平志小話集
A Happy Way(3)
中華系ファミレスも考えたが、目立たないが味は良い、小さなラーメン屋に入った。
蕎麦、うどんはどうしても関西とは味が違う所為だろう、彼にその選択はなかった様だ。
小さなラーメン屋で、ビールと枝豆と冷奴に冷し中華。
自分一人だったら来ないであろう洒落っ気のない風景は、逆に生まれ変わった気がして面映ゆい。
平次にはまた、庶民的な風景が似合うのだ。
正装の場でも決して見劣りはしないけれど。
食事しながらも、彼の話に時々笑わせられる。
そんな事も確かに幸せな風景なのだろう。
店を出る頃にはすっかり暗くなっていた。
「予定変わってもーたけど、映画のナイトショーでも行こか?科学者が主役のミステリー」
「そーねぇ………あ!」
「何や?」
何かに気付いたみたいな志保に問い返せば、彼女は平次の腕に手を触れた。
「ごめんなさい、ちょっと思い付いて……研究の続きがしたいの、日を改めさせて」
平次が目を見張ると、志保はタクシーに手を上げた。
平次は仕方なく溜め息をついた。
自分だって事件で予定が変わる事が珍しくはないのだから、お互い様だ。
「週末なのにごめんなさい、ケリが付いたら連絡するから」
そう言って、送ると言う平次にタクシーだから大丈夫と帰ってしまったのだ。
車を見送って、はーっと大きな溜め息をついた平次は、小さくボヤいた。
「あっさりクールやなぁ…」
恋人としてはかなり事務的な去り際にそんな風に言えど、この先長い付き合いなのだし、互いの仕事ですれ違う事も有り得る。
自分ばかり都合の良い我儘は言えない。
それでも、と平次は思い返した。
先刻の店での志保の笑顔を思い出して、平次の顔が緩んだ。
以前と比べて、笑ってくれる様になった彼女。
彼女が笑ってくれるなら、命すら張っても良いと思える。
自分の側で笑顔になって欲しい、そしてそんな彼女を絶対に守ってみせると、新たに心に誓うのだった。
そして、一旦街を見回し、平次はスマホを取り出し、電話を掛ける。
「あ、オレ。今時間あるか?呑みに行かへん?」
それは了承されたらしく、場所を伝えて待ち合わせをした。
現れた親友、工藤新一と、たまに行くバーでつまみを取って、酒を呑む。
今日出くわした事件の話をして、新一の方の事件や、最近の犯罪傾向だの推理小説の話をしたりした。
「そーいや宮野は?」
「研究するゆーてフラれてん」
「そんでオレかよ…」
苦笑する新一に、平次は返した。
「別に代用ちゃうで?おまえと今日の事件の事とか話したかってん」
「…解ってるよ、一応親友だしな?」
「一応って酷いやんか、くど〜!大親友やん、めっちゃ大事やで!」
「はいはい」
熱弁する平次に新一はさらっと流して、話を変えた。
親友との時間は、志保と居る時間とはまた別個の大切な時間だ。
結局夜中までゆっくり呑みながら話し込み───話がメインなので、深酒ではない───タクシーに相乗りして、それぞれの家に帰った。
湯舟には入らず、シャワーを浴びて躰を洗い、そのままベッドに入って平次は寝てしまった。
今は剣道の稽古は平日のみにしている。
翌朝は日曜なので、少し遅くまで寝こけていれば、誰かがそっと部屋に入ってきた。
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