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平志小話集
More Sweet
地下の通路を歩いていた平次は、微かに漂う甘い匂いにふと立ち止まった。
その店を見れば、バレンタインコーナーが入り口の所に設えてあった。
明日はいよいよ14日というその日、それなりに女性客が商品を選んでいる様だ。

冬でも地黒の関西人、イケメンで明るくやさしいとなれば、人気があるのも当然で、バレンタインに貰うチョコの数も相応なものだ。
だが、今の彼にとってはそんな事はどうでも良い。
問題は、本命の彼女は何かをくれるのだろうかという事。

物は何でも良いのだ、バレンタインというその日に自分が特別だと想ってくれる心の表現が欲しいのだ。


彼女がまだ小学生の姿だった頃、工藤情報によれば、歩美に付き合ってチョコ作りを一緒にした事はあるものの、博士に味を見て貰った他には、彼女は誰にもあげなかったと言う。
当時好きだった工藤新一(江戸川コナンと名乗ってはいたが)にはあげられなかったのだろう、作ったチョコを処分したのか自分で食べたのかは判らないが、何だかちょっと哀しい。


工藤新一───彼は平次の大親友であり、かけがえのない男だ。
彼の為なら平次は命だって賭けるだろう。
一緒に行動する事も多かった彼女が彼に惚れてしまうのも仕方ないと思えてしまうのだ。

だが志保も平次にとっては惚れた女で、結婚すらも望んでいる。
志保は同情や半端な気持ちでプロポーズを受けてくれる様な軽い女ではない。
だから今は自分が彼女の本命なのだという自信はある。

けれど、バレンタインにチョコをくれるかと言えば、そういうタイプかは微妙なトコロだ。
最近は少しずつ甘えてくれる様にはなったものの、平次から見ればささやかなもので。
彼女のキャラと言ってしまえばそれまでで、仮に『お菓子業界の戦略に乗ってやる義理はないわね』なんて言われてしまっても仕方ないかなとも思う。
少し残念な気持ちにはなるだろうけれども。

そうして平次は首を横に振った。
何だかこんな事で悩むなんて自分らしくない。
これも恋の作用と言うものだろうか。

そう思って苦笑した時、不意に目に止まった物があった。
彼は現在女性客しか居ない店内に一度は躊躇したものの、思い切って中に入って行った。



そんなこんなの翌日、心をスッキリさせる為も兼ねて、自分の部屋を掃除した。
シーツ等の大物も洗濯して、冬でもあるので乾燥機に放り込んだ。

そして平日でもあるし、大学に行けば案の定、大きめの紙袋2つ分もチョコを貰って帰る事になった。

(返せへんゆーてもこんだけくれるんやから……悪い気はせぇへんのやけどな…)

平次はキッチンの端っこにそれを並べて置いて、時計を見た。
今日は志保が夕食を作りに来てくれる事になっている。
その為に昨日はワインを見繕ってきたのだ。

そこで平次はふと気が付いた。

(…あ、そぉか……オレってアホやん…)

バレンタインというこの日、わざわざ志保がそうして来てくれるのだ、それだけで充分ではないか。
何もチョコを贈る事だけが表現じゃない。

ダイニングのテーブルにクロスを引いて、志保の為に買った小さなアレンジメントフラワーを置いた。
準備を整えた後、本でも読もうかなと思った時に、玄関チャイムが鳴った。

扉を開ければ、買い物袋を持った待ち人が立っている。
「寒かったやろ、早よ入り」
その袋を受け取ってやり、平次は彼女を中に入れた。

彼女がコートを脱ぐと、シンプルなココア色のニットワンピースを着て、腰にアクセサリーベルトを掛けてローズブラウンの厚地のタイツを履いている。
胸元は半月のカットで、細いプラチナのチェーンに月と星の小さくてさり気ないネックレスを着けていた。

華美ではなく、しっかりとお洒落をしてきた志保に、平次は見惚れる。

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