「6月の花嫁っていいよねー」 うっとりした目でスケッチブックに青い空と自分をモデルにウェディングドレスを書く金髪の少女は、描き上がった絵を蕩ける瞳で見詰めてから、くしゅん、と小さなくしゃみをした。慌ててティナが肩にケープをかけて「大丈夫?」と声を掛ける。 「平気、平気!」 [生姜さん誕生日記念小話] 「リルムが風邪引いたって?」 手元のカードでソリティアをしていたセッツァーがカードをテーブルに置いて、翡翠色の髪を結い上げた少女に振り返る。いつもの黒いコートはコート掛けにかけて、彼は白のシャツに黒のベストというシンプルないでたちだ。 「そうなの、風邪薬はイヤっていうから、何か温かいものでも降りて買えないかしらと思って」 「お子様のワガママには付き合ってらんねーな…ったく」 ガタッと席を立つセッツァーに、ティナが言葉を掛けて止めようとする。だが、彼が黒いコートをコート掛けから取る様を見て、ティナは言葉を重ねるのをやめた。セッツァーの後姿に花弁のような笑顔を浮かべて、ティナはただ「ありがとう」とお礼を言う。 チッと舌打ちするセッツァーが、ティナには微笑ましく見えた。 ティナが氷水を替えようと給湯室から氷の入った桶を持って、リルムの部屋に行こうとするとその部屋からぐずった声でわめき声が聞こえる。扉を開ければ、何のことは無い、心配したストラゴスとベッドに横倒しになったリルムがいつものように言い合っているだけだった。 「やだやだやだ!ジジイの風邪薬は激マズだもん!リルム、それで蕁麻疹でたの忘れてないんだからね!」 「夏前だというのに、薄着で夜っぴいてラクガキなんぞしとるからこうなるんじゃゾイ!」 「うっさいうっさい、うっさい!」 スケッチブックを取り上げるストラゴスに「返せバカ!」と必死にリルムが手を伸ばす。治るまでお預けだとストラゴスが届かないテーブルへ置くと、氷桶を持って入ってきたティナとストラゴスの目が合った。 「お恥ずかしい所をみせたゾイ」 「ティーナー、リルムのスケッチブックー…」 はぁはぁと息も絶え絶えに真っ赤な顔で涙を浮かべるリルムは本当に苦しそうだった。「その前に氷枕変えよう?」とティナが氷桶をもって近付けば、素直に「うん」と頷いて黙るのだった。 氷枕のゴムを止める金具から、ぬるくなった水を桶に出して氷を詰め込む。氷をたっぷりと入れた氷枕は少しゴツゴツと硬かったが、タオルに巻かれて首の後ろにある熱気を簡単に冷やしていった。 騒ぎ疲れたのだろう、リルムが後頭部で氷枕を確認すると、目を閉じて熱い息を吐きながら眠りに就いた。 「すまんゾイ…リルムが、ワガママばかり言いおって」 「いいのよ、ストラゴス。リルムは、水もあんまり飲んでいないの?」 水のデキャンタを見やれば、最初にこの部屋に来た時からあまり減っていないなとティナは感じる。それを言われて、ストラゴスが少し落ち込むように俯いてから、金髪の少女が眠る姿へ視線をずらした。 「あの子の、母親が作るジンジャーティーがないと飲みたくないと言いおってな」 ジンジャーティー、その言葉で紅茶に詳しいのはセリスだと思いついたティナが、「ちょっと待ってて、すぐ用意するわ!」と水の桶を抱えて走り出していく。崩壊後、母親を求める子供達を何人も見てきたティナだからこそ思う。きっと、彼女に風邪薬を飲ませる方法はそれが一番だと。 水桶を給湯室で流そうとした時、偶然にもセリスが給湯室でお湯を沸かしている所に出くわしたティナは、「お願いがあるの!」とセリスの両手を取る。何がなんだか解らないといった様子で、セリスは目を白黒させながら自分の両手を上下に思い切り振り回すティナに何事かを問うた。 「リルムが風邪?」 戦闘班で帰ってきたばかりのセリスは、ティナをなんとか宥めて説明をさせる。母親が作ったジンジャーティーが飲みたいという小さな絵描き魔法使いの願いを叶えてあげたいと、ティナは必死にセリスを説得していた。リルムの母親は既に他界しているのだから、レシピは無い。その事を考えて、試すだけなら出来るけど、とセリスは考えながらも了承した。 セッツァーとエドガーに頼んで買い出してもらったものの中から、生姜とレモンを選んでスライスし始める。野宿で慣れた小刀の手さばきは、綺麗なもので、セリスがあっという間に生姜とレモンをスライスさせていった。 「生姜って、スプーンで皮を剥くと楽なのよ」 モブリズに帰ったら子供達にも飲ませたいわ、とティナが必死にセリスの作るジンジャーティーをメモしていく。スライスした生姜を入れて、セリスは別のケトルで湯を沸かし始めていた。 「ジンジャースライスと一緒にお水を沸かすの」 そして、湧いたところで火を止めたセリスが、茶葉を甑に入れてティーポットへお湯を注いでいく。ミニトングで残った生姜をつまみ、一緒にティーポッドへ入れた。その様子を不思議そうにティナがメモする手を止めてセリスに訊ねる。 「ジンジャーはそのままティーポッドに入れていいの?」 「そうよ、紅茶と一緒に香りがついておいしいんだから。温まるわよ」 そう言って、セリスは蜂蜜をたっぷりとティーポッドへいれ、甘い香りが漂った所でティーポッドカバーを被せた。蒸しあがれば甘いハニージンジャーティーの出来上がりだと、セリスはティーカップを用意する。生姜で苦味が心配だったティナは、蜂蜜をたっぷり入れた事で子供向きにしてくれたのだとようやく理解する。最後にレモンスライスを飲む時に浮かべればいいと教えて貰って、ティナは慌てて小皿を用意した。 「セリス、ありがとう!私、これをリルムに持って行ってみるわ」 「どういたしまして。リルムによろしくね」 病人の部屋に大人数で行く事は避けたいと、セリスはハニージンジャーティーをティナに持たせる。嬉しそうにトレイを抱えたティナは“母親の顔”をしていた。その後姿を見て、「私より大人になっちゃったわね」とセリスはくすりと笑った。 トントン、と扉をノックして開ければ、付きっ切りのストラゴスがうとうとと船を漕いでいる。起こさないようにそっとテーブルへトレイを置くと、リルムがカチャカチャと鳴る食器音に起き出してきた。 「ティナ、ごめん…ね?」 「起こしちゃったかしら?あの、これ。ハニージンジャーティーよ。もし大丈夫だったら、これで薬を飲めたらって…」 「気ぃつかわなくても、平気だって」 ゴホゴホ、と苦しそうに咳き込むリルムは顔を真っ赤にして熱い息を零す。ベッドに近付いて、ティナがリルムの前にハニージンジャーティーを持ってレモンを乗せる。 「いい香り…」 うっとりと目を開けたリルムは、ハニージンジャーティーを見詰めて、サファイアの瞳を少し翳らせた。瞬間的に、ティナが気付く。リルムの母親が作っていたジンジャーティーはこれではないのだ、と。 それでも、リルムはぐっとハニージンジャーティーを飲み干して、「美味しかった、ありがとう!」と元気な笑顔を作って見せた。カップをティナに返して、「少し、眠るね」と壁を向いてリルムが横になる。顔を隠して、彼女は小さく肩を震わせていた。 (これじゃ、ダメだったんだ…) リルムに母親を思い出させた上に、同じものが作れなかったというのは如何に子供心を傷つけてしまったのだろう。普段口悪く元気に振舞ってはいるが、彼女も大人と同じように“遠慮する”事を知っているのだ。これ以上、自分自身が傷つかない為にも。 虚ろな思いで、ティナがティーカップを片付けると、コンコン、と扉を叩く音が聞こえて、背の高い美青年が顔を覗かせた。 「レディーの部屋に、失礼しても大丈夫かな?」 「あ、ごめんなさい、エドガー。今リルムはちょっと…」 「そうかい?大きなパンケーキで一緒にティータイムをと思ったんだがね」 蜂蜜色の長い髪を揺らして、エドガーが軽くウィンクをすると、「パンケーキ?!」とリルムが飛び起きた。さき程まで泣いていたのが判る跡を必死にゴシゴシと両手で擦り、ふらふらの足取りでベッドから降りようとする。それをエドガーは颯爽と止めて、「お姫様の椅子は一番大きいと決まっているんだよ」とテーブルをベッドに近づけた。 「色男、パンケーキ、食べてもいいの?」 「もちろんだよ、ただし、これと一緒にね」 そうして、エドガーが部屋の外に隠しておいたワゴンを部屋へ持ち込んでくる。ティーポッドと三段重ねのアフタヌーン用ケーキトレイに乗った色とりどりのサンドイッチとパンケーキ。紅茶から、ジンジャーの香りがする事に気がついて、ティナが慌ててそれを止めようとした。 「エドガー、リルムはさっきもう紅茶を飲んでしまったから…」 「おっと、その先はこれを見てからだよ、レディ」 ティナの小さく艶がある唇に触れる寸前で人差し指を止めて、ティーポッドから紅茶を注ぎだす。乳白色の紅茶を見て、リルムから「わあ」と感嘆の声が上がった。 ジンジャーの香りがするミルクティー。おおきなバターを乗せて蜂蜜たっぷりのパンケーキ、フルーツを大きくカットしたサンドイッチ。どれもこれも、リルムの好きな。いや、女性だったら好みそうなものばかりだ。 大仰に腕を前にしてお辞儀をするエドガーがリルムに優しく微笑む。 「これを食べたら、この紅茶と一緒に風邪薬を飲んでいただけますか、お姫様?」 「しょーがないなぁ、こんだけ用意してくれたんだから、リルムもいっちょ飲んでやるか!」 そして、リルムは頬を膨らましながら何よりも先に一口、ミルクで出来たハニージンジャーティーを口にする。じわり、と彼女の大きな青い眼に涙が浮かんだ。 「お母さんの、味だ…」 小さく呟いたそれを二人は聞き逃さない。ティナとエドガーが顔を見合わせてティナが微笑むと、エドガーはもう一度ウィンクをしてみせた。 生姜のスライスをたっぷりのミルクで煮込んで、蜂蜜や茶葉と一緒にティーポッドへ。お好みでレモンを浮かべれば、甘くて優しいハニージンジャーミルクティー。これの作り方を何処で習ったのかとティナとリルムが問えば、エドガーは笑って「どこかのお父さんにね」と応える。 リルムはこの風邪が治った後、スケッチブックから自分にウェディングドレスを着せたスケッチだけが、一枚破り取られている事に気付くのだが、犯人は誰にもわからなかった。 - End - ------------------ リルムのスケッチは、多分、報酬に使われたんだと思います。 生姜さん、誕生日おめでとう!! 20110624 柚乃 拝 [FF6ページへ戻る] |