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平志小話集
薔薇色のブルー
「お疲れ様でしたー」

スタジオにスタッフの明るい声が響いた。
ほっと息をついて、自分の着替えがない事に気付いた志保を見透かした様に平次が応えた。

「バックごとベルボーイに部屋に運んで貰たで」
「部屋?」
「この上のな。スイートとまではいかへんけど、ええ感じの部屋やで」
ブライダル関係も扱っているホテルのスタジオなので、衣装のままでも部屋に行けるのだ。

この日の志保は淡いブルーのウェディングドレスを着ていた。
平次もそれに合わせてか、濃紺のタキシード姿だ。
けれど二人の結婚式───な訳ではない。


それは、3ヶ月程前の事だった。
所謂デート中だった二人を、路上で声を掛けた女性が居た。
名刺を見ると、某ブライダル会社の衣装部の主任という事で、曰く、色々なカラーをテーマにしたウェディングドレスのプロデュースをしたいとの事で、ショールームに流すプロモーションビデオの中の『青』を着て欲しいとスカウトを受けたのだ。

あまり目立つ事は好きではない志保は渋い顔をしたのだが、店内オンリーで1組20秒程という事で(それと店内用の小冊子に載る)、結婚を前提に付き合っているカップルであれば着たドレスを貰えるという条件で、補助とはいえ新郎役も実際の彼氏である事から、平次がOKを出した為に、『仕方ないわね』と溜め息をついたのだった。


そんな彼女の為に作られたドレスは、淡いブルーの生地にそれより濃い青薔薇をモチーフにしたレースで濃淡を出している、可愛さと大人っぽさと色っぽさの3つの要素を掛け合わせたものだった。

志保の美しいボディラインを遺憾なく発揮させた、肩を露わにして、伸縮性のある躰にフィットするミニスカートに別布がアンダーバストから曲線を描き、腰から下を豊かなドレープが末広がりに落ちていた。
肩紐のない乳房を覆う山型のカップの上を、例のレースが飾っていて胸の谷間が見える色っぽいデザインで、ミニスカートギリギリまでのタイツにはやはり上部分が青薔薇のレースで縁取られている。
脚を綺麗に見せるハイヒールの横にも青薔薇と銀の飾りが付いていた。

バックスタイルはV字を曲線にした形の大胆なラインで背中を見せていて、縁取りのVの谷の部分にやはり青薔薇の飾りが1つ付いている。
後ろ姿はロングドレスそのものだ。

髪型はアップで、大き過ぎない青い薔薇のイヤリングを着けて。

頭の左側に青薔薇のコサージュを付けた半透明のベールを被っていて、同じ素材の半透明の薄布で上腕部の半分位から手首までの袖を通し、更にはチョーカー風の青い布地に同様の薄布をふんわりギャザーにしたものが下に付けられて、それらが可愛らしさと色気を付け加えていた。


メイクさんがチラリと、デザイナーがマーメイドにするかどちらかでかなり悩んだらしいと言っていた。
「これだけ綺麗な女性なら、どちらでも似合うわね」と笑っていたけれど。

平次が彼女のドレス姿を見た時に、思わず絶句して固まってしまった。
元々綺麗だから更に綺麗になるのは予想していたが、それを上回ったのだ。

「何?」と聞き返され、平次はガラにもなく赤面してしまった。
そんな彼女をエスコートするのが男として誇らしかったのは、言うまでもなかろう。



「相変わらず強引ね…」
呆れた様な口調だが、嫌がってる訳ではない。
平次は笑みを浮かべた。

「ホンマの結婚式は、女の夢とか色々あんのやろ?せやから今日は男のロマンを叶えたってやv」

その為に、ドレス以外の小物───着けているアクセサリーや靴などをそのまま買い取ったのだ。
苦笑する志保の手を引いてホテルの部屋に向かう時、二人を見掛けた人達の目を釘付けにしたけれど、当人達はそ知らぬ素振りで消えていった。


部屋に到着するとカードキーで開けて中に入り、オートロックで扉が閉まった。
カーテンの開いている大きな窓から高層からの夜景が見える。
照明を明る過ぎない程度に落として窓に近付き、平次は志保の手を握って、外を見ながら言った。

「なぁ…オレ、ガチやで?」
「何が?」
「卒業したら、オレの嫁さんになってや?まだおまえからの答え聞いてへん」

志保は俯いて頬を染めた。
嫌ではない。
平次と一緒に居たい。

だけど、結婚して妻になるという事が、何となく実感が湧かないだけなのだ。
普通の幸せなんて、縁がないとずっと思っていたから。

かつて黒い世界から抜け出して、銀の月の様な男に惹かれた。
叶わぬ想いと知っていたけれど。

そんな自分を引っ張り上げた、太陽みたいな男。
いつの間にか染められて、その暖かさが心地好くて、身も心もすっかり奪われてしまった。


志保は繋いだ手を握り返した。

「────その時…まだ私を望んでくれてたら、もう一度言って…その時に返事するわ」

微妙な答えに、平次は一度志保を見つめてから言った。
「それは、期待してええん?」

好き、と言ってくれたのに、この待ちの意味を平次は考えた。

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あきゅろす。
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