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鳳凰戦華伝




こうして、朴玻村の戦いは幕を閉じた。






不要政策により取り壊された家が残るものの、村の大きさもあってか、半分ほどは完全な形で残っていた。


村人達は、さっそく空いている家を使い、生存者の手当てを行った。
女手があった為、これにも大した苦労は無かったようだ。

手当てをされている中には、椿の姿もあった。
彼女は瞼を切っていた為、目に大量の血が流れ込み、暫くは見えにくいだろうと言われていた。

丘から戻ってきていた月下が、それを聞いて安堵に泣き崩れていたのは、記憶に新しい。

現在、椿は既に起き上がり、家の修理を手伝っている。

「椿!ねぇ、無理しないでよ!」

屋根の下から月下が叫んでも、椿はあまり聞いていない。
片手を上げて返事をするぐらいだ。


「花椿さん!次、こっちお願いしていいですか?」

村の男手も動けるものから、修理に回っていた。

村を救ってくれた恩人と言う事もあって、男達は椿に好意的な態度を取る。
それも、神がかった強さを持った椿には、若い男衆だけでなく、年頃の娘までもが赤面するようになってしまった。


ほとんどが戦いに出ていた為、家の修理には苦労する。孤児院の子供も手伝いに回り、大変な騒ぎだ。


一方、開放された村長の家では、女手による一つの戦が始まっている。

「動かないで下さい。刃の破片が刺さってますから、動くと中に入り込みますよ」

手当てをしていた美和も、驚くほどの手際を見せ、村に貢献していた。

血や膿の匂いが混じって、何とも吐き気を誘うものになっているが、日頃から台所で捌いている女性である為、倒れた者は少なかった。

中には、手当てが完全に出来ず、亡くなった者もいる。
そんな時には、幻黎組の男達が手伝いを申し出て、しっかりとした供養をしてくれていた。




そうして、ある程度の収拾が着いたのは、既に日暮れだった。

修理も手当ても完全ではないが、少なくとも混沌とした状況ではなくなった。



「椿」

月下は、一人村の入り口で見張りをしている椿に歩み寄った。

これは完全に椿の思いやりによる行為なのだが、彼女が違うと言うため、そういうことにしておこう。

「……眠らないのか?」

結ばれていない長い黒髪が、全く輝きを失わずに月下の目に止まった。


「眠れなかったの」

「そうか……」

強い風が髪を弄び、体の熱を急速に奪い取ってゆく。

椿も月下も、薄い単に薄い上着を来ているだけで、容姿で言うならひどく頼りない印象を受けた。

月下は、風の冷たさに身震いし、寒くて、家に戻ろうとする。
塵がない空が素晴らしく綺麗で、それさえも忘れてしまったが。

その時、月下の顔に当たる物があった。
取って見ると、椿の羽織だ。

驚いて彼女の方を見ると、やはり羽織っていたものがなくなっていた。

「着てろ。寒いんだろう?」

椿はそう言うが、見る限りその格好はかなり寒そうだ。
しかし、月下と違い全く震える事がなく、恐らく本気で寒くはないのだろう。

(本当にこの人、人間かしら?)

少し失礼な事を考えたものの、その心遣いは純粋に嬉しかった。

「ありがとう」

月下はにこやかに礼を言うと、いそいそと羽織を着始める。

その様子を、振り返らずに窺っていた椿は、月下がほっと息を吐いたのを感じて、静かに微笑んだ。


「私も一緒に見張りやるわ」

「寝てろよ。起きられないぞ?」

「大丈夫よ。貴方より朝、強いから」

多少男らしいしゃべり方をする椿の事を、月下は心の中で笑っている。

穏やかな時間は、静かに過ぎていった。







一方、孤児院で子供達を寝かし付け、その柔らかな髪を撫でていた美和は、月明かりに眼を細めた。



私は、子供達が危険になったとき、何もしてあげられなかった。
子供達の保護者を名乗っておきながら、なんて様かしら。
頭が良いと持て囃されて、それを役立てられた事なんてないじゃない。


昨日だって、助けてくれた花椿さんに何も出来てない。
その上、今日は月下さんに迷惑を掛けてしまった。



私は、何も出来ていないじゃない。















やがて夜が明け、過疎な村だったとは思えないほど、朝は活気付いていた。


「この村の住人は、朴玻村を愛しているらしいな」

椿は、村人の活気付いた様子を見て、月下ともう一人、幻黎組頭領の颯雲にその言葉を掛けた。

「そうみたいね。愛しているから、離村した人も少ないみたい」

まともな作物も取れないこの土地にここまで人がいると言うのも、そんな理由があるのだろう。
故郷を愛するが故に、この場を捨てることなど、出来ないのだろう。



椿と月下は、これから出発するところだった。
本当は、村がある程度復興するまで居ようとしたのだが、椿や月下の事情を知った村人がそれを許さなかったのだ。
この村は、自分達が自分達の手で復興させる、と意気込んで。


それに伴い、颯雲も村を出て本拠地に戻ろうとしている。
幻黎組頭領として、美和の税徴収の依頼を受けたらしいが、椿の強さに興奮を隠せず、その依頼をまんまと無視したらしい。


村を助けるのに協力して、村人の信頼回復をしたは良いが、椿には辛辣な言葉を浴びせられた。

「全く、幻黎組の頭領ならそうと早く言え。馬鹿者」

「いや、別に隠してた訳じゃねぇんだけど」

似合わずたじたじになる颯雲を見て、引き連れていた仲間も椿にある種の尊敬を抱くようになる。



ともかく、こうして女二人と男沢山は朴玻村を後にしようとしたのだが。


「花椿さん!!月下さん!!」

馬に跨がり、さぁ行こうと言うところで、二人に声が掛かった。

振り返って見てみると、そこに居たのは美和と孤児院の子供達。

ひとまず馬を降り、別れの挨拶のため、馬は子供達の下へ向かわせる。


子供達が馬と戯れている間、椿と月下は美和と向き合った。

その瞳には、なんとも言い難い決意が含まれている。


「村を出るのでしょう?」

「あぁ」

「なら、私も連れて行って下さい」

月下は爆弾を投下された気分になった。
椿も少なからず、驚いているようだ。

「あの、美和さん?どうしたの?急に」

「私、村を襲われて、子供達を危険に晒してしまったと言うのに、助けてあげられなかった。その上、月下さんにも、迷惑を掛けてしまった。椿さんも月下さんも村の皆でさえ、必死で戦っていたって言うのに、私は何も出来ていなかった。……私は、助けられてばっかりで」

椿と月下は黙ってそれを聞いていた。
空気を感じ取った子供達も、お互いに眼を見合わせて、ただ美和の話を聞いている。


「このままじゃ、いけないと思ったんです。こんなんじゃ、子供達の保護者を名乗る資格なんてない。何も出来ない私が、子供達を守る資格なんてない」

そこで始めて、椿の表情が動いた。

「だから、私達の旅に着いてくると?」

「えぇ。……私は、自分を変えたい。いいえ、変えなくてはならない。せめて、子供達を守れるくらいまで。弱い私じゃ、駄目なんです」


椿の表情は複雑だった。
咎めるような、悲しむような。
読み取る事の出来ない表情が、美和の視界に揺れた。
「お願いします!絶対に足手纏いにはなりません!役に立てるように頑張りますから、どうか!」

勢いよく頭を下げた美和を見て、月下は肩を竦めた。
その顔には苦笑いが浮かんでいる。

「これは、何言っても無理そうよ?椿?」

「らしいな。出来れば、巻き込みたくはなかったんだが」

釣られて椿も苦笑いを浮かべた。
やれやれと言った風情で肩を竦める。


「それじゃあ!」

返答を聞いた美和の顔がぱっと輝く。
喜ぶのは良いが、残念ながら問題は山積みだ。

「貴方の決意は分かったわ。椿が言うことに、私は反対しない。貴方が着いてきたいと言うのなら、それもまた楽しくなるから嬉しいわ。でも、子供達はどうするの?」
月下は、後ろの子供に眼を向けた。
美和の行動に戸惑っている様子だ。

「それは……」

勢いよく言った割には、どうやらその辺は考えていなかったらしい。
月下は再び苦笑いを溢した。

「子供達の事と、それから馬も必要よ。ついでに言えば、私はともかく椿が駆ける速さと言ったら、それはもう尋常じゃないわよ」

「お前は私を何だと思ってる」

最後の言葉に抗議をした椿を何気なく無視し、さらに月下は言葉を続けた。

「それに、旅はそう楽なものじゃないわ。道中、賊に襲われるなんて日常茶飯事よ。まぁ、そうなったら椿が何とかするけど」

「ことごとく人の神経を逆撫でするな。お前は」

「私の才能かも」


おどけて言う月下だったが、言っている事はなかなか辛辣だった。

美和は顎に手を当て暫く考えたが、良い解決策は見つからなかったようだ。



「子供達は、私達が面倒みるよ」

答えられず、美和が立ち尽くしていると、村から女性が何人も現れた。
穏やかな声色をしていて、最初に訪れた時のすれた印象は無い。

「お前さんは、昨日何人もの命を救ってくれたし」

「事実、うちの亭主はお嬢さんに手当てされて生きてたんだからね」

「あんたが旅に出る間、子供達の面倒見るくらいどうってことないよ。ほんのお礼さ」

「皆さん……」

逞しい女性達は、口々に美和を励ましている。
どさくさ紛れに、様々なものを渡してもいた。

「ただし、絶対帰ってくるんだよ。あんたもこの村の一員だ。何より、子供達が悲しむからね」

暗に死ぬなと。
女性達は、それだけを釘差して、美和の了解が得られたとしると、にっこりと笑った。



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