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涙のあと/前編 きみなき世界閲覧版


それが叶うなら、全ていらない、と少女は言った。
黒い影は深く口を歪めて言った。


―――契約を結べ、と。


それが出逢い。




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涙のあと(前編)




 遙かな昔、この大陸は魔王に支配され、闇渦の大陸と呼ばれていた。
そこに神々から遣わされた勇者たちが現れ、これを殲滅する。

彼等は散り散りになり、この大陸で神々の名に準えた神々の名を付けた六王国を建国した。


その後、更に現れた魔王により、この大陸は閉ざされ世界総てが恐怖に脅かされた。
だが、六王国に存在する勇者の子供達は、禁断の13の魔法書と魔剣を手に、平和を齎したのである。


―――これは、そんな世界から1000年後の物語。







 魔物と人間が存在する世界で、少女の居た国は存亡の危機に瀕していた。
 燃え上がる火の手を余所に、少女はドレスの裾を鬱陶しそうに両手で持ち上げながら、大理石の床をひたすらに走る。人の声や足音を耳にする度に、身を隠すように柱で立ち止まり、火の手の上がらない扉に入り、人の目に触れないギリギリで走り続けた。下に降りる階段を見つけては降り、傍目に見れば火の手から逃げているようにしか見えない。
 だが、少女は、迷うことなく建物の奥へ、奥へと進んでいるのだった。

(誰にも見つかってはいけない)

 周囲の全てから身を隠すには、少女のドレスは目立ちすぎるのだが、そんなことは気にも止めていない様子で少女は周囲を伺っていた。

『――…!』

 少女の名を叫ぶ青年の声。
 それは確実に味方である人間の声だったが、少女はそれからも身を隠して居た。

(……すまない)

 彼女はドレスの中に隠して付けている、紅緋色した宝石の首飾りを胸元で握る。今し方、彼女の名を叫んでいた青年――彼女を献身的に護ってきた赤髪の執事が、御守りにと献上したアミュレットを。それは周囲の熱気のせいか掌の中で僅かに熱くなった気がした。
 彼女が目指すは、現国王以外侵入禁止とされる地下牢。

(もし、伝説が本当ならば)

 彼女はお伽噺に聴かされた遥かなる伝承を反芻した。


――伝説に13冊存在した魔法書が、この神聖6大国大陸各王城の地下牢に眠る。
それには膨大な魔力が宿り、一国をも滅ぼす力があるという。
書物に認められる為には、必ず一人で対峙しなければならず、複数で来れば認められた者以外全てが書物の一頁となる。
力有る者が正しく扱えば、世界を導く力となり、
力無き者が扱えば、書物に取り込まれ、
力有る者が力の使い道を誤れば、書物に周辺の大地共々食い荒らされる――。


 彼女は建国1030年の歴史を誇るこのエストリア国が滅ぶ位ならば、禁断の書物に挑戦して国を助けたいと、心からそう願っていた。伝承の中にある13の魔法書を手にすれば、彼女の願いは叶うと信じているのだ。
 この国に在るのは[黒の書]、クロノホンと呼ばれる書物。史実最強の英雄、東の隣国カルディア帝国第一皇女リディエーナが、南の隣国デュフェンド公国に嫁ぐ前の大戦で使用した伝説の書物、と彼女は父から聴かされていた。
 それを手にする為に、大切な執事を犠牲にするわけにはいかないと、混乱に乗じて青年を撒いてきたのである。

(それさえあれば)

 まだ若い彼女には、黒の書さえあればこの魔獣を全て撃退し、また平穏な日常が取り戻せると信じているのだ。世界はそれだけで終わらない事を彼女には上手く理解出来ないが故に。
 彼女が地下牢への隠し扉への通路に差し掛かったその時、壮絶な断末魔がと魔獣の雄叫びが聞こえた。耳を塞ぐ事も出来ず、彼女は立ち竦む。魔獣が新たな獲物を求めて走り去る爪音を聞き終わり、我に返った彼女は、長い金髪と右前髪だけが緋色の髪を揺らして走り寄った。

「――お父様!」

 むせかえる血の匂いに眩暈がしそうになりながら、彼女は弱々しい歩みて遺体の山を歩く。父も国を救う為、地下牢を目指して此処へ来たのだろうと彼女は勝手に結論付けると、声がした筈の父の姿を捜した。
 靴底で血溜まりを踏む度に、雨の中を歩くような液体の音が纏わりつく。

「……お父、様」

 従者たちは呼吸する事なく倒れ込み、ある者は首から上を、ある者は胴体を、両脚を、食いちぎられて、血の海を形成する。その遺体と血の海の中で、父と呼んだその人は既に右腕がなかった。
 少女は白い両手で血の海から父を起こす。既に父は呼吸を止め、帰らぬ人となっている事を確認すると、そっとその場に戻した。

(最後の言葉も聴けなかった)

 昨日までの平穏な日々、厳格な父の声や思い出が彼女に駆け巡る。
 彼女は徐に、千切られて手首だけになって転がる父の右手から握られた剣を、ゆっくり引き剥がした。そこにエストリアの紋章が刻まれている事を確認すると、父の腰にある血液が付いた鞘とベルトを外して、自らのドレスに通す。
 齢15歳とは思えぬ修羅の顔付きに涙を一筋流して、彼女は誓った。

(この剣に誓って)

―――総てに復讐する

 知らず知らずの内に、彼女は声に出して呟いた。
 彼女は父の遺体から鍵らしきものを探り当てると、鍵を左手で握り締め、地下牢の隠し扉を開く。零れ続ける涙を無視して、螺旋階段を無我夢中で走り抜けると、今までの火の手と熱気、渦巻く黒い煙が嘘のように、静かな部屋の扉に辿り着いた。扉を警戒しながら開くと、彼女は目を見開く。
 地下牢というには剰りにも綺麗で広過ぎた室内。地下牢という名前の通りに、格子で出来た壁が室内を区切る。格子の奥には、黒髪黒眼、身体に貼り付くような黒の遠い国の闘士服を着た、線の細い長身の男。
男は椅子の背もたれに身体を預けて、膝に黒い革装丁の本を乗せて両目を伏せていた。
 遠目から見れば、この部屋だけが時を止めたようであり、格子がある事さえ不自然に感じられる。男は死んでいると言われれば信じてしまいそうな程に気配がない。
 まるで、静かに眠っているように、見えた。

(あの男が手に持っているのが、黒の書…か?)

「…誰だ」

 目を伏せたまま男の唇が開く。気配のしない男から発せられた剣呑な声に違和感を感じながら、答えを返さずに彼女は格子で出来た扉の鍵を開けて剣を構えた。
 男が目を開ける。切れ長でつり上がっているのに目尻が軽く下がった――人を見下しだし嘲笑する印象すら受ける――厭らしい目つきで彼女を見た。
 男が口角を上げて、にぃと嘲う表情に、彼女は嫌悪感を覚えた。抜きはなったままの剣を構え、修羅の表情を殺気に変えると、彼女は口を開いた。

「…黒の書を、渡せ」



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執筆者/羽織 柚乃



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