旋光の輪舞<小説形式>
【リリ・シリアス】First Little Distortion
「いけ!」
叫ぶと同時に、ミカはスイッチを押す。
ヴェントゥーノIIからリリの乗るブリンスタに向かって、何台ものミサイルが放たれた。
(回避しないと……っ)
リリは慌てて、構えていたポシェットランチャーを下ろしかける。
《…………逃げないで》
彼女はすぐにランチャーを構え直すと、間髪入れずにヴェントゥーノII目がけて小型ミサイルを発射した。
(甘いな)
照準を定めずに放った為、小型ミサイルはヴェントゥーノIIの左側へ向かって飛んでいく。
不利な状況を回避するまでには至らない様だが、彼女の意欲は認めよう。そうミカは感じた。
そして自分に向かって放たれたミサイルは無視して、ブリンスタを見た。
先程自分が放ったミサイルは、ブリンスタの至近距離まで迫っている。
この状況ならば、回避は不可能だろう。
瞬時にそう判断すると、ミカは更に近接攻撃を仕掛けるべく、相手の正面に飛び込む様にまっすぐに前進した。
ブリンスタは動かない。
その時、ブリンスタの姿が消えた。
「何っ?」
ブリンスタ独自の空間転移システム、『蜻蛉の輪舞』だ。
命中する直前になって標的を見失ったミサイルは、互いにぶつかり合い、爆発音と共に大きな爆煙が立ち上がる。
その光景に目も暮れずに、ミカはすぐにレーダー用モニターを覗き込み、ブリンスタを探した。
「どこだ……?」
「隊長……っ、失礼します!」
「っ!?」
ミカがブリンスタの位置を確認すると同時に、ヴェントゥーノIIが大きく揺れた。
ミサイルを回避したブリンスタは、ヴェントゥーノIIの背後に転移していたのだ。
「はっ!」
もう一度ソードで薙ぎ払い、更にもう一撃加えると、小さな爆発が起きる。
その衝撃によって、ミカの機体は吹き飛んだ。
「ぐっ!」
大きな衝撃に襲われ、ミカは歯を食いしばってそれを堪えた。
「はいっ、そこまで!」
アーネチカの張りのある声が、スピーカーから聞こえてくる。
リリはブリンスタのソードを収納すると、大きく安堵の息を吐いた。
「二人ともお疲れ様。今日はリリの勝ちみたいね。リリ、模擬戦初勝利おめでとう♪」
「あ、ありがとうございます……」
アーネチカの弾んだ声に、リリははにかんでみせる。
「お疲れ様、リリ。今の攻撃には驚いたよ」
ミカの声も、アーネチカと同様に優しい響きがあった。
「本当ですか、隊長?」
「ああ、まさか背後に回り込むなんてね。さっきのミサイルは、僕を誘導する為だった?」
「はい、おっしゃる通りです。その、急いで撃ったので、おかしな方向に飛んでしまいましたが……」
「そんな事はない、上出来だったよ」
ブリンスタの蜻蛉の輪舞は、あらかじめ移動したい位置を入力すれば、その位置に転移する事も出来るが、一瞬の隙が命取りになる戦場では、悠長に座標を算出している余裕などない。
その為、前後左右・斜め、任意の8方向への一定距離間の移動。そして移動よりも、敵の攻撃を回避する為に使用する。それが主な使い方になる。
リリもそうしていた。
それを回避、そして奇襲に活用した。
ミサイルを放ち、わざと隙を見せる事で、ミカが自分目掛けて真っすぐに飛び込んでくる様に仕向ける。そしてタイミングを計って転移し、背後に回り込んだ。
ブリンスタの性能を活かした、知略的な攻撃と言えよう。
「いい攻めだった。本当にリリは上達が早いね」
(隊長に褒められた……嬉しい!)
嬉しさのあまり、リリは両手で口元を覆う。その頬は、赤く染まっていた。
「あ、ありがとうございます……」
「ハハハ、この意気で頑張ろう」
「はい……」
「そろそろ時間だし、戻ろうか」
「了解です」
リリは再び操縦桿を握る。
ヴェントゥーノIIの後に続いて、ブリンスタは地上を目指した。
◆◇◆◇◆
照明の配置の所為か、ロッカールーム内はほのかに薄暗い。さらに覗き防止の為に窓が無いので、どことなく空気が重く感じられた。
時刻も遅い為、ロッカールームには自分一人しかいない。
一人っきりの、閉鎖された空間。
その空間の中で、自分のロッカーのドアを開けたまま、リリは立っていた。
目の前につり下がっている服に、手を伸ばそうともしない。隊服のファスナーを下ろそうともしない。ただ、その場に立ちつくしていた。
気持ちが高ぶっていて、何かをする気になれずにいるのだ。
ドアの内側にかかっている備え付けの小さな鏡に、自分の顔が映っている。その緊張した表情を、彼女はただ眺めていた。
(まだドキドキしてる……)
リリは右手を胸に当てる。
早く脈打つ鼓動を、手の平に感じた。
(隊長に勝ってしまいました。皆さんも誉めてくださいました。どうしよう、すごく嬉しい……!)
模擬戦の後のミーティングで、模擬戦の内容を映像で確認した。
自分とリリの対戦の映像を流しながら、ミカは改めてリリを誉めた。
ファビアンは、「腕を上げたな、リリ」と、顔をクシャクシャにして笑った。
アーネチカは、頭を撫でてくれた。
アーヴィングとパーシヴァルも、上手になったと誉めてくれた。
セロンだけは、特に何も言わなかった。しかし映像内で、ブリンスタが蜻蛉の輪舞でタイミング良くヴェントゥーノIIの背後に回り込んだ時、彼は確かに口笛を吹いていた。あれは賞賛と受け取っても良いだろう。
ああして皆が誉めてくれた事が、嬉しくて仕方なかった。
鼓動を少しでも鎮めようと、リリは深呼吸をする。
(皆さんのおっしゃる通り、本当に上手になったのでしょうか? 確かに、前よりも思い通りに動ける様になった気がする……。少しは上達したのだと、思っていいかもしれない)
今までは緊張もあって、動きが随分ぎこちなかった。
それに操縦する事に精一杯で、相手の動きを読んだり、状況を冷静に把握する事がほとんど出来ていなかった。
(動ける様になったから、心に余裕が生まれたのかしら。でも……)
脳裏に、先程の模擬戦が蘇る。
ミサイルが迫ってくる中、ミカの背後に回る為に、彼がこちらに向かってくる様に仕向けた。彼ならば隙を見逃さない。恐らく接近して、畳みかける様に追い撃ちを仕掛けてくるだろう。そう瞬時に判断して。
そして、近づいてきた彼との距離とタイミングを測って、その背後に転移した。
この作戦は、見事に成功した。
しかしリリは、不思議で仕方がなかった。
(私に、あんな作戦が思いついたなんて……)
戦略や知能戦といったものは、正直得意ではない。チェスや将棋、シュミレーションゲームといった知略的なゲームは、生まれてから一度もした事がない。
それにこういったものは、相手を陥れようとする狡猾な行為の様なイメージがどうしても拭えず、任務をこなす上で重要な事だとは頭では理解していても、心にはまだ抵抗感があった。
そんな自分があれだけの事を瞬時に判断して成し遂げた事が、信じられなかった。
あれは確かに、自分自身が考え、実行したはずなのに。
(何だが、私じゃないみたい……。怖い……)
急に、自分を取り巻く空気が重くなった様に感じ、息苦しさを覚えた。
不安から、鼓動が一層早くなる。辺りが静かな所為だろうか。心臓の動く音が身体に響いた。
(私……なの? 本当に、私なの? 私は、どうしたの……?)
落ち着きたくて呼吸を整えようとするが、上手く息が吸い込めない。浅い呼吸をただ繰り返した。
(いやっ、怖い……! 助けて……!)
目を固く瞑ると、リリは、ぎゅっと両手で胸を押さえた。
《――――大丈夫、怯えないで》
リリは、大きく深呼吸をした。
先程まで上手く吸い込めなかったのが嘘の様に、空気が自然と喉から肺に入ってくる。
(……そうよ、怯える事はないのだわ。これは必要な事が出来る様になっただけ)
呼吸が穏やかになったお陰で、心も自然と落ち着きを取り戻していった。
(皆さんがおっしゃる通り、私は以前よりも上手になったのよ。いいえ、もっと上手に、強くなれるはず。皆さんやお父様とお母様の為にも、頑張らなくては……)
吸い込んだ息を全て吐き切ってから、彼女はゆっくりと目を開ける。
そして、鏡に映る自分と目が合い、それに向かって優しく微笑みかけた。
「大丈夫よ、リリ。これからも頑張りましょう」
鏡の中の自分は、口角をくいっと上げて、嬉しそうに微笑んでいる。
ほのかに照明が薄暗い所為だろう。
顔に影が出来て、鏡の中の自分は、どことなく艶めかしく見える気がする。
そうリリは、微笑みながら思った。
おわり
【あとがき】
黒リリ様の、おな〜り〜www
初めての黒リリ、そしてランダーの戦闘シーンです。
ファビリリとかのらぶらぶ小説を待っていた方、申し訳ありませんっ。
ランダーでのアクションシーンが書ける様になりたくて、練習のつもりでちょっと書いてみたら思ったよりも書けたので、小ネタ行きにするのは勿体無いな〜と思って、予てから考えていたエピソードと組み合わせて小説にしました(苦笑)
初めて黒リリの輪郭が見え隠れした時、そんな感じの話だと受け取ってください。
もう少し混乱しているリリが書ければ良かったのですが、力不足でごめんなさい。
模擬戦の相手がミカなのは、ヴェントゥーノIIの方がグラフライドよりもアクションが書きやすかったからです。
こんなアクション、実際のゲームでやるのはかなり条件が厳しそうですが、ここはあくまで小説って事で、大目に見てください。
旋光の輪舞<小説形式>に戻る
トップページに戻る
[*前へ][次へ#]
無料HPエムペ!