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旋光の輪舞<小説形式>
【本チャン】バレンタインデー禁止命令・後編



「ん〜……」

 目を開けると、向こうから眩い光が2つ並んで迫ってきた。

「えっ?」

 その眩しさに、チャンポは思わず開けたばかりの瞼をギュッと閉じる。
 驚く彼女の横を、2つ並んだ光が通り過ぎていった。
 何事かと前を見ると、暗い世界に一定間隔で立ち並ぶ外灯と、遠くにそびえ立つ不規則に灯りのついたビルの群れが見えた。
 リズム良く通り過ぎていく外灯の白い光を眺めている内に、ようやく彼女は自分が車に乗っている事に気がついた。

(あれ〜、何でワタシ、車に乗ってるの?)

「目が覚めたかい?」

 隣から聞こえてきた声に、驚いてチャンポはその方向を見る。

「ほ、本郷っ?」
「やっと起きたか」

 呆れた様に笑いながら、本郷が彼女を見た。

「具合はどうだい? 吐き気は?」
「具合? ん〜、平気」
 まだ少しだけ意識がぼんやりとしているだけで、頭痛はしない。胃腸の調子も問題ない様だ。

「そうか。それなら良かった」

 彼の右手がハンドルを握っているが、運転している訳ではなさそうだ。ハンドル越しに見えるメーターパネルに、自動運転モードである事を知らせる『AUTO』のサインが青く点灯していた。先程まで酒を飲んでいたのだから、当たり前と言えばそうだろう。
 現在全ての車両に搭載されている自動運転モードは、目的地を入力さえすれば政府系企業が管理する交通整備システムと連動し、自動で安全かつ快適に目的地まで走る。その間ドライバーは、ハンドルやギアを操作する必要が一切無い。法律でも規制されていない為、利用状況にもよるが、毎日の様に車を利用しているが、何年もハンドルを握っていない者もいると聞く。
 そういう者もいる中、彼が自動運転モードであるにも関わらずハンドルを握っているのは、恐らく普段から手動運転にこだわっていて、不要とわかっていても自然とハンドルに手が伸びてしまうのだろう。マイカーで通勤しているくらいだ。ランダーも含めて、運転や操縦する事が好きに違いない。

(本郷らしいな……)

「ワタシ寝ちゃったの?」

 カクテルを飲み干した、あれ以降の記憶が無い。
 チャンポの言葉に、本郷は溜め息をついた。

「そうだよ。まったく、一気飲みは悪酔いの素。あまりアルコールは強くないんだろう? よく食べていたから大事には至らなかった様だけど、今度から気をつけたまえ」
「だって、アイスティーにちょっとお酒入れた様なものでしょ、あれ。だったら、ゴクゴク飲んでも問題ないんじゃ……」

 とチャンポが言うと、本郷は苦笑してみせた。

「やはり君も同じか。名前はアイスティーでも、あのカクテルに紅茶は使われてないよ」
「えっ、そうなの?」
「あの後、櫻子さんが教えてくれたよ。僕は飲んだ事が無いからよく知らないけど、紅茶みたいな色や味だけど、紅茶は使用していないそうだよ。それに何種類もアルコールを使うから、意外とアルコール度数が高いらしい」

 その言葉通り、ロングアイランド・アイスティーは紅茶を使用しない。紅茶を使わずに、見た目と風味をそれに近づけたカクテルなのだ。
 基本的な作り方は、ウォッカ、ラム、テキーラ、ドライ・ジンに、ホワイトキュラソー、レモンジュース、シロップを追加して甘味・酸味をつけてから、コーラを注ぎ入れて軽くステアして完成。飲みやすくアルコールをあまり感じさせないが、蒸留酒を4種類も使用している為、実はアルコール度数が25度以上もある強いカクテルなのだ。

「そうだったんだ……」

 道理で、あのカクテルが届いた時から、櫻子が心配していた訳だ。

「ツィーラン君は何も知らずに、名前だけで注文したらしいよ」

 確かにあのメニュー表には名前と値段だけで、アルコール度数は書いてなかった。不親切だと思ったが、あんなオシャレな店のメニュー表にアルコール度数やカロリー・塩分表示が載っていたら、途端に野暮ったくなり雰囲気が台無しになるなと、チャンポはすぐに思い直した。

「あの後、大変だったよ。特にディクシー君がパニックを起こしてしまってね、店員が慌てて駆け付けてくるし、近くの席の客は何事かと、こっちのテーブルを覗き込んでくるし」

 状況が目に浮かんで、恥ずかしさに身を縮める。悪気も故意も無かったとは言え、爆睡したあげく、騒ぎを引き起こしてしまったのだ。流石の彼女も、反省せざるを得なかった。

「ごめん、なさい……」

 弱々しい声で謝ると、本郷は目を細めて笑った。

「ま、あれは事故だと思って、今度からは気を付けなさい」
「は〜い……。あ、ワタシが追加で頼んだ分、もしかしてチー坊飲んじゃった?」
「いや、櫻子さんから説明を受けた後、急いで注文をキャンセルした。まだ作り始める前だったから、店側もすんなり応じてくれたよ」
「そっか。良かった……」

 弟分が自分の二の舞を踏まなかった事に、チャンポは安堵した。

(チー坊、ワタシよりもお酒弱いもんね。……って、チー坊は!? って言うか、みんなはっ!?)

 先程まで一緒にいたはずの仲間達の姿が、本郷以外一人も見当たらない。
 ようやく状況を理解し、彼女は息を飲んだ。

(これって……二人きり!?)

 恐る恐る、彼の様子を伺う。
 彼はメーターパネルをチラチラと伺いながら、前方を見ていた。

「あと10分位で、君のマンションに着くよ」
「あ、ありがとう……。あのさ、本郷…………みんなは?」
「みんな帰ったよ」
「そ、そう……」

 精一杯冷静を装っているが、心の中では大いに動揺していた。

(ヤバい、本当に二人きりよ!! しかも本郷の車に乗ったの初めてじゃないワタシ!!)

 心臓が早いテンポで脈打っているのが、嫌でもわかる。捜査や作業などで二人きりになった事は今までに何度かあるが、今は状況が異なる。
 車内という狭い空間で、意中の彼と二人きり。目が覚めたらそうなっていた、予定外のシチュエーション。その事が更に鼓動を高めた。

(どっ、どうしようっ!?)

 興奮のあまり、何かに捕まっていないと気がどうにかなってしまいそうだ。チャンポは膝の上に置いてあった自分のバッグの口元を、ギュッと掴んだ。
 その時、指先に、バッグの布越しに何かが触れた。
 彼に渡す予定だった、チョコレートの箱だ。

(そうだ!!)

 今こそ、彼にチョコレートを渡すチャンスではないか。
 急いでファスナーを開けて中に手を入れると、箱を手にした。

「あ、あのさ……」

 まだバッグから箱が出せない。思い立ってはみたものの、何と言って渡そうか、言葉が浮かんでこなかった。
 程無くして車が赤信号を感知し、静かに停車した。

「喉は渇いてないかい?」
「えっ?」

 本郷は背後に手を伸ばすと、後部座席に置かれていたビニール袋を掴み、チャンポに手渡した。

「あげるよ」

 そこから、青いペットボトルのキャップが顔を覗かせていた。

「え…、あ、サンキュ」

 喉が渇いていたので、笑顔で袋を受け取る。
 中身はスポーツドリンクだ。水滴に濡れたボトルが、ひんやりとしていて心地良い。袋をよく見ると、名の知れたコンビニエンスストアのマークが印刷されていた。
 笑いながら本郷は言う。

「酒の席の後は、きちんと水分を補給しないとね」

 よく見ると彼側のドリンクホルダーに、チャンポと同じスポーツドリンクがセットされていた。

「サンキュ、本郷」

 もう一度、感謝の言葉を述べた。
 信号が青に替わり、車は静かに走り始めた。自動運転モードでは停車する時も走り出す時も、動作が滑らかだ。
 早速キャップを開けようとした時、ビニール袋の中に他にも何か入っている事に気付いた。
 何だろうと思い、中を覗き込む。
 次の瞬間、その顔がパァッと輝いた。

「いちご&ショコラじゃない♪」

 ニコニコと笑いながら、チャンポはプラスチック製の透明な容器を取り出す。
 その中には、イチゴとチョコクリームがデコレーションされた、直径8cm程の小さな丸いケーキが入っていた。
 このケーキは知っている。このビニール袋と同じコンビニエンスストアで、1週間前から販売を開始したものだ。『がんばった自分へのごほうびに、本格デザートを』というコンセプトで展開しているデザートシリーズの一つで、美味しいが、その分コンビニのデザートにしては少々お高めの価格設定になっている事でも評判のものだ。
 テレビでCMを見た時から食べたいと思っていたので、彼女は見た瞬間すぐにわかった。

「これおいしそうだけど、ちょっと高いのよね〜。帰ったら食べるの? ……って、もしかして……ワタシの所為で、あの後すぐにお開きになっちゃった? それでデザート食べられなかったから、買ってきたとか……?」

 楽しげに本郷に話しかけていた声のトーンが、急激に弱々しくなる。
 その落差が可笑しかったのか、本郷は声を上げて笑った。

「ハハハ、安心したまえ。君がその内起きるんじゃないかと思って、みんなでデザートまで食べて待ってたよ。それは君の分さ」
「えっ、ワタシの?」
「さっき僕は『あげるよ』と言っただろう。聞いてなかったのかい?」

 尚も可笑しそうに笑う彼の顔を、チャンポは目を丸くして見つめた。

「いや、聞いてたけど、でも何で?」

 丸くなった彼女の瞳に、本郷は優しく笑いかけた。

「楽しみにしてたんだろ、デザート。メニューを見てあんなにはしゃいでもらえたのは、幹事冥利に尽きるよ。それなのに食べられなかったのは、残念だろうと思ってね」
「そ、そう……」
「今はそれで我慢しなさい。お店のデザートには劣るかもしれないけど、それも美味しいって聞いてる。あの限定デザートは今月いっぱい提供するそうだから、また今度、食べに行けばいいよ」
「……ありがとう、本郷」

 彼から顔を逸らし、全力で高鳴る気持ちを押さえて、どうにかお礼の言葉を述べた。この場所が薄暗い車内じゃなかったら、嬉しさのあまり自分が震えている事が相手に気づかれてしまうだろう。それくらい嬉しかった。

「なに、例には及ばないよ」

 本人はヒーローのつもりなのかもしれない。実際そうなのだろう。困っている人を助けるのは、自分の務め。不覚にも酔い潰れてしまった後輩の面倒を見るのも、先輩である自分の努め。
 だからこんな嬉しい事も、何でも無い様に爽やかに笑いながら、サラリとやってのけてしまうのだろう。
 彼のそんな処が、チャンポは好きだった。

(あ〜もう、アンタって奴は〜〜!!)

 思わず口走りそうになる言葉を、必死に堪えた。
 代わりにケーキをビニール袋の中に戻すと、勢い良くバッグに手を差し入れる。そしてそれと同じくらい勢い良く手を引き抜くと、掴んでいたチョコレートの箱を彼に突き付けた。

「んっ?」
「あっ、あげる! もらいっぱなしってのも、その……癪だからっ」

 恥ずかしくて彼の顔が見られない。頬を赤らめて、弾き飛ばす様に言葉を吐いた。
 本郷は不思議そうな顔で、チョコレートの箱と彼女の顔を交互に見る。

「チャンポ、これは?」
「持っ……も〜……、もっ、もらったのっ、他の課の友達からっ! きょ、今日ってバレンタインじゃないっ。だからっ、その……」

 持ってきたと言えば、他の仲間達にあげていない事を不信がられてしまう。咄嗟にそう思い直して、いただき物という事にした。

「ハハハ、やはり君はお菓子を持ってきていたのか。流石は君だ」
「何よ、その言い方〜?」

 睨みつけるが、本郷はまだ笑っていた。

「でも、いただき物ならば僕はもらえないな。もらった君が食べるべきだ」
「ダメッ!」
「え?」

 再び不思議そうな顔をする彼の視線に耐えられず、チャンポは再び顔を背ける。そしてフォローの言葉を必死に探した。

「だ、ダメっていうか、……これ、同じの2つもらったの、余ってるからって。もらったのはいいけど、流石に2つは多いから……1個アンタにあげる」
「なるほど。ここは社外だし、そういう事情ならありがたくいただこう」

 箱を持つ左手が軽くなった。

(渡せた……)

 安堵から、床に伝い落ちる様に身体から力が抜けた。
 シートに身体を預け、ドキドキしながら顔を上げると、しげしげと箱を見つめる本郷の嬉しそうな顔が見えた。

「なかなか雅なパッケージだ。うん、いいね」

 深緑色の和紙の包装紙の手触りを楽しむように、本郷は箱を両手で持ち、目で楽しんだ。

「中身、抹茶トリュフだって」
「本当かい? あぁ、それは素敵だ。ありがとう、味わっていただくよ」

 本郷は嬉しそうに笑いながら、しかし慎重に、バッグにチョコレートをしまっている。

(あぁ、この笑顔が見たかったんだ)

 渡すまでに色々あったが、どうにか渡せて良かった。
 嬉しくてチャンポは笑った。
 ふと前を見ると、彼女の住むマンションが遠くに見えた。

「そろそろ着くよ」
「もうここでいいわ。すぐそこだし」
「いや、前まで送るよ。女の子の一人歩きは危険だ」
「やだ、毎日歩いてる道よ。それに、ワタシを誰だと思ってるの?」
「いいから、先輩の言う事を聞きなさい」
「じゃあ、もうちょっとお願い」
「ハハ、了解」

 一度は遠慮してみたものの、心配してくれるのは嬉しい。それにもう少し一緒にいたい気持ちもあるので、ここは甘える事にした。
 やがて目的地到着を知らせるサインが点灯し、それから約30秒後に、車は静かにマンションの入口前に停車した。

「ありがとう、本郷」
「なに、大した事は無いさ。お休み、いい休日を」
「アンタもね。お休み〜」

 ウインドーが閉まると、ガラス越しに、操作パネルをいじる彼の姿が見えた。
 やがて、車が静かに走り出す。
 遠ざかるそれに、チャンポは笑顔で手を振り続けた。
 やがて車が角を曲がり、視界から姿を消すと、ようやく腕を下ろし、下ろしていた方の手を見た。
 バッグと共に提げている、小さな白いビニール袋。それを見るだけで、自然と顔が笑顔になってしまう。

(早速食べちゃおうかな♪ でももう遅いし、明日起きてからにしようかしら? あ〜でも、今夜眠れないかもしれないっ!)

「フフフッ♪」

 足取りも軽く、玄関へと向かう。
 冬の夜風が冷たかったが、彼女の赤い頬には、ひんやりとしていて心地良かった。


おわり

【あとがき】

2ヶ月もお待たせしてしまって、申し訳ありません。
っていうか、5月にバレンタインの話書くってどうだろうorz
そしてタイトルと内容があまり合ってませんね。もっと考えて付ければ良かったと、後悔してますorz

チャンポが前編で本郷さんに腕を掴まれても平気だったのに、車内で二人っきりになった途端ドキドキしているのは、ボディタッチにはそんなに抵抗がタイプなのだと勝手に思ってます。
普段からチー君とじゃれ合ってるし、気軽に挨拶がてらに相手の肩をポンと叩きそうな感じがするので……。

あ、本郷さんは送り狼になりませんよ(苦笑)
丸山さん曰く『非童貞だけど、精神的には童貞』らしいし、この本郷さんは、あくまでチャンポの事は後輩と思ってますので。
チャンポはチャンポでダイナマイトボディの持ち主ですが、ガード固いだろうし。
そういうのを期待された方、ごめんなさいm(_ _)m

そういえば私、ジラさんは、ストーリーモード終了後も新チームに残ると思い込んでいたんですけど、あれ、新チームが正式に発足した後すぐに引退したんですか?
ラストで普通にケーキ持って顔を出してたから、その後も教官役としてみんなを指導すると思ってたのですが
(あのストモの展開だと研修期間が短すぎて、チャンポ達はジラさんから大して教わらない内に、ジラさん引退する事になるし)
どうなんでしょうねf^_^;

(※長かったので、ケータイサイトのみ、前・中・後編の3つに分けました。
PCサイト及びpixivには、中・後を一つにまとめて、後編として掲載しています。)


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