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Breakin' one

 きっかけは、些細な事だった。カイエンと、いつも通りにガウに食事の仕方や風呂の入り方で説教をしていた時の事だったと彼は記憶している。

『マッシュって、本当にお兄さんみたいなのね』

 いつも難しい顔で何かを悩んでる彼女が笑った。少し間を空けて、彼も屈託なく笑った。
 彼女が何を悩んでいるかは誰の目にも明らかだったから、それ以上踏み込むつもりなんてなかった筈なのに。



Mash×Celes リクエスト
Breakin' through





 マッシュこと、マシアス・レネ・フィガロはケフカによって世界が壊されていく様を見続けた。飛空挺ブラックジャックから落ちて、誰よりも先に意識が回復した彼の周囲には、焼け爛れた家屋と逃げ惑う人々だけが映る。キズだらけの体でも、まだこの体には誰かを救うことが出来るはずだ―――そう信じて、魔石から齎された回復魔法を残り僅かな気力で自分にかけると、彼は走り出していた。
 叫ぶ声が聞こえる方へ走れば、家屋の前で放心して座り込む金髪の少女を見つける。セリスと良く似た髪色の少女に、一瞬で彼は全身の血流が遡るような感覚に捉われた。家屋は裁きの光りに焼かれて屋根が崩れ落ちそうだ。薄白金色の長い髪をした後姿に、彼は全力で走った。

「間に合え―――!」

 マッシュの掌に溜めた気力が、熱を持って光の球を形成した。
一度引いた腕を少女の後ろに辿り着いた時に彼女の頭上より更に高く前へ突き出す。崩壊していく屋根をめがけて彼は奥義を放つ。
 少女へ落下してきた屋根の一部を必殺技で破壊すると、問答無用でマッシュは少女を担ぎ上げた。崩壊する家屋に巻き込まれない所で細い体の少女を下ろすと、少女はどうしたらいいのかわからないといった表情でマッシュを見上げた。

「あ、あの…」

 少し怯え混じりの表情をした少女は真正面から見ればあの金糸の女将軍とは似ても似つかない。自分の願望で見間違いを起こした事に気がついて、彼は苦そうに笑いながら少女の頭を撫でる。
 大きな手で少女の頭を撫でると、少女が笑う。そして、家族を見つけたのか走り出すその姿に、似ていないはずのセリスを思い出して胸の奥に閉じ込めた何かが鍵のついた扉を引っ掻く音がした。

(―――別に、誰かのものでも)

「もう一回、笑ってくれねぇかな…」

 呟きは誰にも聞かれることなく、そうして一年が過ぎた。
 世界を放浪するのは山篭りの修行に較べれば大した事もないなと自分を鼓舞して、彼は色んな街へと渡り歩く。
 双子の兄と再会するまでの10年を思えば、まだ大丈夫と彼は笑う。誰か似た人間を見つけてしまえば振り返る、その癖はここ一年でついたものだ。一年も経てば、棲んでいた場所に帰りたくなるかもしれない。そう思ってマッシュは帝国領を訪れていた。
 未だ仲間は一人も見つけられない。もしかしたらガウは獣ヶ原に戻っているかもしれないとも考えたが、世界大陸の変わりように祖国フィガロ城すら見つけられないでいるのだ。

「考えたってどうしようもない、ただそのタイミングじゃなかったってだけだ」

 一人呟いて手を握り締める。この手には魔石から授かった力とダンカン師匠から受け継いだ奥義の力があるのだ。きっと、世界で誰かを助け続ければ同じ気持ちの仲間に合えるはずなんだと信じて彼は歩く。
 空は曇り空、濃色の灰色が空に立ち込めて大地を暗くする。雨でも降るのだろうかと思い、水の匂いを確認しようとマッシュが空を見上げると、空から雷にも似た閃光が走るのを目撃した。寸分変わらぬ瞬間に聞こえる叫び声。そして、彼は走り出す。
 思い出すのは、子供の頃に双子の兄と話した神様の話。宗教は大切だけれど、神なんていないさと語る兄と、それでも神様がいればいいと語った幼い頃の自分。

(この世に神が居るのか、俺は知らない)

 ただ、確かに彼が知っている事は、ケフカが神などではないという事実だけで―――。
 目に飛び込んできたのは燃え上がる家屋。そして家屋の周囲で怯えるように立ち竦む人、人、人。

「……―――!」

 誰かの叫び声がまた鼓膜に突き刺さる。名前を叫んでいたようにも聞き取れたその声に振り向けば、絶望の表情で叫ぶ女性が周囲の男性に取り押さえられている。髪を振り乱して泣き叫ぶ女性は必死に燃える家屋へ手を伸ばし続けている。

「まだ、まだ中に私の子供が、子供がこどもが」
「ダメだ、助けに行ってみろ!それだけでケフカ様に抵抗したと俺たちまで巻き添えになる!」
「いやぁあ、放して離してはなしてえ!」

 それでも涙を流して目を見開いたまま手を伸ばす女性を見て、マッシュは、ギリ、と奥歯を噛み締める。誰も助けに行けないのではない、行かないのだ。そう気付いた時に瞬間的に湧き上がる黒い塊を、彼は精神統一の要領で自分の奥へ飲み下した。
 目を閉じて、開いた時から彼の行動は早かった。うろたえながら水をかけようか迷っていた男からバケツをひったくり、自分に思い切り被せる。自分に防御魔法と熱緩和の為に障壁魔法を唱えて更に自分の潜在能力を高めると、続いて落ちてくる瓦礫を薙ぎ倒して排除した。
 そして、一瞬だけ耳を澄ます。子供の叫び声に一番近い場所を探してから、彼は吼えた。

「うおぉぉおおおおおお!」

 咆哮と共に窓と壁を蹴破って、侵入経路を作る。その瞬間、家屋の一部が崩れ始めた。叫び声がかすれて、女性の叫びはもうただの高音でしかない。侵入経路を塞ぐように崩れ始める家屋壁を思い切り壊して、折れかけた大きな支柱を支えて持ち上げる。それで家屋の完全倒壊は免れ、子供たちのいる場所だけは崩れずに持ちこたえた。

「誰か、今なら子供を助け出せる!」

 マッシュが叫んでも、周囲の男達は怯えた表情、虚ろな目、戸惑いを隠せない仕草に溢れている。支柱の木片がマッシュの肩に突き刺さる。ガコッと外れた煉瓦の欠片がマッシュの顔を掠めて落ちた。
 マッシュのこめかみから流れる血でうっすらと目の端が滲む。掌から侵食する熱量が額から汗を噴出させ、確実に体力を奪い始めていた。

(プロテスも、…シェルも。どれだけ保つかわかんねぇな)

 血でぼやけた左目に、人垣を割って薄い金髪の女性が向かってくるのが判る。腰に差した騎士剣、アクアマリンの双眸、腰まである長いプラチナブロンド。
 その姿に長く思い描いてきた仲間を重ねて、崩れそうになる家屋の支柱をもう一度上へ突き上げた。

(セリスに見えるとか、俺まずいのかな。いやいや、そういうことじゃねえ!)

 剣を携えているなら女性といえども助けに入ってくれる可能性があるという事だ。今作った侵入経路がふさがれては、燃える屋根を全て破壊して空からでも助けに行かねば助けだせないだろう。もう飛空挺ブラックジャックすらどこにあるかわからないのだ。
 隣の家屋から飛び移ろうにも周辺の家屋は既に原型を留めていない。今この侵入経路だけは潰されるわけにいかないのだ。家屋に向かってくる女性に向かって、マッシュは叫んだ。

「中に子供がいるんだ!」

 そうすると、彼女は腰に携えた剣を抜き放つ。見覚えのある所作で、入り口を塞ごうとする木片を彼女は切り上げる。

「任せなさい!」

 彼女は勢い良くそう言って、躊躇いなく家屋へ飛び込んでいく。マッシュの耳に残ったのは、希望の色をした仲間の―――セリスの声だった。
 願ってやまない彼女の声と、暫く後に聞こえてくるセリスに引き連れられた子供の泣き声。血で薄く滲んでいた筈の左目は、いつか自分から湧き上がる涙で滲む。

(ほらな、兄貴。やっぱり神様っているよ)


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執筆者/羽織 柚乃





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