短編小説 タイムリミット 「現在、こちらの番号は使われおりません…。現在、こちらの番号は……」 プツッ…と音がして、先ほどまで聞こえていた声は聞こえなくなった。 気付くと押していた、電源ボタン。 携帯画面には、2分37秒と書いてある。 この2分37秒間、俺はあの幾度と繰り返される言葉を聞きながら、一体何を考えていたのだろうか。 ぶらん、と力無くぶら下がる腕の先に持つ携帯をもう一度見て、思い出すことにした。 電話を掛けた相手は、ずっと思い続けたヤツで。 半年以上前に別れて、それから連絡は途絶えた。 好きなら連絡くらいすれば良いのだが、そう簡単に出来ないんだ。 理由も無しに電話をすることくらい、親友ならば普通のことだが、意識し過ぎた自分には不可能なことで。 何かしら話す内容をまとめておかないと、何も話せずに終わってしまうかもしれなかった。 つまり、要は俺が不甲斐ないばかりに半年以上連絡を取ることが出来ず、やっと話すネタが出来たと思い掛けてみれば、電話番号は変わっていた、というわけだ。 「タイムリミットは過ぎていた」 いつか、アイツがぼそりと呟いた言葉を、俺も呟いてみる。 大好きな女の子に告白したが、フラれて落ち込んでいた時に言っていた。 確か、メールアドレスの交換、デートの約束…までは上手くいっていたはずなのに……。 (……何で上手くいかなかったんだ?) そういや、デートの約束まで漕ぎ着けたのは、卒業まであとわずかな時で。 彼女が卒業しても連絡を取れる様に、と番号を教えていたんだ。 だけどアイツはバカの中のバカで、結局電話を掛けられたのは半年以上経ってからで…。 (その時も確か……) 電話を掛ける時、何でか一緒に俺も付き合わされて。 顔を真っ赤にして、指先を震わせながら電話を掛けるアイツは、あまりに滑稽で、あまり愛しくて。 (んでその時も、) 携帯電話から聞こえてきた声は、予想を裏切る知らない女性の機械的な声で。 何十回と、フリーズして動かなくなったアイツの耳元から、何度も聞こえてきていた。 「………ああ」 そうだ、あの時も。 アイツはバカで、好きな子にさえ電話一つ簡単に出来なくて。 ただの友達の関係だったのに。 アイツは意識し過ぎていたんだ。 「………はっ、」 まるでそれは、 「今の俺じゃねぇか………」 平行線の関係であるのに、意識し過ぎた俺とアイツ。 俺がアイツに。 アイツはあの子に。 半年経って、やっと気付くこの気持ち。 ああ。 お前はあの時、こんな気持ちだったんだよな。 「タイムリミットは過ぎていた」 泣きじゃくりながら言ったこの言葉は、あまりに馬鹿な発言だと思って聞いていた。 カッコつけんなよ、と慰めるとアイツはもっと涙を流して。 お前がもっと早くに掛けていれば、今は変わっていたかもしれないのに。 声には出さなかったが、震える肩に触れながら、ただそれだけを考えていた。 「……タイムリミットね」 そうだ。 俺もお前と同じ。 どうして半年以上も経った今、お前の失敗を俺が繰り返しているんだろうか。 「あーあ……」 床に腰を落として、肩を震わす。 バカなのは、俺もだ。 アイツをバカにしていたのは、俺なのに。 ガタン、と突然携帯の落ちる音がした。 ああ、ああ。 アドレス帳を開けば、一番最初にお前の名前が見えていたのに。 「…………」 別れる時に伝えられた番号。その日の内でも、次の日でも、何でもないことを話すだけで良かったんだ。 俺がもっと早くに掛けていれば、今は変わっていたかもしれないのに━━━…。 携帯に手を伸ばし、震える指先でもう一番あの番号を押す。 あの時のお前と俺が、まさか被っているなんて。 『プルルルル………』 ああ、頼むから頼むから。 その機械音の後に続く声が、アイツの声であります様に。 ああ、頼むから頼むから。 タイムリミットはまだ、過ぎていないでくれ。 『プルルル………プツッ、』 「白壁、俺………、 お前に話したことがあるんだ、」 タイムリミット [*back][next#] [戻る] |