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想い



指先から消して
[火を、世界を、想いを]
…ナルシェ防衛戦前夜…


 宿の窓辺に佇む彼女は、月明かりに照らされて白い肌と金糸の長い髪をこの世の者とは思えなくさせる。アクアマリンの双眸が何を見つめているかなど、彼女に聴いても解らないだろう。表情は空虚と言える程何もない。
 月が映り込む瞳には、月でも紺碧の夜空でもなく、遠い想いを映し出しているのだから。
 ナルシェの夜は、青白い。大気が張り詰めて、乾燥した冷気で背筋を震わす。月明かりの窓の下でそんな彼女を見付けた。青年は居てもたっても居られなくなって、宿に入るとそのまま彼女の部屋を目指した。

(あんな顔させる為に)

 此処に連れて来た訳ではないんだと、そう彼女に教えてやりたかった。ただ、その為だけにドアをノックした。それだけのつもりで、他意は無い。
 返事は、無い。ドアノブを回せば鍵は掛かっておらず、簡単に軋み音を上げて開く。彼女は、夜中の来訪者に気付いていながらも微動だにしないでいた。後ろ手に彼は扉の鍵を閉める。
 単純に防犯上のつもりで彼は鍵を掛けた。彼女が帝国将軍という履歴を持つ以上、周囲全てに信用を置けるわけではないからだ。

「セリス」

 呼び掛けて、ようやく夜の天使が僅かに動く。外から帰ってきたばかりの彼が吐く息は白い。彼女に言いたい事は山程あった。だが、返事をしない彼女の気持ちを汲み取る為に冷静になるべきだと、ジャケットを椅子に掛けて煙草を取り出す。

「吸うからな?」

 聞こえている筈の距離で、2人は立ち尽くす。明かりを点けずに立ち尽くす彼女を想い、明かりは灯さなかった。使い古したジッポライターがジャリッと歯車を回し、煙草に火を着ける。

「なんで、鍵掛けてないんだよ」

 今まで起きていたのか、とか、ゆっくり休めなかったのか、とか優しい言葉がロックの頭を掠めては通り過ぎる。上辺の優しさでどうにかなる状態ではないと、2人で旅をしてきて痛い程知ったからこそ、この言葉を選んだ。もっと優しい言葉を選べたらどんなに良かっただろう。
 だが、ロックの優しくないその言葉はセリスの心を動かした。少しだけ振り向いた彼女を見れば、月明かりでセリスの頬が反射している。

「…抵抗はする。だが、殺されても、仕方がない立場だ」
「なんだよ、…それ」
「生きる、目的がない」

――じゃあ、なんだよ、其れは。

 全てを棄てた瞳から零れ落ちたその涙を見て、自分と重ね合う。恋人が死んだと聴かされたその日の自分を。世界の色、全てを失った日を。
 言葉より先に、彼はセリスに近付いた。振り上げた手に、殴られると予測したセリスは目を強く閉じる。その後に来たのは、セリスの後頭部に力を込めた指先と、唇に乾いた柔らかな感触。零れ落ちた涙がセリスの口の端に沈み、唇を湿らせた。重ね合わせただけの唇から、煙草の香りが2人の鼻腔を擽る。
 ロックが唇を薄く開くと、吐息を零したセリスの口の端を舌先でなぞる。涙の味が、2人の唇を湿らせた時、気がつけばセリスの双眸に涙を流す男が立ち竦んでいた。

「なぜ、泣くんだ」

 セリスは自分の事を棚に上げて、そう呟いた。胸が軋み音を立てて、罅が入りそうな孤独に、ロックは涙を流した。

「こうしようぜ、」

 他の誰かの為にしか、生きられないと彼女が言うのなら。独善的でいい、それが彼女の生きる力になるならば。他の誰かを見付けるまでの間でも構わない。だから――

―――俺の為に生きてくれ、と。

 近くにあったマグカップに煙草を押し付けて、火を消す。それが合図かのようにもう一度唇を重ねる。唇の隙間を縫って舌先が割り込み、細くした舌が互いの形を確かめるように絡み合った。


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執筆者/羽織 柚乃


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