短編小説 さよならに込めた、本当の意味 とにかく反りが合わないと分かった日、すぐに電話をして相手を呼び出した。 「…寒いね。で、どうしたの?」 手に吐く息が白くなって見えて、すぐに消えた。 本当に寒い。早く用件を伝えてしまおう。 「お前って、ゲイ?」 「は…………?」 その反応は当然だな。そりゃ誰だってそうなるわ。 「いきなり悪い。ただ聞きたくて」 悪びれた素振りを見せながらちらりと顔を見ると、少し渋った顔をして、ぱっと口が開いた。 「違う。どっちかっていうとバイセクシュアル」 「要するに女もいいわけね」 「言い方が雑」 「悪い」 言い方は悪いが、要するにそうなんだな。やっぱりコイツは俺と違う。 「……で、本当の話は?」 「あ、うん」 躊躇う理由なんて無いはずなのに、簡単に口に出せない。終わりを告げることは簡単なのに。 「お前って、本当に俺と付き合ってて楽しい?」 「は?」 眉間に出来たシワ。あからさまに怒っている態度を見て恐いと思うのは、コイツ以外に感じたことがない。 「何言ってんの、アンタ」 「だってお前、正直女もイイんだろ?」 「そうだけど。…だから?」 「じゃあ何で俺みたいなのと付き合ってるわけ?」 「………は?」 自虐的なことになるが、俺なんかと付き合ってどうなる。 俺みたいにゲイで、女を愛せないのなら分かるが、バイのお前は女とも付き合えるのに、何でまたわざわざ先の見えない俺なんかと。 そりゃ好きだから、なんて答えられるだろうが、お前にはもっと違う未来が見える筈だろ。 何で俺なんかと?何でこんなに不安定で先が見えない俺と? 「なんだよ、俺のこと嫌いになったの?」 「ちげーよ。ただお前おかしいだろ」 「おかしいのは元々だよ。アンタを好きになってから」 「俺が悪いの?」 「違うけど」 何が言いたいのかわけが分からなくなってきた。何が言いたいんだっけ。 「俺がバイで、それでアンタのことが好きなのは駄目なの?」 「そうじゃない」 「じゃあいいじゃん」 ああ、またフリダシに戻る。 「何で女じゃないの」 「アンタがいるからだよ」 「俺のせい?」 「そう」 真っ直ぐ視線が自分に向き、慌てて目を反らした。 「確かに俺はバイで、正直女も好きだよ。だけどアンタが好きだから……」 「………ッ!」 突然強く握られた拳が、少し小刻みに震えていて。なんとなく、コイツのことが無償に愛しく感じた。 「なあ、」 「なんだよ……」 「別れよう」 「は?」 驚いた顔がスゲー不細工で、そんな顔すらも愛しいんだ。 だけど、これを俺のものにしてはいけない。 「別れよう。もう終わりにしよう」 「は……、何でだよ」 本当の理由を言ったら、コイツは馬鹿だから分かってくれないだろうから『お前のため』なんて言葉は使わない。 「他に好きな奴が出来た」 「…………」 「ちょっと前に告られた。同じ学部のヤツ」 「……だから?」 「だから、別れようっつってんの」 「へえ、」 あからさまに不機嫌なことを顔に出した。本当に恐いねえ。 「本当に?」 「本当に」 「誰、どこのどいつだよ」 「言えない」 「何で?」 「まだ返事してない」 返事も何も、告白なんてそんなこと、されても無いが。 「だから何だよ。本当なら言ってもいいだろ。俺にだって知る権利はあるだろ?俺はお前の彼氏なんだぜ?」 「………」 すっと近付いた顔。ああ何度見ても、吸い浸けられてしまいそうだ。 「何で俺にあんな質問したの?」 「あんな?」 「本当に楽しいか、って」 「別に。最後に聞いときたかっただけ」 「最後?」 「それ聞いて、別れようと思って」 「じゃあ俺は一生答えないよ」 「それでもいい」 「つまんないなあ」 ふふ、と笑いながら近くにあった顔が一層近付き、唇が軽く合わさった。 「好きだよ」 「うん」 「じゃあ別れなくていいじゃん」 「それとこれとは、」 「何も違わないでしょ?」 後ろに回された手。離れない様に強く固められた腕。 ああ、このままで居たい。だなんて。 「…離せ」 「……のわりには力が弱い」 「弱ってんだよ」 「まあ、力はそんなに強くないしな」 笑いながら少し強くなった力を感じて、そっと自分も腕を伸ばしてしまった。 このまま触れ合っていたいと、無意識に感じて。 「別れよう」 「俺と?」 「うん」 「………いいよ」 「………」 「“今の関係”と別れよう」 「………」 「確かに俺は女も男も好きになれるから、アンタとは違う」 「………」 「だけど、今もこれから先も、アンタ以外は見られないんだよ」 「……っ、」 触れ合っていた身体が離れると引き替えに、視界に入った顔。 「別れよう?だけど、もう一度言わせて」 「………?」 「俺にはアンタしかいないんです。だから、まだ一緒にいさせてください…」 まだ間に合う。まだ引き返せる。まだ大丈夫。 まだ、まだ、まだ、 まだお前は、普通の道を歩めるのに。 「確かに俺とアンタの関係は、先なんか見えない。だけどそんなのどうでも良いでしょ?」 「どうでも良くなんかない…っ!」 「俺はさ、アンタと一生一緒に居れたらいい、とだって思ってるくらいなんだよ。そりゃ子供とか憧れるし、結婚だってしたいけど」 「………」 「でもそんなの、結局アンタが横に居なきゃ、何も意味を持たないんだよ」 「違う……っ」 「中途半端にアンタのことが好きなんじゃない。女も男も好きだけど、アンタしか無いんだよ、俺にはもう」 見掛けた時に、小さく何かが芽生えて、 それが何かと気付いた時、どうしようも無い思いだと、同時に分かって、涙が出た。枯れるほど。 それでも静まらなかった気持ちは押さえきれず、少しずつ近付いた。 知って欲しかった。存在を、そして気持ちを。 気付かれて、驚かされて、真実を知って。 嬉しかった筈なのに、どうしてか自分と少し違うことに、虚しさを感じた。 だから、俺だけのものにしてはいけないと思ったのに―――。 「好きだよ、狂うほど」 ああ、ああ、 もう手放すことなんて。 「もう一度だけ。好き。だから、付き合ってください」 「………俺もっ…」 指し伸ばされたその手を拒めなかった。 俺はお前を思って、別れようとした。お前の事を思って、未来を思って。 お前の全てを奪った俺が許してもらえるはずはない。 だからせめて、償うよ。 お前の全てを奪った俺が、お前に出来ること全て。 お前に全てを捧げる。 そしてもう一つだけ、 最後に誰かに、「さよなら」と告げよう。 だってこれまでの事や、これからの事を償う為には、この関係を永遠にしなくてはいけないから。 さよならに込めた、本当の意味。 [*back][next#] [戻る] |