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主従関係 1/きみなき世界閲覧版

――…私だけを、望めばいい

黒髪黒眼の男はそう彼女に囁いた。


―――貴女だけが、私のお仕えする方と決めていたのです

赤髪紅眼の青年はそう少女に告げた。




似て非なる2人が少女の元で出逢う――――。







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主従関係(第一話)






「リズ様、どちらに向かわれるかお決めになられました?」

 いつの間にか勝手に旅について来た朱髪の少女クレシュエが、リゼティエラの顔を下から覗き込むようにして聴いてきた。まだクレシュエのアプローチに慣れないリゼティエラは、顔だけ一歩引いて答える。

「この先の街に私の一族縁の地があるんだが、そこに知り合いが来てないか確認したいんだ」

 クレシュエは少し顔を曇らせて、リゼティエラの手を取った。少し力を込めて握られているのがわかる。
 不思議に思ってリゼティエラがクレシュエを見詰めると、躊躇いながら彼女は顔を上げた。

「…リズ様、申し上げ難いのですが、あの街はもう、魔獣陥落の二次災害で、捜せるようなものは何もありませんわ。行かれても、お捜しの方には会えないと思いますので、行き先を変更された方がよろしいかと…」

「…決めた。なら、尚更行く。私が昔お世話になった方が非常事態で行かないのは、恩知らずというものだろう」

 尚も食い下がるクレシュエに頭を振ると、クレシュエは、ぱっと手を離して真っ正面からリゼティエラを見詰めた。

「リズ様、私は薬師を営んでいると申し上げましたが、闇市に出店する事もある、裏薬師です」

 裏薬師とは、通常では出回る事のない禁制品の薬や、通常では治せない病、通常の医師に掛かることが出来ない犯罪者の治療、呪いの類を専門に扱う魔導師と薬師の知識と力を併せ持った非合法の商売である。
 リゼティエラも知識としては知っていたが、実際に遭遇するのは初めてだった。感情の乏しい顔をクレシュエに向けて、「だから闇の森に一人で採取していたのか」と声に出してしまい、クレシュエが俯いた。
 時折、夜に居なくなるのも、彼女の職業柄を考えれば得心がいく。ディーが驚かない事を目視で確認したリゼティエラは、知らなかったのは自分だけだったのだろう、と自己完結した。

「勿論、私が行うのは治療のみで、呪いを掛ける類の事はしておりません。リズ様に顔向け出来ないような事はしておりませんわ。ただ、闇市で私が得た情報では、…この先の街にある領主様は生きておられます。ですが、襲撃を受けてから、御乱心なされた様子で…」

 顔を伏せるクレシュエを見たリゼティエラは、彼女にそれ以上を言わせてはいけない気がしたが、なんと言っていいか考え倦ねているうちに、クレシュエが顔を上げてしまった。
 ディーはその様子を見ながら腕を組み、リゼティエラの反応を伺っている様子だ。

「街の人間を、エストリア王国の反逆者として、魔女狩りと称した虐殺を始めてしまったのです」

「…魔女狩り」

 リゼティエラは、頭の中でクレシュエが言った言葉を反芻した。思考をまとめて結果がどうであるかを考えようとしてみる。
 だが、どうしても王女であった当時に出逢った優しい領主の印象が抜けず、言葉同士が繋がりを持てないでいた。

「どうやら、朱いお嬢ちゃんの言った事は真実らしい」

「ディー…」

 ずっと黙っているのだろうとリゼティエラが勝手に思っていた黒髪黒眼、痩身にして背の高い男、ディーは不謹慎にも口元を歪めて嘲っていた。
 いつか、リゼティエラが「不謹慎だ」と言った事があるが、「私は先天的にこういう表情だ」と余計笑われた事がある。それ以来、問題のありそうな場面では、ディーの姿を魔法で見えない様にするという事で決着がついていた。
 契約者であるせいか、姿を消されても、リゼティエラはディーの存在自体を感じ取れるようになっていたので、リゼティエラの体感雰囲気はあまり変わらないのだが、気にしないように努めているようだ。今の現状で不謹慎だと八つ当たりも出来ないリゼティエラは、ディーの真意を推し量るために口を閉ざして次の言葉を待った。

「今回のエストリア落城事件に関与しているのは焔の眷属であるこの大陸外の魔獣が確認されている。焔の眷属については知っているか」

「…すまない、大陸外や魔獣の類は、まだ講義を受けていない」

 歯がゆそうに俯くリゼティエラを見て、そこからか、と口元をニヤつかせて自らの顎先を軽く撫でた。
 話は長くなる、とだけ言うと、ディーはリゼティエラに背を向けて突然歩き出した。
 ディーのこのように突然の行動は、今に始まった事ではないが、必要である事が多いために彼女は慣れないながらも慌ててついていく。後ろでリゼティエラについていこうとするクレシュエから、ディーに対する軽い非難が聞こえてきたが、当の本人は微塵も気にした様子はない。

(魔女狩りを始めたということは、少なからずエルマ地方領主は何か知っていて)

―――ディーも、何かを知っていて。

 リゼティエラはそこで思考を止めた。

(ディーは私に隠している事が…私は、ディーを疑っているの、か)

 彼はリゼティエラと契約を交わした[失われし闇を求める書(ロスト・バイブル)]である。契約不履行は彼が契約によってのみ自由に動ける魔法書である以上、存在意義として出来うる訳がない。一瞬でも彼を疑う自分を恥じると、彼はリゼティエラに何か伝えようとしているに違いない、と思考を切り替えた。
 だが、一度生まれた迷いをすぐに捨てられる訳もなく、リゼティエラより随分と背の高い、ディーの後ろ姿を見詰めていた。
 ディーは迷いもなく人波を進んで、雑貨店に入る。不思議に思いながら、革装丁で大きめの手帳とインクが中に装填されたタイプのペンを二本取ってカウンターへ移動した。
 惜しげもなく、黒装束の懐から綺麗な金貨が投げ出される。それを眼にして、クレシュエが慌てた様に制止した。

「こ、これ!千年前の六王国記念通貨じゃありませんの?」

 貨幣価値に疎いリゼティエラでさえも、クレシュエの言葉に目を丸くする。戦争の終結を記念して造られたこの記念通貨は、表がデュフェンド公国アーク公王、裏がリディエーナ公妃を刻んだものだ。2人の成婚を記念して、六王国各代表からのプレゼントだとリゼティエラは歴史学講義で学んだ事を思い出す。
 記念通貨は偽造が難しい魔学の結晶で出来ている為、人気とは裏腹に一年程しか流通していない。傾ければ公妃の髪が揺れ、公王が瞬きをするのだ。
 記念通貨を見たいという好奇心は、リゼティエラの悩んでいた気持ちを嘘のようにかき消した。店員が驚いた顔でクレシュエが手で止めた綺麗な金貨をまじまじと見る。
 誰も手を出せずにカラリと転がって止まった公妃の髪がたおやかに揺れた。これで間違いようはない。

「金貨の貨幣価値は今でも同じ通貨単位だから使えるだろう」

 まるで現在の流通銅貨のような扱いでどうでも良さそうにディーが口にすると、クレシュエが盛大に溜め息を就く。どうやらディーが持っている記念通貨はこれ一枚ではないらしく、手持ちの金貨がこの記念通貨以外持っていないようだと判った。
 店員が惜しそうな顔で指先を伸ばすのを気にも止めずに、クレシュエは記念金貨を取り上げると、自分の財布から銀貨と銅貨で丁度の金額になるように払い直す。

「本物かどうか鑑定は必要ですが、こんな綺麗な保存状態の記念通貨ならば、通常の金貨より価値は何千倍にも膨らむ可能性がありますわ。でも普通に支払ってしまったらただの金貨と同額ですのよ?」

 ディー本人はどうでも良いとでも言いたげな顔で欠伸をしていたが、リゼティエラは少し悩んでから、クレシュエと軽い相談をした。
 結局、記念通貨の鑑定をクレシュエが出しに行き、その間は暫くクレシュエが支払いを仮払いする、という結論で落ち着いたのである。

「ふむ、朱いお嬢ちゃんが仮払いをしないまま金貨を持ち逃げするという選択肢は考えたのか、リズ」

「この黒ずくめは、本っ当に何から何まで失礼ですわね」

(あまり人を信用しすぎるな、とディーは教えてくれたけど、本人の目の前で言うんだからディーも気にしてない…クレシュエを信用してるって事かな)

 思考がまとまると、「その時は私が責任を持つ」とだけ言って後をクレシュエに任せる事にした。

(ディーが選択肢だけを悪戯に増やすのはいつもの事だし)

 ディーはニヤニヤと張り付く様な笑顔を浮かべて「了解」とだけ呟くと、クレシュエに向き直って今晩の宿を先に取ってくれとだけ告げた。

―――『真実も虚偽も、可能性は全て示唆するが、選択するのも、自らの選択に責任を取るのも、全てお前自身だ』

 ディーと出逢って目を覚ました時に言われた言葉がリゼティエラに蘇る。責任を取るなら、信用すると選択したっていい筈だと心で首を振るが、心の片隅に、クレシュエを疑う気持ちを消してはならないと自戒する事にした。

「…ディー、まだ日は高い。宿なら先でも良くはないか」

 リゼティエラの思考を見透かしていたのか、ディーはくっくっと笑うと「今日は講義の日だ」とだけ告げられ、また違う店へと歩き出す。「講義?」とリゼティエラが追いかけて訊ねるがどうもディーの耳には入っていないようだ。
 書籍店で地図を数枚選び、何冊かの書物を購入すると宿を取りに行ったクレシュエと待ち合わせる事にした最初に買い物をした雑貨屋から一番近い料理店へと足を運ぶ事にした。

(クレシュエは逃げたりしない、大丈夫)

 リゼティエラは店に入ってもなお暫く自分に言い聞かせていた。



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執筆者/羽織 柚乃



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