鳳凰戦華伝
弐
女性、椿は、今まさになりふり構わずに駆けていた。
その常とは違うあまりの気迫に、椿の後ろに騎乗する男、颯雲も、二人を乗せる馬もおいそれと反抗を見せられない。
向かうは朴玻村。
一心不乱にかけ続けた。
「地方の屑役人が何の用ですか」
朴玻村の孤児院の前では、月下が自分よりも遥かに上背のある男と対峙していた。
村の中が大惨事になっている時に、この数人の男が現れたのだ。
片手を腰に当てた勇ましい立ち姿は、常には見れない刺々しさがある。
「……お嬢さんには関係ないぜ?」
お嬢さん、と言う呼び名に月下は激しく嫌悪する。
「聞いてるのは、私の方なのだけど?お坊ちゃま?」
お坊ちゃまと小馬鹿にしたように月下は言う。
その発言は怒髪天を見事に突いた。
「……あんまり調子に乗るなよ?」
案の定、低い声で脅すように言われる。
しかし月下は動じない。
それどころか、笑みを深くした。
「そうですか。じゃ、調子に乗ることにします」
バチッと火花が散るような緊張感が走った。
「ふん、余裕でいられんのも今の内だ。……おい、お前、あれ連れて来いよ」
「え〜、俺が〜?」
先頭で月下と睨み合っていた男が、幾分か小さい男に言った。
渋々言いながらも、男の方は逆らえないのか、一度細道の奥へと引っ込んだ。
暫くしない内に男は戻ってきたが、その手には見覚えのある者を抱えていた。
「あの子は……」
月下は手に掛けていた剣を放した。
後ろの孤児院から、扉が開く音がする。
「は、春子!?」
「春子ちゃん!?」
若い女性と小さな子供が現れ、男の腕の中の子供を呼んだ。
「美和さん、あの子って……」
月下は少しだけ後ろを向いて、女性、美和に問いかけた。
美和は、その聡明そうな瞳を剣呑に細める。
「……孤児院にいる子よ。その子を放して」
返事もそれなりに、美和は男を睨み付けた。
「おっと、放してやってもいいが、まずは金を出してもらおうか。それと、そっちのお嬢さんも警戒を解きな」
「……屑が」
月下が舌打ちをし、剣を腰から抜いて地面に捨てる。
その間にも美和は、子供に言って、二階からいくらかの金を持ってこさせた。
それを男に向けて放り投げる。
「さぁ、満足でしょう。その子を放しなさい」
そして強く言い放つ。
「……純粋だなぁ。君達は」
だが、男は笑った。
それは月下や美和からすれば、ヘドが出る程に嫌いな笑みだ。
「残念だったなぁ。このガキは、君らの交渉の為に暫く預かるよ。こいつさえいれば、いくらでも金出すだろうしな」
「……いやぁ、しかし民衆は純粋でかわいらしいですねぇ。全く、純粋過ぎてヘドが出る」
などと言いながら、男は立ち去ろうとした。
しかし、いきなり春子が暴れだす。
泣きながら足をじたばたさせ、何とか拘束から抜けようとした。
「美和お姉ちゃん!月下お姉ちゃん!」
「春子!」
「春子ちゃん!!」
子供たちも春子を助けようと、孤児院を飛び出した。
「うるせぇ!!死にたくねぇんなら大人しくしてろ!!」
しかし子供達は、男の足や腕に張り付いて動こうとはしなかった。
とうとう男が、片手を上げて殴ろうとする。
「いい加減にしろ!!糞ガキがぁ!!」
瞬間、男の腕から血が滴った。
ザクッとした音に続いた水滴の音は、妙に残酷に聞こえる。
「いい加減にするのは、貴方の方よ」
男の腕には月下の剣である楓炎が突き刺さっていた。
痛みで春子を落とした男から、子供達が春子と一緒にそうそうに引き上げている。
孤児院の前には弓を構えた美和と、下に転がる楓炎の鞘。
弓矢で放たれた剣は、美和の正確な腕によって、男の腕を捕らえた。
そして月下はと言うと、髪を綺麗に上に纏め直し、その拳を鳴らしていた。
「……んの、女ぁ」
痛みに震える男と、その周囲にいる男。
それは、月下にとってひどく脆弱な光景だった。
勇敢にも、男達に立ち向かった子供の方が、強き存外に感じる。
「そうよ。そろそろ自重しないと……命、危ないよ?」
ザァッ、と。
一気に空気が変わる。
あまりに重い殺気は最早、殺気と感知できない。
故に、男がそれに気づくには時間が要った。
「美和さん、子供達を離れさせて」
無言で了承した美和は、扉を閉め鍵を閉め、二階に行くように子供を促した。
男が続々と剣を抜き始める。
月下は静かに笑った。
「さぁ、私の腕の見せどころ。宴の始まりよ」
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