鳳凰戦華伝
参
しばらく進み街道に出た辺りで、顔色を伺うように月下が聞いた。
「寂しい?」
「何がだ?」
いきなり問われたことに、前を進む花椿は振り返らずに答え、淡々と歩を進ませた。
既に馬も大人しさを取り戻している。
「だから、村を出て寂しい?」
「……寂しくないと言えば、嘘になる」
聞いたのは自分だが、月下は驚いたようだった。
決意は固く、性格上頑固な花椿が未練を残すとは思いがたかった。
「あそこは、悪夢を見た場所だが、大切な思い出がある場所でもあるからな」
珍しく饒舌だ。
基本的に無口な人なので、自分のことは語りたがらないのだが。と月下はひそかに笑った。
「……お前も、すまなかった」
「……はい?」
言われたことに驚き過ぎて、危うく馬から落ちるところだった。
落馬なんて冗談じゃない。
「私がお前を巻き込まなければ、お前は平穏に生きていただろう。すまない、と思っている」
謝られたのだ。
尊大なこの人に。
またも月下は馬から落ちそうになった。
さすがにそんな気配を読み取ったのか、花椿はす、と瞳をすがめて月下を睨む。
それを見てとった月下は、咄嗟に言葉を紡いだ。
「貴方が謝る必要はないわ。私が着いて行きたくて着いて行ったんだもの。だから、気にしないで」
謝ることが少ない人に謝られるとなかなかに、むず痒い気持ちになる。
たまらず、月下は喋りながらも笑みを溢した。
馬を止めてこちらを伺っていた花椿も、虚をつかれたような表情から、ふっと笑顔になる。
「……ありがとう。私に着いて来てくれて」
同時に呟かれた感謝の言葉には、熱い思いが込み上げてくる。
笑顔にならずにはいられなかった。
終わりは全ての始まり。
だが、始まりは終わりがあってこそ。
あの懐かしき日々には、もう戻れないが、今の日々をどう歩むか。
それが、新たな始まりを生むきっかけとなる。
柔らかな日差しが降り注ぐ中、二人の女は歩き続ける。
気高き鳳凰の魂が、あの空に輝く、その時まで。
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