「世界で一番って、たったひとつ?」 ファルコンの甲板で帽子が風に飛ばされないように抑えたリルムが、空を見上げながらそんな事を呟いた。 小林蕪's request No.[セツリル] それから、いつまでもずっと ファルコンの速度は空軍よりも早い。気を抜けば言葉は風に攫われてしまう。それでも聞き逃さなかった賭博師はニヤリと唇を歪めた。 「そりゃあ、ひとつしかねぇから欲しくもなるだろ?」 実際、世界に一つを追い求める事は、自らの人生を全てチップとして賭けなければ叶わない賭けである。世界に一つを望むならば、生命ではなく、人生そのものを賭けねばスタートラインにすら立てない。 それを正しく理解した彼の言葉は薄く笑いを帯びていた。 「リルムはさ、世界で一番って、半分だと思うんだよね」 流してしまえば、リルムの言葉はそのまま風に流される。 静かに語るリルムの言葉に儚さはない。けれども今ならば聞かなかった事に出来るのだ。 「…ハッ。何かと思えばくだらねぇ」 けれども、彼は抵抗してしまった。その続きを聞いてしまったのだ。 「世界にイチバンは、二人がいるから一番になれるんでしょ。一人じゃ、どーしようもない」 リルムの語る言葉もまた、真理のひとつだ。たった一人しかいない世界で一番などと語る方が烏滸がましい。そもそも、スタートラインに一人しかいなければ競争にすらならないのだ。 セッツァーには、ダリルが居た。彼女が居たからこそ、最速を駆け合って賭け合えたというのに、今は誰もいない。 それを思い出して、セッツァーの古傷がじくりと痛んだ。 (聞くんじゃ、なかったな) 踏み入る事のない心の禁猟区に、彼は思わず近づいてしまったのだ。 今まで空を見上げたままのリルムが真っ直ぐな視線の矢を持って振り返り、セッツァーを射抜く。 「見届けたげる」 「なん、だと?」 これ以上は、踏み入れられたくない茨の柵に心で手を掛けて、傷の多い顔を彼は歪める。 もう外傷ではない傷を負うつもりは無かったのに、心の掌はいつの間にか血が滴り落ちている。 「リルムも、一番になりたい。そしたら、ひとつになって、一番も賭け合えるじゃん、傷男」 「コイツは…恐れ入った」 彼女の賭けは、誰の賭けとも全く異質なものだ。全く異なる一番を賭けて、互いに見届けあえと宣言しているのだ。 スタートラインに立てないなら、一緒に立ってやる、と。 「お前の気骨は認めてやるけどよ、嬢ちゃんじゃ俺とは釣りあわねぇな」 セッツァーのスタートラインは、鋼色の茨が敷き詰められている。そんな所にリルムを一緒に立たせるわけにはいかないと、彼は強がりを口にした。 「及び腰のギャンブラーなんかにリルム様が負けるわけないでしょ」 (違いねぇ) 彼は、エールを贈られているのだ。結局は、一人だけで立てない鋼色の茨で敷き詰められたレーンに、彼自身どこかで怯えている。ダリルの影に、同じ顛末に怯えているのだ。 だから柵を設けて踏み入れられないようにしていた。自分の心にある茨の柵は、自分の弱さ。リルムは、それを取り除こうとしている。 だから、同じ人生を送ろうと告げた少女に彼も確かめた。 「賭けてやるよ、お前も自分の人生賭けられるんだろうな」 リクエスト RT user 小林蕪様 [FF6ページへ戻る] [TOPへ戻る] |