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旋光の輪舞<小説形式>
【ファビリリ】こどもたちの晩餐会



 10年程前の事…………。



 自分の家よりも、ずっと大きなお屋敷。
 広い会場のあちこちで話をしている大人たち。
 オーケストラの楽団が奏でる音楽に合わせて踊る男女。
 幼いリリはただ、両親の近くに立って、目の前のきらめく世界を見つめていた。
 両親に連れられてパーティーに参加するのはこれで3回目だが、今夜のパーティーは飛び抜けて豪華。まだ5歳の自分にも、その事はわかった。
 会場である広間の天井も壁もすごく遠くに見えるし、すごくキラキラしている。先程の乾杯の際に飲んだジュースも、すごくおいしかった。

(おしろにきたみたい)

 誰もが綺麗に着飾っていて、まるで絵本で読んだ舞踏会の様。自分もお母様から白いふわふわのドレスを着せてもらって、お姫様になった気分。
 はしゃぐ気持ちにまかせて、もっとあちこち見て回りたいと思った。
 しかし、同い年の子供の中でも取り分け大人しくて人見知りの激しいリリには、親の側を離れ、見知らぬ人ばかりの会場を歩き回る勇気は無い。それに会場までの車の中で両親から、側を離れない様に言い聞かされていた。だからこうして、光景を眺めるだけしか出来なかった。

 少しして、リリは側に立つ両親の姿を見上げた。

(おはなし、まだ?)

 二人とも先程から、他の大人たちと話をしている。話に夢中で、リリの方を見ようともしない。

(おなかすいた……)

 乾杯のジュース以来、何も口にしていない。それに足も疲れてきた。
 側にある丸くて大きなテーブルには、たくさんのおいしそうなごちそうが載っている。背伸びをすれば、そこの大皿に並べられたプチフールに手が届くかもしれないが、勝手に食べてしまうのはお行儀が悪い。かと言って、両親の邪魔をするのも躊躇してしまう。
 せめて両親のどちらでもいいから、こちらを向いてくれないか、そう願ってリリはただ見上げていた。

 だんだん、首も痛くなってきた。




「お〜い」

 かすかに、誰かの声が聞こえた気がした。

「お〜い」

 また聞こえてきて、リリは辺りを見回す。
 すると隣のテーブルの影から男の子が顔を出していた。
 自分よりも2、3歳は年上だろうか。いかにも元気がありそうな、顔にそばかすのある、くせっ毛のハニーブロンドの男の子だ。黒いロングタキシードを着て、グレーの縞のネクタイを絞めている。

(だれ?)

 彼女はきょとんとして、まじまじと彼の姿を見た。
 幼い自分がここにいるのだから、同じ様に両親に連れられてきた子供がいてもおかしくはない。ただ、そういう子供はたいてい自分よりもずっと年上で、最低でもジュニア・ハイスクールに通っているか、それ以上の年頃の子。年の近い子を見るのは、初めてだった。
 あまり幼いと、騒いだり走り回ったりして周囲に迷惑をかける恐れがあるから、親が連れてくるのを控える傾向にある。自分の場合は大人しいし、お行儀よくしていられるから連れてきてもらえたのだ。そう、大きくなってから理解した。
 リリがそちらを見たのが嬉しいのか、男の子は、にぃっと笑うと、こちらに向かって手招きをした。
 誘われるまま、リリはそちらに向かう。
 両親はお話に夢中で、彼女に気付いていない。
 すぐ近くまで来ると、男の子は笑いながら手にした皿を見せた。

「これうまいぞ」
「わぁ……」

 リリの口から歓声が漏れ出た。
 おいしそうな牛肉のローストや色鮮やかなテリーヌが、皿の上に載せられていた。
 彼女の反応が嬉しいのか、男の子はヘヘッと笑う。そして壁際に見える椅子を指差した。

「あっち行って、いっしょに食おうぜ」

 お腹もすいていたし、何より凄くおいしそうなごちそうだ。リリはうなずこうと顔を上げる。
 しかしすぐにお母様との約束を思い出して、首を横に振った。

「どうしたんだよ?」

 リリは困った顔で男の子を見る。

「はなれちゃダメって、いわれてるの」
「そうかよ」
「ごめんなさい」
「ん〜」

 彼は眉間に皺を寄せて、リリと、楽しそうに話す彼女の両親を交互に見る。
 眉間に皺を寄せると、この子はもっとお兄ちゃんに見えるな。そうリリは思った。



「……そうだっ」

 男の子が、にぃっと笑い、皿を持っていない方の手でリリの腕を掴む。
 そして、「こっちこいよ」と言うと、そのまま歩きだした。

「あっ、あの……」
「平気だって。いいから、こっちこっち」

 男の子は、少しだけ声をひそめて話しかける。
 仕方なくリリは、彼に引かれるままにその後をついていった。
 どこか遠くに連れて行かれるのかと思ったら、男の子はきょろきょろと辺りを見回しながら、テーブルに沿う様に歩いていく。
 やがて、このテーブルの側で作業をしている給仕の元へ向かった。
 給仕の若い男は、傍らにワゴンを置いていた。そこから厨房からできたてのごちそうをテーブルの上に載せたり、空いた皿や使用済みの取り皿を下げたりと、せわしく働いている。
 男の子はリリの手を引っぱりながら、さらに足を速めていく。リリはその速さについていこうと、一生懸命足を動かした。
 やがて給仕が離れた所に置かれている汚れた取り皿を回収しようと、ワゴンから離れた。

「……よしっ」

 小声でそう呟くと、男の子はワゴンに駆け寄る。そしてその影にしゃがみ込んだ。
 驚くリリを見上げると、彼は掴んだままの腕をぐいぐいと引っ張る。

「おまえもしゃがめよ。バレるだろ」

 うながされるままに、リリもその場にしゃがみ込む。一体どうしたのだろう。訳がわからず、ただ彼の顔を見つめた。
 彼はリリの腕を掴んでいた手を離すと、その手で真っ白なテーブルクロスの裾を少しだけ持ち上げた。続いて、できた隙間に反対の手に持っているごちそうの皿を差し入れると、再びリリの方を振り返った。

「いいか、だまってついてこいよ」

 ひそひそと話すと、男の子はテーブルクロスを更に持ち上げ、滑り込むようにテーブルの下に入ってしまった。

(どうしよう?)

 本当に、ついていっていいのだろうか。
 辺りを見回すが、ここはワゴンの影になっていて、お父様もお母様も、誰も自分たちに気づいていない。まわりの大人たちはおしゃべりや食事に夢中で、ワゴンに見向きもしないのだ。

「早くっ」

 小声でテーブルの下から急かされるままに、リリはバサッとテーブルクロスを持ち上げて、あわてて中に入った。

「おいっ、しずかについてこい」

 薄暗い中で、男の子は渋い顔をしている。

「ごめんなさい」
「いいか、だまってついてこいよ」

 と言うと、男の子は皿を片手で押しながら、四つん這いになって奥へと進んだ。
 リリも真似して、四つん這いになってその後をついていく。ドレスの裾がジャマで上手く進めないが、一生懸命ついていった。


(きれい……)

 手足を前へと動かしながら、リリはきょろきょろと辺りを見回していた。
 布一枚隔てただけなのに、ここはまばゆいパーティー会場とはまるで異なる世界だった。
 薄暗いが、テーブルクロスの向こう側が明るいので、ちっとも怖くはない。それに、側に立つ人の影がゆらゆらと映ったり、遠ざかったりする様が不思議で楽しかった。
 陰影のメリハリのある世界。
 先程までの困惑など綺麗さっぱり忘れて、初めて見る不思議な光景に、自然と笑顔になっていた。

 

 楽しんでいるうちに、やがて男の子が座っている場所までたどり着いた。

「ここすわれよ」

 リリが腰を下ろすと、彼は笑顔を見せながら運んできたごちそうを彼女の前に置いた。

「食おうぜ」
「でも……」
「大丈夫だって。おまえの母ちゃんたちなら、そこにいるぞ」
「カアチャン?」

(『カアチャン』って、なに?)

 リリは首をかしげ、男の子が指差した人影を見る。
 そちらの方から両親の楽しげな声が聞こえてきたので、リリは、今自分たちがどこにいるのか理解した。
 先ほどのワゴンのあった場所から、両親の足元まで移動したのだ。
 確かにここなら、両親から離れていない。

「ここならいいだろ。さ、食おうぜ」

 男の子は黄色いテリーヌをフォークで刺すと、おいしそうに頬張った。

「はやくおまえも食えよ」

 うながされるままに、リリもフォークを手にし、テリーヌを口に運ぶ。
 柔らかな触感と濃厚な味に、反射的にリリはニコッと笑った。

「うまいか?」

 リリがうなずくと、男の子は嬉しそうに笑った。

「だろ。へへっ、うちのシェフはすっごく料理がうまいんだ」

(あ、このこは、このおやしきのこなんだわ)

 嬉しそうに笑う彼を見ていると、何故だかリリも嬉しくなってきた。

「このローストもうまいんだぜ、食えよ」

 満面の笑みを浮かべる彼にうながされるままに、食べてみる。とろけるような柔らかさに、リリはまたニコッと笑った。

「おいしい」
「だろう! そうだ、ジュース持ってくる。ちょっと待ってろ」

 そう言うと、男の子はその場を去った。程なくしてオレンジジュースの入ったグラスを2つ持って戻ってくる。
 そしてもう一度「待ってろ」と言ってその場を去ると、今度は様々なごちそうが盛られている皿を一つ持って戻ってきた。

「これもうまいぞ」
「ありがとう」

 それから、二人仲良く並んで座って食べ始めた。
 男の子が持ってきたごちそうはどれもおいしくて、二人でニコニコと笑いながら食べた。


(あれ?)

 少しして、初めて見る料理にリリは首をかしげた。
 縦長の大きな三角形のパンの様なもので、上にハムや野菜が載っていて、さらにチーズと赤いソースがかかっている。フチにこんがりと焦げ色がついていて、とろけたチーズが何ともおいしそうだ。
 今ならこの料理が『ピザ』だとわかるが、当時はどういう料理なのかまるで検討がつかなかった。

(これ、どうやってたべるの?)

 ナイフがないから切り分けられないし、ちぎると指が汚れそうだ。
 すると男の子がその料理のフチを掴んで持ち上げると、底に手を添えて、パクッと食べた。

「? 食わねえのか?」

 口のまわりをソースで真っ赤に染めて、彼は尋ねた。
 あわててリリは首を横に振る。そして彼がしたようにその食べ物を手に取ると、細長い先端を口に運ぶ。
 とろりとしたコクのあるチーズとトマトソースの味に、リリはにっこりと笑った。
 この他にもリリが初めて見るメニューもいくつかあり、その度に男の子の食べ方を見習った。
 その際、フォークを使わずに食べる事が多くて、お行儀が悪いのかもしれないと心のどこかで思ったが、それよりも『楽しい』や『おいしい』という思いの方が強かった。
 
 
 
「あ〜、うまかったっ」

 用意した料理を食べ終えた彼が、口のまわりをベタベタに汚したまま満足そうに笑う。
 リリはハンカチを差し出した。

「サンキュ」

 受け取ったハンカチで口元を拭い、彼女に返す。
 そして男の子は胸ポケットから棒付きキャンディーを2本取り出すと、1本をリリに差し出した。

「やる」
「ありがとう」

 ピンク色のイチゴ味の飴。
 初めて食べる棒付きキャンディーの味は、とてもおいしかった。

 
 やがて飴を食べ終えて、棒と包み紙を皿に置いた時だ。

「リリ? リリー?」
「リリちゃーん?」

 テーブルクロスの向こう側から、自分の名前を呼ぶ両親の声が聞こえてくる。
 声は遠ざかったり、近づいたりしている。恐らく、二人とも歩きまわりながら探しているのだろう。
 リリの表情が、雨が降り出す前の曇り空並みに曇った。思わずドレスの生地を、ぎゅっと両手で掴む。

(どうしよう……、おこられちゃう……)

 必死に探しているみたいだから、見つかったから叱られるかもしれない。そう思うと、目がじわじわと熱くなってきた。

「大丈夫だって。オレがいっしょに行くから」

 顔を上げると、男の子が、にぃっと笑ってみせた。
 彼がリリの手を強く握る。
 その手は、すごく暖かかった。
 自然とリリも手を握り返す。空いた手で涙を拭うと、彼の顔を見つめた。

「いいか、せぇので出るぞ」

 リリはうなずく。
 二人はそろそろと目の前のテーブルクロスに近づき、お互いに空いた手でクロスの裾を掴んだ。
 もう一度、二人は顔を見合わせる。

「せぇの!」

 ガバッ、と二人は思いっきり布をまくり上げ、まぶしい世界に飛び出して行った。




 その後は男の子が一緒に謝ってくれたお陰で、大して怒られることもなかった。
 それから1年くらいして、彼の両親が主催するパーティーに出席したが、その時は会えずじまいで終了。さらに何年かして再び招かれた時には、彼は寄宿制の学校に進学してしまい、パーティーには参加していなかった。
 その所為か、徐々に彼のことを思い出すことも少なくなっていった。
 それがここ半年くらいの間に、よく思い出すようになった。
 彼とテーブルの下に潜り込んだ時のことや、中での光景が不思議で綺麗だったこと。おいしいごちそうや、食後にもらった棒付きキャンディー。

 そして、彼が強く握ってくれた手のぬくもりも。

 
 「リリ、」

 食事を終えてクロスで口元をぬぐっていると、目の前に手が伸びてきた。
 その手には、棒付きキャンディーが握られていた。

「やる。食えよ」

 顔を上げると、既に飴を咥えたファビアンが、にぃっと笑っている。

「ありがとうございます」

 微笑みながら、それを受け取る。

「うまかったな〜」
「ええ」

(この人は昔から、食後には飴なのね)

 こうして食後に飴をもらうのは、これで何回目だろうか。
 もらった飴は初めてもらった時と同じ、ピンク色のイチゴ味のものだった。
 ふふっ、と笑うと、リリは包み紙をはずし、もらった飴を口に運んだ。


おわり



【あとがき】

以前、ゲスト原稿として作成したものです。
依頼のメールが届いた時、ちょうど身内の結婚式に向かう途中で、馬子にも衣装と言わんばかりにめかし込んでいました。
その所為か、おめかししたファビとリリ+パーティー会場というテーマになった訳なんですけど。
お互いお金持ちの家柄だし、ファビアンとリリは小さい頃にパーティーで会っていた、っていうのも有だと思います。お金持ちはパーティー好きそうですし。
高級料理に交じってピザが出てくるのは、ファットマン家ならではだと思います(笑)


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