあまり、昨日は一日中機嫌が良かったし、夜もなかなか眠りにつく事が出来なかった。しかも寝不足の割に朝は二度寝することなく目覚まし時計の音ですっきりと目が覚め、普段は始業時間ギリギリに出社しているのに、今日は15分前には席についていた。 それくらい、櫻子のチーズスフレを楽しみにしていたのだ。 チャンポの反応が嬉しくて、櫻子は照れ笑いを浮かべた。 「そうなの? そんなに楽しみにしてもらえてたなんて光栄だわ。だったら、朝のミーティングをしながら食べましょうか?」 「やった〜!」 「それじゃ僕、お皿とフォーク用意しますね♪ あ、スフレならスプーンの方がいいですか、隊長?」 「フォークで大丈夫よ、チー君」 「はい、わかりました。あれ、ケーキ用のお皿は……」 「先輩、お手伝いするであります!」 ツィーランとディクシーは、給湯スペース横に設置された食器戸棚の前で、和気藹々と用意をしている。 「では僕は、紅茶を用意するとしよう」 本郷が給湯スペースに立つと、手際よくポットと人数分のカップにお湯で温め始めた。 「うむ、楽しみだね〜」 アレッサンドロは幸せそうに微笑みながら、テーブルへと近づいた。 「隊長、また作ってもらっちゃってすいませ〜ん!」 と、浮かれた口調で言いながらチャンポは、櫻子がテーブルに置いたケーキの紙袋のすぐ側の席に座った。その口調はどこまでも明るく、悪びれた様子はなかった。 上機嫌な部下に、櫻子は微笑み返す。 「いいのよ、これくらい。その代わり、頑張って働いてもらうからね」 「は〜いっ、任せてくださ〜い!」 元気良く手を挙げて返答した部下に、櫻子は笑みを深めた。 すぐに人数分の食器が用意され、温まってほのかに湯気が立つ6人分のティーカップに、本郷が均等に紅茶を注いだ。 「それにしても桜子君、随分と大きな紙袋だね」 アレッサンドロの言う通り、テーブルにはアパレルショップの紙袋が置いてある。ケーキを入れるには、少々大きいようにも見えた。 「ええ、ちょっと入るのがなくて……」 「もしかして、たくさん焼いてきてくれたんですか? やったぁ♪」 弾んだ声でチャンポが言うと、櫻子ははにかんでみせた。 「ん〜、まぁね。ウフフ、見たら驚くわよ〜」 櫻子は、両手を紙袋の中に入れる。 そして中のケーキを、テーブルに置いた。 (…………えっ?) (これは……っ?) (さっ、櫻子君っ!?) (あわわわ!) (ケーキはどこぉっ!?) 一同、言葉が出てこなかった。 しばらくして、ようやくチャンポが口を開く。 「…………た、隊長」 「なぁに、チャンポ? ウフフ、ビックリしたでしょ?」 ケーキを覆っていたラップを引きはがしながら、笑顔で櫻子は訊き返す。 「これ……チーズスフレですよ、ね?」 「ええ、そうよ」 「……どうしてこんなに、ボッコボコにふくらんでるんですかぁっ!?」 あのレシピには、上に茶色い焦げ目がついた、ふんわりとした淡い黄色い生地のケーキの写真が写っていたはずだ。 それなのにどうして、巨大な溶岩石の塊が出てくるのだろう。 ケーキらしい丸でも四角でもない。焼いている最中に好き放題にふくらんでそのまま固まってしまった様な、奔放すぎるディティール。表面も茶色を通り越して黄褐色に近いほど黒ずんでしまい、何箇所か焦げていた。 レシピはちゃんと渡した。それなのに何故? 何者かによってレシピがすり替えられたとしか、思えなかった。 チャンポは、恐る恐る尋ねた。 「……レシピ通りに、作ったんですよね?」 「ん〜、それがね」 櫻子は困ったように笑う。 「コーンスターチが無くて、代わりに重曹を入れたの」 「重曹、ですか?」 料理は全くしない、あるいは簡単なものしか作れないから、コーンスターチも重曹も調理に使った事がない。だから、何がいけないのかよく解らない。そんなチャンポ、本郷、アレッサンドロの三人は、揃って首をかしげる。 一方、数年前から自炊を心がけているツィーランと、お菓子作りを得意とするディクシーは、申し合わせた様に青ざめた。 「たっ、隊長っ!?」 「はわわわっ! 重曹を入れたでありますかっ!?」 「なに驚いてるのよ、二人とも?」 不思議そうにチャンポは首をかしげる。 全く理解できていない彼女を、ツィーランは泣き出しそうな顔でにらんだ。 「姉さん、重曹はコーンスターチの代わりになんかならないよ〜」 「へっ?」 「コーンスターチは小麦粉に混ぜて軽い仕上がりにしたい時や、とろみを付けたい時に使うものであります!」 相当困惑しているのだろう。彼女にしては珍しいほど早口で、ディクシーは説明した。 すると、重曹については多少の知識があるのだろう。ようやく状況を理解した捜査課出身の二人は、がっくりとうなだれた。 「……なるほど」 「そういう事か……」 唯一理解できていないチャンポは、自分だけ理解できていない状況が不快になり、顔をしかめてツィーランに尋ねた。 「じゃあ、重曹は何に使うのよ?」 「え〜とアク抜きとか……。あとは炭酸水とか、ベーキングパウダーの原料にも使われてるよ」 「ベーキングパウダーって何なの?」 「ふくらし粉でありますっ」 ツッコミの様な素早いディクシーの言葉に、ようやくチャンポは、櫻子が犯した過ちを理解した。 炭酸水素ナトリウム。別名、重炭酸ソーダ。略して重曹。 消火剤や医薬品、有機栽培用特定農薬や入浴剤など、幅広い分野で使用されているこの炭酸化合物の、調理における最もポピュラーな用途は、加熱分解によって二酸化炭素を発生される性質を利用した膨張剤としての使用。 つまりは、ふくらし粉として使用するのだ。 「……隊長、重曹ってどれ位入れました?」 「30グラムよ。レシピだと、コーンスターチの分量がそう指定されていたし」 少量でもかなり膨らむ重曹を、必要もないのに30グラムも入れるなんて。 ポソリと小声で、ディクシーがつぶやく。 「重曹を使うと、焼き上がりが濃くなるであります。だから、どら焼きやおまんじゅうみたいに濃い目に焼き色を付けたいお菓子には、ベーキングパウダーではなく重曹を使うであります……」 「なるほど、ね……」 (どおりで、こんなボッコボコにふくらんで、こんがりと焦げ茶色なワケか) げんなりと、チャンポは溶岩石らしきチーズスフレを眺める。 しかし眺めているうちに、落胆するのはまだ早いと思い直した。 櫻子は、コーンスターチの代わりに重曹を入れてしまっただけだ。ボコボコに膨らんではいるものの、味自体は変わらないはずだ。見てくれは悪くとも、中身は甘くてふわふわのチーズスフレに違いない。きっとそうだ。 しかし数秒後、チャンポの希望はもろくも消え去った。 「じゃ、切るわね」 ニコニコと笑いながら、櫻子はケーキにナイフを入れる。 ザクッ 固く乾いた音がした。じっくりと焼いて作った本格的なフランスパンを切った時の音と、よく似ている。間違ってもふわふわのチーズスフレからは聞こえてこない音だ。 チャンポ達はこっそり身を乗り出して、切り口を覗いてみる。 内側はケーキらしさをかろうじて留めいている様で、スポンジ状の断面が確認できたが、写真の様な淡い黄色には程遠く、くすんだ黄土色をしていた。 「変ね〜、レシピ通りにやったつもりなんだけど」 ((いや全然レシピ通りじゃありませんよ、隊長!!)) 一同が心の中でツッコミを入れている事など気づきもせず、櫻子は不思議そうに首をかしげると、更にザクザクとケーキを切り分けた。何も知らない人がこの光景を見れば、きっと彼女はナイフで溶岩石を削り取っているとしか思わないだろう。 「はい、チャンポ」 にっこりと笑って櫻子が差し出した更には、岩石の残骸が小山のように盛られていた。 受け取るとチャンポは匂いを確かめようと、ケーキに鼻を近づける。甘い香りは全くと言っていい程感じず、代わりに苦いような薬品らしい匂いがして、すぐに顔をしかめた。 皿を置きながら、チャンポはチラリと、櫻子を見た。 昨日はあんなに美味しいケーキを焼いてきたのに、どうして櫻子は、この物体を笑顔で薦めてくるのだろう。 もしかするとこの櫻子は昨日までの櫻子とは異なる、宇宙人だったのではないか。あるいは、昨日だけ別人だったのではないか。あるいは櫻子は、鬼の皮を被った鬼で……など、その笑顔を見ていると、荒唐無稽な発想が次々と生まれてきた。 「はい、みんな召し上がれ♪」 「い……」 「いただき……ま……す」 もはや悪い予感以外しなかった。なめらかでふわふわしている本来のスフレチーズとは異なり、このケーキは見るからに気泡が多くて切り口がボソボソとしている。匂いからしておかしい。明らかに食べ物じゃないと、本能が警告している。 しかし散々喜んでおいた以上、今更食べない訳にはいかないのだ。 (ねぇ、これって悪い夢よね!? それとも、昨日が夢だったの!?) 櫻子の手料理を食べるのはこれで何度目か、もはや覚えていない。そういう事でいうと、先週のパーティーで初めて櫻子の料理を食べたディクシーや本郷に比べると、自分は慣れている方だろう。 しかし昨日の甘く幸福な時間を体験した今となっては、今この瞬間は、経験した事のないほどおぞましかった。 フォークを持つ手がガタガタと震える。どうにかフォークをケーキに当てて突き刺そうとしても、指に思う様に力が入らない。 「食べるのは、ほんの一口でいい。いや、なめるだけでいい……」 かすれるような声で、アレッサンドロがつぶやいているのが耳に届いた。 見ると、仲間達の誰もが自分と大差ない。誰もが、昨日と今日という極端なまでの天国と地獄に、目眩を起こしていた。 (落ち着けっ! 落ち着けっ、ワタシ……!) 意を決して、チャンポはケーキにフォークを突き刺す。 そして皿からえぐり取る様にケーキを持ち上げると、小さく口を開けてそれに噛み付いた。 (うっ……!?) 彼女の動きが合図と化したように、他の者達も次々とケーキを口に運ぶ。 「ぐわぁっ!!」 「にが……っ」 「みんなたべ■☆◯▲×……」 「………きゅう」 「何これっ! にが〜〜いっ!!」 もはやケーキでは、否、食べ物ではなかった。 ほんの一口食べただけで塩基性化合物――アルカリ性特有の苦さが、口いっぱいに広がっていく。苦い薬なんてお呼びじゃない。もう一口食べる事なんて、大金を積まれても到底出来そうになかった。 あまりの不味さに、意識が朦朧としてくる。 「ちょっとみんな、どうしたの?」 (たいちょ……) 薄れ行く意識の中、チャンポはレシピを渡すだけでなく、材料の買い出しまで付き添うべきだったと、深く後悔した。 おわり ※作中のケーキは、作者の妄想です。 実際にどう出来上がるかは不明ですが、重曹を入れすぎると苦くなる事は確かです。 また、真似して実際に作るのは絶対におやめください。 重曹(炭酸水素ナトリウム)の過剰摂取は、高血圧症を引き起こす恐れがあります。 【あとがき】 この後5人は病院に搬送。 機捜隊は発足からわずか1ヶ月以内で、二度目の活動停止となりました(苦笑) 大丈夫か、捜査部機捜隊?(汗) 各キャラの料理の得意不得意は、以前実施したせんころあんけ〜との結果や、個人的なイメージで、 ・チャンポ:料理を全くしない ・チー君:最近がんばって色々挑戦してる ・ディクシー:お菓子作りが得意 ・ジャスパーとジラさん:簡単なものならば作れる という設定にしました。 イメージと違ったらごめんなさいm(_ _;)m ゲームの追加シナリオに直結せず、新チーム発足後の話になっているのは、 ・オチを解説してくれる料理上手なキャラに適任なのが、ディクシーしかいない。 ・火星と櫻子達が生活している地域はかなりの距離があり(火星到着時のツィーランのセリフより)、自宅で料理を作って火星まで運ぶのは手間がかかりそう。 ・櫻子の料理を食べた事がない人(本郷とディクシー)が混じっているより、全員がガクブル脅えてる方が、図柄として面白いだろう。 みたいな理由からです。 ジラさんがいないのは個人的に嫌だったので、顧問という形で残ってもらいました。 櫻子vs怯える隊員達は、大変でしたが、書いていて面白かったです(笑) (2011.09.29) 旋光の輪舞<小説形式>に戻る トップページに戻る [*前へ][次へ#] |