旋光の輪舞<小説形式> 【G.S.O.】ケーキ焼いてください♪・中編 次の日の朝。 「おはようチャンポ、ツィーラン。約束のケーキ、作ってきたわよ♪」 ((来た−−−−ッ!!!!)) それなりの覚悟で本を渡したにもかかわらず、いざとなったらこのザマだ。 櫻子の明るく弾んだ声に、チャンポとツィーランは揃って顔が麻痺したかの様に強張った。 いや、二人だけではない。この場にいたアレッサンドロ、本郷、ディクシーも、櫻子がケーキを作ってきた事に驚き、その場に凍り付いた。 一同の反応に気づかない櫻子は、楽しそうに微笑みながら紙袋からパウンドケーキを取り出した。 「じゃ〜ん♪ どう?」 「えっ、ええ……」 「そうです、ね……」 二人は、恐る恐るケーキを見た。 ケーキは汚れない様に全体をラップで覆われている。ラップ越しに、こんがりと焼けた表面が見えた。 美味しそうだが、二人はとてもじゃないが、素直にそう感じる事が出来なかった。 「あら、どうしたの、二人とも?」 「わっ、あわわ……、え〜と隊長、せっかくだし3時のおやつに食べませんか?」 と、チャンポが言った途端、ぐ〜、と彼女の腹が鳴った。 その音に、櫻子はクスクス笑った。 「やだ、お腹の虫は正直ね。チャンポ、朝ご飯食べてこなかったの? だったらちょうどいいじゃない、今食べましょう」 「…………はい」 櫻子はラップをはがすと、楽しそうに微笑みながらケーキを切り分け始めた。 すると本郷達三人は、櫻子に怪しまれない様、さりげなくチャンポとツィーランを囲んだ。 「せ、先輩……」 ディクシーの顔は青冷め、足がガクガクと震えていた。彼女が初めて櫻子の恐怖を味わってから、一週間程度しか経っていないのだ。無理もないだろう。 「うむ……、君達ならば必ず行動に移すだろうと、話した時から覚悟はしとったよ」 アレッサンドロは多少の不安が見え隠れするものの、比較的落ち着いていた。否、諦めている様に見えなくもなかった。 そして本郷はというと、チャンポを睨みつけて小声で叱り付けた。 「チャンポ、どうして朝食を食べてこなかったんだ?」 チャンポは顔をしかめて言い返す。もちろん、櫻子に気付かれない様に小声でだ。 「仕方ないじゃない、寝坊したんだからっ」 チャンポは二度寝どころが三度寝までしてしまった事と、空気を読まない己の腹の虫を嘆いた。 しかも、すきっ腹に櫻子の手作りお菓子だなんて。櫻子の腕前がこちらの思い込みでしかなかった場合、致命傷になるのは明らかだ。 「だいたい、何で櫻子隊長にケーキを焼いてほしいだなんて頼んだんだい? ツィーラン君、君もだよ。あの苦しみをまた味わいたいのか、君達はっ!? 僕は嫌だぞ!」 彼もディクシー同様、先月初めて苦痛を味わった者だ。辛いのはわかるが、それでも彼の表情は、犯人を尋問するかの様に険しかった。 無理も無いだろう。あの時のティータイムに、本郷は同席していないのだから。 あの時本郷は、ランダーの整備スタッフに呼び出しを受けて格納庫にいた。何も知らない彼からすれば、チャンポ達の行動は見えている地雷をあえて踏みに行く様なもの。二人とも正気のそれは思えないのだ。 「だから〜、これこれカクカクシカジカで〜……」 チャンポは、以前アレッサンドロが教えてくれた事を説明した。 驚いた本郷は、慌ててアレッサンドロの方を見た。 「それは本当ですか、ジラさん?」 「うむ、まだ憶測の域を出ていないがね……」 「本郷さん。時々ですけど、隊長の作るご飯がおいしい時があったんです。だから僕もどうしてなんだろうって、ずっと不思議に思っていたんです」 アレッサンドロとツィーランの言葉に、本郷は少し考えた。 「……なるほど。それで、自ら実験台になろうという訳か」 「実験台って……っ。まぁ結局のところ、そういう事になるわね……」 本郷の言うとおり、真相を確かめる為には、『食べて』確かめる以外に方法はないのだ。 「もう、わかったわよっ。ワタシが責任持って最初に食べるから、それでいいでしょっ?」 「姉さん……、僕も食べる!」 驚いて、一同がツィーランを見る。 「隊長にパウンドケーキを薦めたのは僕です。だから僕も食べます」 「チー坊……」 チャンポを安心させる様に、ツィーランは彼女に笑いかけた。 「姉さん一人だけに任せるなんて、男らしくないでしょ」 彼は何だか最近、頼もしくなってきた。 弟分の成長を垣間見て、チャンポは嬉しさにかすかな淋しさの入り混じった、複雑な感情を覚えた。 もっとも、これが櫻子のお手製ケーキを目の前にしての発言でなければ、純粋に感動できるものなのだが。 「わかった。二人がそこまで言うのならば、僕達も協力しよう」 本郷はチラリと櫻子を見ると、ちょうどケーキを切り終えたところだった。 「そうだ、ケーキには紅茶があった方がいい。僕が淹れましょう」 「ありがとう本郷君。お願いするわ」 「あわわわっ、お手伝いするであります!」 本郷がテーブル側の給湯スペースに向かい、その後を慌ててディクシーが追いかけた。 歩きながら本郷はディクシーに、ごく小さな声で、救急箱の所在と中身の確認、そして水を大量に用意しておく様、指示を出した。 「おっ、そう言えば総務から書類提出を急かされていたな。はて、どこにやったかの?」 アレッサンドロは自分のデスクに戻ると、デスクの上の書類ケースを無視して、机の一番上の引き出しを開ける。そしてそこから小さな緑色の包み――胃腸薬をいくつか取り出し、コートのポケットに忍ばせた。 取り残された二人は、顔を見合わせた。 「姉さん……」 「腹をくくるわよ、チー坊……!」 「うっ、うん!」 「なにさっきから二人でコソコソしてるの? 内緒話?」 櫻子の声に、二人の身体はビクッと震えた。 「いえっ、何でもありません!」 「何でもない! 何でもないからね、隊長!」 慌てふためく二人を見て、「もう、変な子達ね」と櫻子は笑った。 テーブルには白い皿が6個並べられていて、その上にはパウントケーキが2切れ載っている。それぞれの皿には、銀色の小さなフォークが添えられていた。 もう後には引けない。意を決して、二人は並んで席に着いた。 「おまたせ」 「おっ、おまたせしましたですっ!」 本郷が、ティーポットとカップを載せたトレーをテーブルに置いた。 「すいません櫻子隊長、気が利かなくて」 「そんな事ないわよ、ありがとう本郷君」 にこやかに笑いながら、本郷はティーカップに紅茶を注いでいく。 注ぎながら本郷は、チラリとチャンポとツィーランの様子を見る。そして口直し、あるいは解毒のつもりなのか、他のカップには適量で注いだのに対し、チャンポとツィーランに近いカップ2個については、並々と紅茶を注いだ。 「お待たせ」 「ありがとう。じゃ、いただきましょうか」 にこにこと微笑みながら一同を見回すと、櫻子が席に着く。 着席していなかった残る3人は、どこか緊張した面持ちでそれに続いた。 「いっ……」 「いただき……ます」 フォークを握る手が震える。これではケーキを切り分けるどころか、ボロボロに崩してしまいそうだ。 目の前の皿に盛られたパウンドケーキを見つめながら、チャンポは自分を叱咤する。 (落ち着くのよ、私! きっと大丈夫よ……) 見る限り、ケーキの表面はこんがりと焼けている。切り口を見ても生ではないし、変な物体が入っている様子もない。色もごく自然な黄色だ。 レシピはちゃんと渡したのだ。後はアレッサンドロの言葉と櫻子の潜在能力を信じて、食べるしかない。 隣にいるツィーランを見ると、フォークを持つ手が小刻みに震えているが、健気にも小さく切り分けた一切れを口に運ぼうとしていた。 弟分に遅れを取るものか。チャンポはゴクリと唾を飲み込むと、フォークをケーキに突き刺す。 そしてギュッと目をつむり、勢いよく一口食べた。 それとほぼ同じタイミングで、ツィーランも目をつむって一口食べる。 櫻子は期待に満ちた瞳で、他の者達は息を飲んで、二人を見守った。 「…………おいし〜♪」 チャンポは目を細めて幸せそうに微笑んだ。 「生地がしっとりしてて、すごくおいしいです、隊長♪」 ツィーランもチャンポと同じ様に、幸せそうに目を細めている。 驚きのあまり、本郷とディクシーが身を乗り出して尋ねた。 「本当なのかい、二人ともっ?」 「本当でありますかっ、先輩ッ!?」 「えっ? 二人とも何、その反応は?」 「あ、いえ……、何でもありません」 櫻子に怪しまれないよう、二人は慌てて席に座り直し、恐る恐るケーキを口に運ぶ。そして揃って感嘆の声を上げた。 「うわぁ♪ すごくおいしいであります! 感動であります!」 「これはこれは、結構なお点前ですね♪」 しっとりとしていて、かつふんわりと焼きあがった生地。一口食べると、ほど良い甘さと濃厚なバターの風味が口の中に柔らかく広がっていく。食べる事が、こんなにも心地良いだなんて。そう感じさせるほどの出来栄えだった。 「ふむ、美味いね。流石は櫻子君だ」 アレッサンドロは微笑みながら、二口、三口とケーキを口に運んだ。 一同から絶賛されて、櫻子は恥ずかしそうにはにかんだ。 「やだ、みんな褒めすぎよ」 そんな櫻子に、ツィーランはにっこりと微笑みかける。 「ほめすぎじゃないですよ、隊長。本当においしいんですから」 「ほんとおいし〜♪ あ〜あ、この一口で終わっちゃうなんて残念〜」 美味しくて、フォークを操る手が止まらなかった。チャンポは最後の一切れにフォークを突き刺すと、名残惜し気に口に運び、ゆっくりと噛みしめる。 そして美味しさと喜びに、にこ〜っと笑った。 アレッサンドロの話は正しかった。これで櫻子はレシピさえあれば、美味しく料理できる事が立証されたのだ。 (でもこんなにもおいしく作れるなんて、恐るべし隊長の潜在能力……! でも、それなら……♪) チャンポは空になった皿とフォークをテーブルに置き、自分のデスクに小走りで戻る。そして一番下の引き出しを開けて、中から先週買ったファッション誌を取り出した。表紙からではなく、巻末から何ページかめくる。そしてお目当てのページを見つけると、また嬉しそうに笑った。 仲間達の元に戻ると、櫻子はツィーランとディクシーから絶賛されて、照れたように頬を赤らめて笑っていた。その姿はいつもの彼女とは違い、どこか可愛らしくも見えた。 チャンポは自分の座っていた席には戻らず、彼女の斜め後ろに立った。 「ねぇ、隊長」 「なあに、チャンポ?」 「今度は、これ作ってくださいよ〜♪」 ニコニコと笑いながら、櫻子に雑誌を手渡した。 チャンポが見せたのは、彼女が愛読しているファッション誌の巻末に毎号掲載されている、手軽に作れる料理のレシピを紹介するページだった。出来上がった料理のイメージ写真がページの4分の3近くを締めていて、その下に材料と作り方が載っている。料理とお菓子を一品ずつ紹介し、明るくカジュアルな写真の構図が、いかにも10代の少女向けの雑誌らしかった。 「どれどれ〜」 「こっちです、こっち♪」 と、彼女は左側のページを指差しながら答える。 「チーズスフレケーキ?」 「はい♪」 笑いながらチャンポは、こくこくと何度も頷いた。 「今度はそのチーズスフレが食べたいです、ワタシ♪」 上面だけほんわりと茶色く焼き色がついた、やわらかな淡い黄色のチーズケーキ。 このページを初めて見た時、空腹でもないのに唾が出てきた。しかし自分は料理を作った経験がほとんどないので、作る気は全く起きず、同じようなケーキをお店で買ってこようと考えただけで終わった。 でも櫻子ならば、きっと飛び切り美味しく作ってきてくれるに違いない。期待に満ちあふれた目で、チャンポは櫻子の反応を待った。 「ウフフ、いいわよ」 「やった〜!!」 櫻子が心よく引き受けてくれたのが嬉しくて、チャンポは両手を上げて喜ぶ。 「え〜と、材料は……。あ、この雑誌借りてもいいの? でも汚すといけないから、このページだけコピー取らせてもらうわね」 と言うと、櫻子は室内に設置された複合型プリンターへと向かった。 「ウフフ……、あ〜、楽しみ♪」 「本当だね、姉さん♪」 「これもジラさんのお陰です。ありがとうございます♪」 「なに、礼には及ばんよ」 そう言って、アレッサンドロは目を細めた。 チャンポは明日食べる事になったケーキを想像し、自然と笑顔になった。 なめらかな口当たりの、ふわふわのチーズスフレ。想像しただけでヨダレが出てきそうだ。まだ出勤してから1時間も経っていないのに、今から明日が待ち遠しくて仕方なかった。 キッチンで櫻子は、鼻歌を歌いながら泡立て器を動かしていた。 牛乳と共に混ぜ合わせてなめらかになったクリームチーズに、卵黄と砂糖、牛乳を入れて、さらに混ぜ続ける。 (え〜と次は、コーンスターチを入れて……って、) 「あらやだ」 うっかりしていて、コーンスターチを買い忘れたのだ。 (買いに行った方がいい? でも、何か代わりになるものがないかしら?) 櫻子はシンク上部にある戸棚を開いた。小麦粉などの粉類や普段あまり使用しない調味料などを、まとめてここに収納しているのだ。 背伸びして、物が少々乱雑に置かれた棚を覗き込む。 「え〜と……、あら、これなんかいいかも」 色もよく似ているし、問題ないだろう。 にっこりと微笑みながら、櫻子は『それ』に手を伸ばした。 コーンスターチは30グラム用意する様、レシピには書いてある。キッチンスケールを使って『それ』を正確に30グラム量ると、粉ふるいに入れて、ボールの中にふるい入れた。 ハンドミキサーで混ぜていくと、想像していた以上に『それ』は適していた様だ。 ボールを覗き込んだ櫻子はニッコリと微笑み、次の工程を確認すべく、レシピを見た。 「え〜と次は、卵白を泡立てて……」 後編に続く 旋光の輪舞<小説形式>に戻る トップページに戻る [*前へ][次へ#] |