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過去

 煙草を押し潰すように消した瞬間から、何が起きるかをセリスは理解していた。抵抗をするでもなく、彼の唇を、舌先を受け入れていく。
 ロックに下唇を甘く咬まれて、喉の奥から頭の先に突き抜けるような錯覚を起こす。首の角度を変え、少しずつ音を立て始める口元。セリスの背に回された腕が、背筋をなぞる様に腰へ落ちて、上着の裾からインナーと上着の間へと潜り込む。頭を支えていた右手は力を緩め、指先で耳朶の裏をなぞっていた。

 …くちゅり

 息を吸うために小さく離れた唇から、銀色の糸が伝って途切れる。ハ、と息をすると、背中に回されたロックの左手がセリスの右肩に回り優しく上着を脱がしていった。

―――この男は、何故、私の為に泣くのだろう

 同情なら、要らないと何故跳ね返せなかったのだろう―――セリスはそう自分に問うべきなのに、真っ先に考えた事柄が滑稽で可笑しくなった。小さく漏れた微笑は、虚ろな眼差しを称えて彼に向けられる。ロックは、彼女の上着を床に落とすと、ゆっくり全身の向きを変えてベッドに背を向け、もう一度セリスに唇をあてがいながら武器とそれを腰から下げるベルトを外した。ベルトと武器を枕の横に投げると、唇を離してベッドに座る。セリスが、枕の脇に擲たれた武器が気になって視線を送ると、ロックは微笑んだ。

「この先が嫌なら、其れで抵抗していいぜ」

 彼の視線の先には、決して小さくない短剣、グラディウスが転がっていた。騎士剣の半分程だが、60糎以上あるその剣は人を殺めるに充分な長さをしている。
 目の前には、上着を椅子に掛けて武器も持たない、余りに無防備な男が1人。器用そうな長い指先が、ゆっくりとブーツの紐を緩めている。

―――この男は、何を言っているんだ?

 理解が出来ないのではなく、――其れでは、今此の場で貴方を殺せば、剰りにも自分が惨めじゃないかと――気がついてしまったから。
 ブーツを投げ出して微笑み、両腕を広げるロックのブルネット色をした瞳の奥に、昏い暗い、闇を見付けてしまったから。

―――あぁ、貴方も、痛みを抱えているのか。

 2人で旅をしてきた時は、一瞬の表情にすら出さなかった彼の歪。この瞬間に、セリスは理解したのだ。
 ロックもまた、彼女たちガストラ帝国が生み出した被害者の1人なのだろう、とはセリスも薄々理解していた。そうでなければリターナーという地下組織に組するよりも、今までのナルシェのように中立を保っていた方が懸命であるからだ。
 普段から飄々として笑顔で人の良さそうな笑顔を浮かべる彼こそが、ナルシェで出逢ったどのリターナーよりも頑なで一番心を閉ざしているのではないかという疑念すら湧き上がる。それもその筈、薄々なんてものではない背筋すら凍る闇が、今、目前にあるのだ。

―――私は、この男にこそ殺されるべきではないのか。

 消えかけた命の灯を連れ出した恩人が、過去の自分達による被害者であるという事実は、改めて考えるまでもなく滑稽な喜劇に近い。だが、先程ロックは言ったのだ。生きる目的がないと言ったセリスに、涙を零しながら、

『俺の為に、生きてくれ』

…と。
 セリスは自分が身に纏う濃紫色をしたチューブトップの背中へ両腕を回す。そのまま、背にあるホックをふたつ外すと、胸元で止まっていた布地が緩んだ。ロックが来訪する前、眠る為に湯浴みをしていた為既に彼女はブーツを履いていない。ルームシューズを片方ずつ脱いで、ロックに跨るようにしてベッドの縁に膝を立てる。
 虚ろな瞳のままで更に近付くセリス。それは、瞬時に決した。
 眼にも止まらぬ速さでグラディウスを引き抜き、ロックの喉元に刃をあてがうセリスと、悠然と笑うロック。僅かでも動けば血が流れる程肉薄した刃の前で、ロックは穏やかに微笑んでいた。

「そんなやり方じゃ、俺は殺せないな」

 窓から差し込む月明かりが、グラディウスの刃先を鈍く煌めかせる。何かをセリスが言う前に、ロックはセリスが持つグラディウスをゆっくりと押し戻した。吐き出せなかった言葉は宙に浮いて、亡骸がさまよう。
 気圧された訳ではない。死にたがっていた訳では無い。ならば、どうして悠然としていられるのか、セリスにはロックの思考が全く理解出来なかった。

「殺すべきか、無意識に迷ったからだよ」

 ただ殺したいだけなら、魔法で殺す筈だという事に今更ながら自分で気付いたセリスは、このグラディウスは元々意味の無い物だったと知る。いや、意味はあったかも知れない。声が出なくなれば、刃で差し違えるしか出来ないのだ。
 自分では気付かなかった迷いを見透かされた事に、下唇を噛んで恥じるとセリスはグラディウスの鞘を左手で持ち、そっと納める。

「俺より、人間らしいよ」

 自分の為に生きてくれと泣いた男が、まるで現世に居る事がおかしな程に希薄な存在に見えた。試したつもりで、試されていたのだろうかと訝しむより、彼が持つ深い闇が自らの過ちそのものに思える方が先だった。
 ロックの大腿骨筋に体重を掛けたまま、セリスは上半身だけを動かしてグラディウスを枕脇に置く。そして、ゆっくりと向き直ると彼女は彼に口付けを落とした。
 唇を重ね合わせたまま、ロックがベッドに背を預けると彼はセリスの胸元が露わになりかけたチューブトップの裾から手を入れて上へ捲りあげた。セリスより一回り大きな手が腰に触れた時、外の空気で冷えた指先がセリスの背筋をぞくりと震わせる。一瞬だけ胸につっかえたチューブトップを胸元より上に押し上げれば、桜色の小さな蕾が震えるようにそそり立っているのが判った。
 脱がせきらないままに、左手を支えに起き上がったロックが下から零さないように手のひらで全体を揉むと、手のひらの冷たさでセリスが身体をびくりと反応させた。右手で揉まれる事にすぐに慣れたと思えば、指先が乳頭と乳首をこねるように刺激する。そしてすぐに反対側の乳首もロックの唇で弄られると、寒さで立ち上がっていた乳首は、更に赤味を帯びて、感度でそそり立っていた。
 舌先で弄ったかと思えば薄い唇で挟み込んで揉まれ、甘く吸われる。

「…ふ…ぁ…」

 堪えていた嬌声が漏れる。役に立たない言葉を捨てた彼女から、漏れる音は月灯りの魔力だろうか。

全て忘れて、
全て狂えば、
どれ程楽になれるのか。

蒼い月は、2つの影をゆっくりひとつに重ね合わせる――。

今の2人に必要が無いのは、互いの過去。

――まるで、
 ワルギルプスの夜。


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執筆者/羽織 柚乃


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