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鳳凰戦華伝





「凄まじい熱気ね……」

月下は石畳の上を歩く途中、さりげなく呟いた。

屋敷に足を踏み入れてみると、それは屋敷と言うよりも一つの町のようだった。
その賑やかさも、町の中にいるような感覚だ。

わりかし賑やかな事が好きな月下でさえこうなのだから、喧騒嫌いな椿の様子なんて言うまでもない。

物珍しそうに辺りを見回す美和と、当然だが慣れた様子の颯雲以下組員は、掛けられる声に威勢よく答えていた訳だが。

掛けられる声は、

「頭領!お帰んなさい!」
「収穫はどんな感じですか?」
「頭領、後ろの美人紹介して下さい!」

等々。


男臭い活気があるのは勿論だが、驚いたのは遊女と言った女性の姿がちらほらと見えることだ。
当然、頭領である颯雲やその他の組員にも妖艶な流し目を送っていたのだが、後に続く三人の女に気づくと、仲間内で訝しがるように顔を見合わせていた。





そうして、屋敷内ほぼ全ての視線を独り占めしながら向かったのは、一際豪華な一室だった。


「なんか、異様に目立ってなかった?」

部屋に入って、一息吐いて。
流れるように出てきたのはこの言葉だった。

こういった場面でまず発言するのは月下なのだが、それには大概返答がない。
が、今回ばかりはそんな事もなかった。

「……全くだ」

一番返答しない椿が、ぼそりと同意を示す。

この場に来てから、ほぼ口を開いていなかった彼女は、不機嫌そうに秀麗な眉を寄せ、立っているだけで多大な存在感を放った。

「ちょい、大将。こっち来てください」

そんな女性を放って、組の幹部である苑は、颯雲とその他の同僚、つまり幹部を数人自分のまわりに集めた。


「もうどうしようもなく、怖いんすけど。あの姫さん。こっちにも色々事情がありますし、適当に用事済まさせて帰らせましょうよ」

気づかれないように声を潜めて、同僚と上司に言った。
苑と言う男は実は頭が切れる奴で、仲間内では参謀役も勤めた。

「俺も苑に賛成しますよ。何があったか知りませんけど、なるべく早く帰さないと、あの姉さん達、うちの荒くれ共に殺られますよ?最近、でかい戦も無くて、気ぃ立ってる奴も多いんすから」

苑の隣にいた、三十前後の男が同じように颯雲へと囁く。
ちなみに彼は、今回の一件で颯雲と共に行動していた訳ではないので、驚異的な彼女達の強さを知らない。
本音を言えば、何故、苑や戻ってきた組員が、姫さんやら姐さんやらの呼び名を彼女達に使っているのか、かなり不思議に思っている。


「多分それは大丈夫だ」

なぜか颯雲と苑が即座に否定したため、他幹部たちの間にさらに不思議な疑問が生まれてしまった。

「ともかく、苑やてめぇらの言うことも一理ある。長居させんのめあれだし、奴らの話聞いてとっとと帰すか」

颯雲が言えば、集まっていた彼らはそれとなく離れていった。
そのさりげなさと言ったら。


興味本意で歩き回っていた女三人は、敏感に男達の会談が終わった事を察知し、こちらもまたそれとなく戻ってきた。
そしてこれまた、そのさりげなさと言ったら。

彼等は隠密行動でも得意としているのだろうか。
甚だ疑問である。



「で、てめぇらは一体何の用で着いてきたんだ。来るなら来いと言ったのは俺の方だが、それなりの理由があるはずだろ」

上座らしき場所に腰を降ろした颯雲が、いかにもな威厳を放った。

そこには、ある種の苦労人であった彼は居らず、荒くれ者の集まりである幻黎組を束ねるに相応しい、豪胆かつ狡猾な印象を持っていた。


上座と対峙するように、椿も腰を降ろす。月下、美和も後に続く。

その顔に先程までの不機嫌そうな印象はなく、長い間、戦場に従事していたような表情だった。


「私達があの村にいたのは、貴女方に用があったからです」

口火を切ったのは月下だった。
うっすらと、優美な笑みを浮かべたまま、静かに紡がれた言葉は、何故か人を惹き付ける魅力に満ちている。

「ここではないある村で、突然の火事が起きた」

そのまま月下が語り続けるかと思われたが、すぐに椿が一言落とした。
機嫌悪そうな印象はまるで無いが、真剣な表情の為か、逆に迫力が増している。

「それは、私達が旅を始めて間もない時だったが、放火である事は明らかだった」

あの時から既に、二十日、あるいは一月ほどは経っただろう。

それだけの間、勿論、陽逆に来るまでの間、調べる事をしなかった訳ではない。
人が少ない土地故に、なかなか有力な情報は得られず、このように本人達に直接聞いているのだが。

「火を放った男は、『あの場所を追われた』と言っていた。そいつは役人の男だったが、私や月下が火事を収束させたからな。私のせいだとも言われたが」
そう言うと、さも面倒そうにきっちりと正座に座っていた足を崩した。

淡々と説明を続ける彼女だが、美和は勿論の事、月下でさえ始めて聞いたびっくりな事情さえあった。

「“あの場所”とは何なのか。そこで、ある情報屋に聞いた所、お前達の話を耳にした」

勿論、情報屋と言うのは優真と名乗った副業火消し屋の男だ。

崩した膝を、短い着物であるにも関わらず、胡座の形にすると、数人の男が気まずそうに目を逸らす。
ちなみにその反応にいち早く気付いた月下は、椿の頭を軽く叩いて足を直させた。


「私達がこの陽逆の地にいるのは、お前達に聞かなければならない事があるからだ」

ちょっと機嫌が悪くなった彼女は、幾分人間味を帯びて見えた。無表情でいたりすれば、生来の整った顔立ちのせいで、どこか造り物めいた印象があるものである。

「で、その聞かなきゃならねぇ事ってのは?」

上座に胡座を掻いた状態で、颯雲も同じように真剣に聞き返した。
無論、そこには貫禄があり、幻黎組員がついていくのも頷ける。

「……この幻黎組にいる役人の名前を教えて欲しい。中には不正行為を行っている馬鹿野郎もいる筈だ。そんな馬鹿野郎には制裁を下してやろうと思ってな」

貫禄返しとも言えるような、なんとも面白い光景が広がった。


「……確かにこの地方の役人はだいたいうちに所属してる。私欲なり命令なり、理由は多々あるけどな。あんたの言うとおり、頭領に仇なすような行動を取る輩もいるが、自分の事は自分で始末をつける。それが俺たちの考えだ」

颯雲の代わりに答えた苑の言葉には、暗に拒絶が含まれていた。

答えを聞いた椿の表情にも険しさが現れる。
後ろで正座をしていた月下も、その様子を見て肩を竦めて苦笑した。
美和はオロオロとだいぶ困り顔だ。

「なるほど。まぁ、ある程度予想はしていたが」

険しい顔をしている割には、その口調は穏やかだ。
どうやらいきなり喧嘩なり戦闘なりをおっ初めようと言う訳でもないようだ。

「まあ、代わりと言っちゃなんだが、あんたたちを狙ったって言う役人達の情報は流してやるよ」

苑はそれまでの険しい顔つきを緩め、生来の優男風の表情を現した。

無論、少々危なげな雰囲気にハラハラしていた当人以外も、ほっと胸を撫で下ろした。

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あきゅろす。
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