鳳凰戦華伝
参
その戦いに決着が着いたのは、昼の時間を大きく過ぎた頃だった。
とても満足そうな笑顔を浮かべる月下は、もはや人間ではないのではなかろうかと、椿は思う。
椿の言う通り、食糧争奪戦は月下の勝利に終わっていた。
彼女と行動を共にするのが初めてな人物は、目を見開いている。
平然としているのは、椿ぐらいだ。
驚いている美和が、ふらふらと彼女の近くまで歩いて来て、その側にぺたりと座り込んだ。
「どうした?」
怪訝に思った椿は瞳を開いて、横目に美和の様子を窺った。
彼女はしきりに瞬きを繰り返し、満足感満載の月下を眺めている。
「いえ。ただ、あの、えーっと」
煮え切らない表情と言うか、どうにも困ったような表情を浮かべる美和は、少しずつ言葉を繋いでいった。
最初はぎこちなかったそれも、形を取り戻せば簡単に文章となった。
「先日、孤児院にお二人が泊まられた時、あのぐらいのご飯じゃ足りなかったのかな、と思って」
それを聞いた椿は、ひとつ苦笑を溢し、「気にするな」と彼女の頭に手を置いた。
彼女曰く、無意識の行動だったらしいが、そうされた美和の方は驚愕である。
「あいつも、他人の家に上がる時はそんなに食べない。だから気にするな」
行動に驚かされたものの、どうやら本当の事らしい。
悩んでいても仕方ないと、自分の中でうまく決着を着けた美和は、椿に向けて笑った。
「さて、腹拵えもしたし。そろそろ出発しましょうか」
椿と美和の会話が丁度、終わったところで、月下は勢いよく立ち上がった。
周りで屍と化している男達を容赦なく蹴り飛ばしながら、ずかずかと愛馬のもとへ向かっている。
「いや、出発すんのは構わねぇが。当面の問題も片付いてねぇだろ」
すでに走る気満々の月下に、颯雲が待ったをかけた。
彼も月下との争いに参戦していた一人だが、見た目程食べないらしく、そう経たないうちに離脱していた。
「あぁ、そうね。でも、大丈夫よ。なんとかなるわ。人間、やろうと思えば何だって出来るわ」
「無茶苦茶だな。おい」
「あらやだ。それほどでも」
「褒めてねぇよ」
ふてぶてしさを開花させた月下は、颯雲とテンポ良く会話を繰り返した。
それに着いていく颯雲もなかなかのものだが、それを我関せずでいる椿や他の男たちもなかなかのものである。
「と、冗談はここまでにして。……椿ー!一発、ぶっ放ちますかー」
月下は、おもむろに懐へ手を突っ込むと、細長い筒を取り出す。
そして、何をするかと思えば、その筒を椿に向けて勢い良く飛ばした。
「お前、こんなもんまで持ってたのか」
思わず小さな苦笑いを溢す椿は、細長い筒をくるりと掌中で弄んだ。
隣では美和が興味深そうにそれを眺めている。
「何ですか?それ」
「それはねぇ、小型爆弾」
妙に満面の笑みで、月下がいい放ったがその物質名はなんとも物騒なものだ。
筒型のものに発火物を詰め、そこから少し出した紐に火を付けて投げつける、ごく簡単な爆弾だ。
小型爆弾と名をつけたのも、本来の爆弾よりも小さい事と、遥かに小さな爆発力のためそう名付けられたのだが。
果たして、あの巨大な岩をそんな弱い火力の爆弾で壊せるのかと言われると、甚だ疑問である。
「まぁ、見てなさいって」
そんな美和の考えを読み取ったのか、月下は椿が持っていた筒を取り、躊躇いもなく火を付け、あっという間に岩に投げつけた。
岩の下にコロコロと転がったそれは、ジジ……と嫌な音を立てて紐が燃えている。
丁度、紐が全て燃え尽きたとき、全員準備していたかのように一斉に耳を塞いだ。
直後、耳を塞いでいても響く轟音が辺りを揺らす。
後に続いた豪快な砂煙と音で、そこにあった岩が崩れたことを知った。
「な、何入れたんですか……。あの爆弾」
思わずと言った風情で、美和が呟いた。
絶句した表情を窺うと、相当驚いているらしい。
「ん〜と、元々の火薬の材料に、後は極秘経路で入手したあれやこれやを……」
「もういいです……」
彼女の口からぽんぽん飛び出てくる、一般国民では決して手に入らないような物質を聞いて、美和はあからさまに嘆息した。
ともあれ、無事に岩は崩れ、細いながらもしっかりとした道がそこに出来ている。
月下が投げつけた爆発物の正体も気になるところだったが、もはや一行のリーダーと化している椿がさっさと進んでしまっ為、その場にいた幻黎組員と美和は結局、それに関して明確な情報を得ることは出来なかった。
一刻ほど馬の歩を進ませれば、鬱蒼と生い茂る暗緑の木々の中に、そこにはそぐわない雰囲気の館があった。
門の前には男が二人。
どちらも立派な体格をした、見たところ二十代前半の若者だ。
青さが残る精悍な顔立ちで、若者は突如前に現れた尊大な態度の女を睨み付けた。
「女。何者だ」
向かって右手にいた若者が口火を切った。いかにも頑固なその声色に、椿は知らずに口元を緩ませる。
「何が可笑しい!」
左手の若者がもう一人に変わって椿に怒鳴る。
が、何が可笑しいのか、本気で腹を抱えて笑い出しそうな椿はそれには答えなかった。
「あ〜あ、全く椿ったら。この年の男の子は純粋なんだから、そんな笑っちゃ可哀想じゃない」
傍らで控えていた月下が、軽く椿を小突く。
そうは言うが、月下の口元も軽く笑んでいた。
「もういいから、てめぇら下がれ」
大分長い間、喋らずにいた颯雲が先頭にいる女二人の間に割って入った。
そして、頭領たるに相応しい威厳で、若者二人を宥めた。
「俺の客人がすまないな。勘弁してやってくれ」
「と、頭領?!」
「それに、先輩方も……確か、依頼で長く戻らない筈じゃ」
若者二人は突然の頭領の出現に頭が着いていっていない様子だ。
右手な若者が一行の後ろの方にいる幻黎組員を見て絶句しているのも分かる。
颯雲は苦笑を浮かべ、再び言った。
「こいつらは俺の客人だ。色々と世話になったんでな。礼がしたい。門を開けてくれ」
「は、はい!」
左手の若者が、近くにあった取手を掴み、その反対側を右手の若者が掴む。
お互い顔を見合わせてから、空に向かって朗々とした声を高らかに響かせた。
「我らが頭領、颯雲様が戻られた!頭領の命により、今ここに開門す!!」
「開門!」
続いた軋みの音。
それと同時に、森の中とは思えない喧騒が、どっと溢れ返った。
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