ドロップ(彰介×圭太)
お疲れさまでしたー。
そう言って同僚たちが次々に帰っていくのを、門田圭太はパソコンとにらめっこしながら聞き流していた。
今日の残業は、どう考えても自分のミスだから誰にも文句は言えない。それでも悪態くらいは吐きたくなるほど圭太は追い込まれていた。
来週、朝イチで使う資料に不備があって、今日は夕方からそれに掛かりっきりなのだ。
時刻は19時を回っている。あと、最終調整だけだからそう時間は掛からないのだけれど、このあと。仕事のあと、大切な恋人との約束の時間が迫っていた。
毎回遅刻してしまうのは自分が不甲斐ないからだけれど、今日くらいは遅刻せずに行きたい。欲を言うなら早めに行って待ちたいのだ。なぜなら、今日は彼の誕生日だから。大切な、記念日だ。そんな日に遅れたくなくて気持ちだけが焦ってしまう。
「んー、もう! 明日だ! 」
イライラと落ち着きなくパソコンの電源をオフにしてバタバタと帰宅の準備に取りかかった。そんな圭太をみた上司が何か言っていたけれど、そんなもの気にもならない。いや、正確には聞いてる余裕はない。
「お先に失礼します!お疲れさまでしたー! 」
鞄を掴んで走りながら叫んで事務所を出た。
磨き上げられた会社の廊下を走り、もどかしく開く自動ドアに苛つきながらすり抜ける。
圭太の恋人は年上の男だ。だから普通の男女のカップルみたいに大手を振って外で手を繋いだり、そういうスキンシップは皆無だけれど、互いの誕生日くらいは外で食事でもしようと、付き合った当初から話し合って決めていた。
だから、今夜はとても大切な日なのだ。
駅の改札でICカードを翳し、電車に飛び乗って時計を確認。
うん。この時間ならギリギリだけれどちゃんと約束の時間には間に合う。
圭太はほっと息を吐いて、デオドラントシートを鞄から取り出すとかいた汗を拭った。
電車に揺られること10分。気持ち早足で階段を上がり改札を出ると向かいのレストランに入る。ウェイターに待ち合わせを告げると席まで案内してくれた。
「あ、圭太くん」
ほわぁっとした笑顔を向けてくれたのは他でもない大切な恋人、御堂彰介さん。
「彰介さん、お待たせしました」
圭太がそう言うと、「全然待ってないよー。僕も今来たとこだし」とにこにこ笑う。
彰介さんはほんとに優しくて、いつもこうして笑ってくれる。
ウェイターに促されて席につくと頼んでいたコース料理が運ばれてきた。
細やかなお祝いを言って、二人で何だか分からないけど笑ってしまった。
「圭太くん、今日はありがとうねー。無理させちゃったかな? 」
「えー、無理なんかしてないし? 」
「そう? なら良いけど仕事忙しいんじゃないの? 」
「忙しくなくはないけどさ、まだ覚えること沢山あるからそう言う意味ではまぁ。何せまだまだ新人だから」
あはは、って笑って誤魔化す。
二人で他愛のない会話を楽しみながら、運ばれてきた料理を口に運んで平らげていく。少しだけお酒も頼んで、彰介さんはちょっと陽気になって、それから色気も二割増し。
ドキドキしながらの食事の時間はあっという間だった。
店を出て当然のように彰介さんの家に上がり込んで、ようやく触れ合うことが出来た。
「外での食事もいいけど、こうして圭太くんに触れる時間はやっぱり外せないねー」
彰介さんは後ろから圭太に抱きつき、その首筋に顔を埋めるように匂いを嗅いでいる。
「も、俺汗臭いだろ? 離して」
「汗臭くないよ、圭太くんの臭いだ」
ふふふっと笑う熱い息が圭太をゾクゾクとさせる。
「しょ、彰介さん! ほらプレゼント、欲しくない? 」
「んー? 圭太くんでいいよー? 」
「そーじゃないって! 」
どうしても甘い空気を作り出す彰介さんに焦れて、その体を無理矢理引き剥がす。そして持ったままの鞄の中からラッピングされたそれを取り出して無造作に付だした。
付だした途端、パァアっと表情が明るくなる。
「うそ、本当に? 」
「……あ、気に入らない? 」
「そんなことあるわけないよー! ああぁー! どうしよう! 凄く嬉しい! 」
ブンブンと頭を振ってプレゼントを受け取った彰介さんは、封を開けなくても中身が分かったようだ。
ぎゅーっと抱き締めて全身で喜びを表現してくれる。
「良かった」
ふふっと笑って、年上なのにこういう言動がこの人を凄く愛しく感じさせる要因だ。
「開けていい? 」
「うん、どうぞ」
にこにこと溢れる笑顔で封を切ると、出てきたのは写真集。
彰介さんは最近、水槽に自然を表現するネイチャーアクアリウムにはまっている。圭太が用意したのは数年前に発売されてすでに絶版しているものだ。
「圭太くん! これ!! 」
彰介さんはパッと顔をあげて圭太を見る。その表情は喜びに少しだけ蒸気していた。
「ビックリした? 職場の先輩にお願いしてさ、取り寄せてもらったんだ」
「凄い! 天野さんの写真欲しかったんだ! レアだよ、これ! 」
「気に入ってくれて良かった」
少し背の高い彰介さんにぎゅうぎゅうと抱き締められて、圭太もきゅっと背中に腕を回してしがみつく。
この写真集を手に入れるためにした先輩との交換条件は秘密だ。
「圭太くんはやっぱり最高の人だねー。大好き」
自然に顔が上がる。その先にあるのはこの上もなく優しい顔をした最愛の人。顔の熱が上がるのが自分でも分かった。それでも背けることなく、ゆっくりと近付いて。
触れた唇は柔らかくて、甘くて。
極上の時にただ、身を委ねた。

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あきゅろす。
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