9.ベル
「何してんの、名前」
ナイフを振りかざそうとしている女の手首を捻り上げる。
ぎりぎりと締め上げているはずなのに、涙もみせない。
「殺そうかと。名前で呼んだ」
ベッドで、俺に馬乗りになっていう女の台詞じゃねぇだろって。
言ったら、虫がいたと無邪気な笑顔で言われた。
「チッ…、理由が後付けって無碍にすんなよ。名前はさっきは大人しく寝てたじゃんよ」
「知らない」
「んー、サボテンにされてぇの」
するつもりはなかった。
腰に手を回して見ると変な顔をされた。
むず痒くて、頬を赤らめるでもなく、我慢をする顔。
「ベルフェゴール」
「ベルか王子。それ以外認めないっつてんじゃん」
「ベル、優しくしないで?」
ふわりとさっきとは打って変わった笑みを浮かべた"女"がそこにいた。
昔と変わらない姿にドキリとした。
「王子が折角優しくしてやろうとしてんのに。
つか、この状況でなに言い出してんだ」
「怖い人に習った」
怖い人、怖い人って呟かれる言葉にむかついてくる。
「ボスは好きじゃねぇの?」
尋ねれば首を傾げられた。
丸い瞳をきょとんとさせて、幼い仕草。
女らしく、艶かしいこの体躯には似合わない。
「XANXUSってーの、俺らのボスじゃん」
「ふーん。
この部屋に来るのは変な人と髪の綺麗な彼と怖い人と貴方だけだよ」
「変な人?」
「『ボスが迷惑している』って喚くの。
うるさくて、護身用のナイフ投げちゃった」
「それは、名前知らなくていいや」
「ふーん。なら、怖い人」
「どんな人だよ。名前には怖いもの無しだろ」
「そこに座る」
スッと指差した先は、月の光が差す窓際だった。
「なら、それ、ボスじゃねぇの?」
最初に名前が倒れたときにそこに座ったのはボスだけだ。
「そうなの?」
「黒髪だろ」
「うん。でも、無重力さんと一緒にくる」
「うげ、それってエースくんとひ弱な十代目じゃん。
誰だよ、入れたの。カエルは?」
「カエルくんは、人形くれる」
「まじかよ」
「ばいたいになるって」
「うげ、捨てろ」
「やだ」
「じゃ、切り捨てとけ」
「らじゃー」
敬礼をしながら言う姿は幼子そのものだ。
過去に何かがあり殺しのプロから足を洗ったつもりが、
暗殺部隊の秘書になってまた闇に身を染めた。
馬鹿なやつだって思った。
だんだん話すと面白くて、惹かれたのに。
爆発に見舞われて、
名前を守った人が死んだ。
それが過去のトラウマを呼んで、
幼児退行してしまった。…らしい。
こんな彼女に気持ちを言っても何にもならない。
ひ弱などっかの馬鹿が言ってた言葉は本当だった。
誰かに愛されるっていい事だ。
誰かを愛するのも、辛くない。
好きだよと言っても冗談にしかならない
どうしたらいいんだろう
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