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パラレル物
紅色トライアングル(ラスト)
目覚めた時に目にしたのは、見知らぬ天井。
驚いて、確かめるみたいに瞬きした志保に、男の声が掛かった。

「いかがでしたか?」
「────え?!」

見ると、Yシャツネクタイの上に白衣を着た男が一人、志保は躰を起こして頭に手を触れ、記憶を辿った。


「望みの夢が見られましたか?」
「望み…ですって?」

自分の意識だけで、あんなディープな所まで想像出来た訳はない。
思い出して真っ赤になるのを理性で切り替え様としたのだが、躰はしっかり反応していたらしく、下着がかなり濡れているのに気付いてカーッと火照った。

男が居るので見て確かめる訳にはいかないが、悪戯をされた形跡はない様で、そこだけはホッとする。
脚をぴったりと閉じて、志保は男を睨んだ。

「脳は殆どが通常では使われていません。少し引き出してやるだけで、例えば他者と交信出来ているかの様な事も起こるのです」

淡々と説明する男に、志保も冷静さが戻ってくる。


先日届いた封書に、科学者としての意見が聞きたいと誘いがあって、話を聞く為にやってきたのだった。
ただ、話の途中で意識がなくなった。
飲み物に何か入っていたのかと想像して、そんな人間の言葉を迂闊に信じられる訳がない。

「被験者の許可なく実験するのは違法だわ」

すると、男は微笑んで、一枚の紙を見せた。
「今日の実験に関しては、ちゃんと誓約書をいただいていますよ?」

実験の了承を書かれた物にサインがされている。
最初から仕組まれていたのだ。

キッと男を睨むと、志保は訊いた。
「こんな物、何に使うつもり?」
すると男はゆっくりと答えた。

「好きな夢を見られたら、幸せだと思いませんか?」

「────何言ってるの?」
志保は直感的に眉を顰めた。
それから直感が理論として繋がっていく。

「そんな物が出回って、もしもプラスに働くとしても、極一部だけだわ。それこそ夢をイメージとして取り込んで、現実に向けて戦っていける様な、余程ポジティブ思考の人だけよ。大概の人は夢に逃げ込んでしまう事になる……人間の心は、そんなに強く出来てる人ばかりじゃないのよ」

だが男はフフフと笑って、逆に訊いてきた。

「貴女は、先程見た夢は、幸せではありませんでしたか?」

ピク、として志保は目を見開いた。

「心の奥に眠っていた本心、認めたらいかがです?」

声が割れていく様な感じがして志保は目を細めたが、次の瞬間、男の姿は消えていた。
「?!」

テーブルに先程の誓約書が残されたままで、それを手に取ると、彼女はそれを破いた。
それから走り出ると、人影がまるでなくなっている。
何となくゾッとして、志保はその建物から駆け出した。

来た時は昼間だったのに、もう夜になっていた。
空には月が、見慣れた白い色だった。

不意に振り返ると、建物の雰囲気が何となく違うのだ。
志保は持っていたスマホを取り出して調べていくと、人物も研究所も、何もヒットしなくなっていた。

(まさか…!)

もう一度戻って建物を見てみると、来た時にあった『芦田野脳科学研究所』というパネルが何処にもないのだ。
代わりに不動産屋のパネルが付いていた。

中を覗くと完全に物件としての空き家になっている。
志保は暫く立ちすくんだ。

科学者として、オカルティックな事は認められない。
元々空き物件を使ったトリックとして考える余地はある。
けれども何の為に?

そこまで大掛かりに自分を騙す意味など何処にあると言うのか。
自分はドッキリを仕掛けられる様な芸能人でもない。

これは隣の名探偵に相談してみた方が良いだろうか?
そう考えて、彼女はさっきの男の言葉を思い出した。


────心の奥に眠っていた本心、認めたらいかがです?


そうして志保は思う。
(バカね……認めたところで無意味なのよ。あの二人が……独占欲たっぷりのラブラブ夫夫が!あんなコトする訳ないじゃない…!)

確かに何かの時に、『あー、もー、やっぱりねーちゃん好きやわー』なんて、笑って言われた事はある。
けどそれは全く種類の違う好きだろうと思う。
片割れの方は別の意味で鈍ちんときていて、自分の事だと女の気持ちなんて気付きもしないのだ。

そう考えていたら、志保は何だかムッとしてきて、カツカツと靴音を響かせ、家路へと戻った。



結局、その後あの男の存在は全く見つけられず、腑に落ちないまま志保は、隣の二人を揶揄って発散させる事にしたらしい。

とばっちりの二人だが、彼女に揶揄われるのはいつもの事と、大して気にもしてない様子で(しかも結果的には二人にノロケられている)取り敢えず日常の平穏は戻ったのであった。




───────THE END

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