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鳳凰戦華伝






朴玻村に着いた椿と颯雲は、絶句した。



「これは……?!」

大規模な村のあちこちから昇る煙は、事が大きい事を物語っていた。


「始まったのか……」

隣で颯雲が唇を震わせていた。

怪訝な顔で、椿は聞き返す。


「どういう事だ」

「……最近、新しい政策を、誓府が発表した」

唇を噛み締めながら、颯雲は瞳を瞑った。

「国の利益をあげる為の政策だ。……通称、不要政策。国に不利益な村や町を金を巻き上げながらとことん潰すってぇ、実に下らない政策だ」

椿は、瞳を瞑った。
そして息を吸って吐いた。
そうでもしなければ、怒りで頭が狂いそうなのだ。

「……何が……不要政策だ。ふざけるな……!!」


「おそらくこの朴玻村も、その一つだったんだろう」




その声も聞かず椿は、無我夢中で馬を走らせた。

途中で颯雲が落ちた気がしたが、まぁ、あの体だ。
怪我はないだろう。






見ると、そこここに役人がいる。


「……!おい!その馬を止めろ!!」


村の中央にある役場で、役人の男が叫んだ。

号令で飛び掛かってきた兵士は、どれも強い防具を着けている。


だが、そんな事を気にしていられる程、今の椿は冷静ではなかった。

「死にたい奴はかかってこい!死にたくない奴は、帰れ!!」

太刀を抜いて応戦する。

騎乗したまま片手で兵士を凪ぎ払い、相手の攻撃を上手く避けて見せる。

馬は椿の意思を汲み取るかのように思い通りに動いてくれた。


「引けぇ!役人共!我が名は花椿!!この私がいる限り、貴様等に勝目はない!引け!!」


馬の嘶きと共に、椿は高らかに勝利宣言をした。




その姿は鬼神の如き、勇ましさ。

その姿は女神の如き、美しさ。


その強さに、朴玻に住む人々は心を奪われた。







嗚呼、そうだ。


世界は、この女性を、望んでいたのだ、と。















「美和さん!子供達を連れて村の外へ!」

役人を見事に昏倒させた月下は、自身も馬に跨がりながら美和に向けて叫んだ。

美和も弓矢を片手に、子供達を促す。


「ど、どうすれば……」

「この場は私が何とかします。私の後に着いてきてください」

上手く馬首を翻しながら、外に出た子供達と美和に言った。


あまり目立たない場所だからか、この広場に火の手はあがっていない。

今のうちなら、逃げることも不可能ではないはずだ。


馬の嘶きと共に、月下は駆け出す。
後には、しっかりと美和達が着いてきている。





「引けぇ!役人共!我が名は花椿!!この私がいる限り、貴様等に勝目はない!引け!!」

細道を抜けた後に聞こえた。
気高くも美しい、あまりに神々しいその姿は、さながら、舞い降りた戦女神だ。


そんな常人離れした美しさに、月下は勿論、美和も子供達でさえ魅了された。



「椿!!」

雄壮に舞う白拍子のような椿を、月下は思わず呼び止めた。


新しく向かってきた兵士を切り伏せた椿は、一つ振り替えると、月下達に走りよってきた。



「無事だったか」

「えぇ。大丈夫。子供達も無事よ」


驚いたのは、一切息が乱れていないことだ。
まさか今まで戦っていたとは思えない。



子供達を促して、また再び逃げようとした彼らに、今度は大挙として男達が押し寄せた。


「ちっ……。援軍か」

椿は舌打ちを隠さずに、馬首を翻した。


「月下、お前は彼女と子供達を連れていけ。私が何とかする」

「椿!!」

「大丈夫だ。行け」


有無を言わさないその強い口調に、月下は為す術をなくした。








月下が走り去ってから、椿は援軍に向き直った。


その数はざっと数十人。いや、それよりも多いかも知れない。


さしもの椿でも、人数が多ければなかなか厳しい戦いになる。

それなのに椿は、ただ微笑んでいた。
余裕の表情を消さなかったのだ。



太刀に着いた血を振り払い、肩に担ぎ、大軍へと向き直る。





だが、援軍の後ろの方で悲鳴が上がった。

それどころか、何人もが空に放り投げられていった。


「さぁ、どけどけ!!幻黎組頭領、颯雲のお通りだ!!」

「颯雲!?」


柄にもなく、椿は声を上げた。

その間にも、兵士は次々に放り投げられる。


「あいつ、幻黎組の頭領だったのか……」

思わず呟きが漏れる。意外にも、自分の頭は冷静だった。





そして今度は、自分のすぐ前に変化が起きる。



自分と大軍の間に朴玻村の村民が割り込んだのだ。

それぞれ手には、鍬や鎌など農耕具を持っている。

その人数は、廃れている村に住む人々にしては、驚く程に多かった。


「止まれ、誓府の狗!これ以上は村に入れさせないぞ!」

若い男が、勇敢にも兵士に向かって叫んだ。

簡素な剣を持っていたが、よく見れば体が震えている。

王政が強いこの国で、それらに向かって刃向かうのは、事実上は一種の自殺行為だ。
立ち向かっただけ、その勇気は素晴らしい。



「そこの若いの。花椿と言ったか」

驚愕に動けないでいると、一人の老人が馬に乗って現れた。

どこか飄々とした風貌の、しかし貫禄と威厳溢れる老人だ。


「そなたの力強さ、しかと見届けさせてもらった。我が朴玻村の為に刀を振るってくれた事、心から感謝する」

その口振りから、どうやらこの老人は朴玻村の長らしい。

戦場を経験したことのある瞳だ。
あまりにも深い、だが、柔らかな輝きにも満ちた年長者特有の瞳。

「そなたも戦い通しだ。ここからは、我々が相手をしよう」

椿よりも前に出した馬は、長い鬣を靡かせ、老人の覚悟を悟ったように静かだった。



今なら、突然の乱入で増援の兵は怯んでいる。
確実に、逃げられる筈だ。

椿本人も、それを知ってはいたが、老人に休んでいろと言われても、そんなことはしなかった。

「残念だが、私も大概戦うのが好きなのでね。それに、貴方と彼らだけでは、奴らを倒すのに心許ない」

椿は瞳を閉じて一つ微笑み、太刀を再び持ち直す。

老人の嘆息が聞こえて、片目を開けて様子を窺うと、やはり予想通りに椿と同じような笑みを浮かべていた。


「仕方あるまい。確かにそなたの強さは我々にとって大変な武器だ。この際、とことん付き合ってもらおう」

老人は槍を抱え、姿勢を正す。


前方でも後方でも、小康状態にあった戦場は、兵士の司令官による命令、幻黎組頭領による怒声、そして朴玻村の長と女戦士による覚悟の号令を以て、再び激戦へと変貌した。


「何をしておる!!我ら誓府軍が、只の民衆に遅れを取るな!!とことん攻め続けろ!!」

「おい!てめぇら!!んなとこで誓府の狗に負けんのかぁ!?とっとと潰して祝祭と行こうぜ!!」

「さぁ、迎え撃て!!我々の力を思い知らせてやれ!!」


次いで響く、地を割る雄叫び。

朴玻村は、最早激戦地と化した。

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