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鳳凰戦華伝






女性、椿は、今まさになりふり構わずに駆けていた。


その常とは違うあまりの気迫に、椿の後ろに騎乗する男、颯雲も、二人を乗せる馬もおいそれと反抗を見せられない。



向かうは朴玻村。


一心不乱にかけ続けた。












「地方の屑役人が何の用ですか」

朴玻村の孤児院の前では、月下が自分よりも遥かに上背のある男と対峙していた。

村の中が大惨事になっている時に、この数人の男が現れたのだ。


片手を腰に当てた勇ましい立ち姿は、常には見れない刺々しさがある。

「……お嬢さんには関係ないぜ?」

お嬢さん、と言う呼び名に月下は激しく嫌悪する。

「聞いてるのは、私の方なのだけど?お坊ちゃま?」



お坊ちゃまと小馬鹿にしたように月下は言う。

その発言は怒髪天を見事に突いた。

「……あんまり調子に乗るなよ?」

案の定、低い声で脅すように言われる。


しかし月下は動じない。
それどころか、笑みを深くした。


「そうですか。じゃ、調子に乗ることにします」

バチッと火花が散るような緊張感が走った。


「ふん、余裕でいられんのも今の内だ。……おい、お前、あれ連れて来いよ」

「え〜、俺が〜?」

先頭で月下と睨み合っていた男が、幾分か小さい男に言った。


渋々言いながらも、男の方は逆らえないのか、一度細道の奥へと引っ込んだ。


暫くしない内に男は戻ってきたが、その手には見覚えのある者を抱えていた。

「あの子は……」

月下は手に掛けていた剣を放した。

後ろの孤児院から、扉が開く音がする。


「は、春子!?」

「春子ちゃん!?」

若い女性と小さな子供が現れ、男の腕の中の子供を呼んだ。

「美和さん、あの子って……」

月下は少しだけ後ろを向いて、女性、美和に問いかけた。

美和は、その聡明そうな瞳を剣呑に細める。

「……孤児院にいる子よ。その子を放して」

返事もそれなりに、美和は男を睨み付けた。

「おっと、放してやってもいいが、まずは金を出してもらおうか。それと、そっちのお嬢さんも警戒を解きな」

「……屑が」

月下が舌打ちをし、剣を腰から抜いて地面に捨てる。

その間にも美和は、子供に言って、二階からいくらかの金を持ってこさせた。


それを男に向けて放り投げる。

「さぁ、満足でしょう。その子を放しなさい」
そして強く言い放つ。

「……純粋だなぁ。君達は」

だが、男は笑った。
それは月下や美和からすれば、ヘドが出る程に嫌いな笑みだ。


「残念だったなぁ。このガキは、君らの交渉の為に暫く預かるよ。こいつさえいれば、いくらでも金出すだろうしな」

「……いやぁ、しかし民衆は純粋でかわいらしいですねぇ。全く、純粋過ぎてヘドが出る」


などと言いながら、男は立ち去ろうとした。

しかし、いきなり春子が暴れだす。
泣きながら足をじたばたさせ、何とか拘束から抜けようとした。

「美和お姉ちゃん!月下お姉ちゃん!」

「春子!」
「春子ちゃん!!」

子供たちも春子を助けようと、孤児院を飛び出した。

「うるせぇ!!死にたくねぇんなら大人しくしてろ!!」


しかし子供達は、男の足や腕に張り付いて動こうとはしなかった。
とうとう男が、片手を上げて殴ろうとする。

「いい加減にしろ!!糞ガキがぁ!!」

瞬間、男の腕から血が滴った。

ザクッとした音に続いた水滴の音は、妙に残酷に聞こえる。


「いい加減にするのは、貴方の方よ」

男の腕には月下の剣である楓炎が突き刺さっていた。

痛みで春子を落とした男から、子供達が春子と一緒にそうそうに引き上げている。


孤児院の前には弓を構えた美和と、下に転がる楓炎の鞘。

弓矢で放たれた剣は、美和の正確な腕によって、男の腕を捕らえた。


そして月下はと言うと、髪を綺麗に上に纏め直し、その拳を鳴らしていた。


「……んの、女ぁ」


痛みに震える男と、その周囲にいる男。

それは、月下にとってひどく脆弱な光景だった。

勇敢にも、男達に立ち向かった子供の方が、強き存外に感じる。


「そうよ。そろそろ自重しないと……命、危ないよ?」

ザァッ、と。

一気に空気が変わる。

あまりに重い殺気は最早、殺気と感知できない。

故に、男がそれに気づくには時間が要った。


「美和さん、子供達を離れさせて」

無言で了承した美和は、扉を閉め鍵を閉め、二階に行くように子供を促した。






男が続々と剣を抜き始める。


月下は静かに笑った。




「さぁ、私の腕の見せどころ。宴の始まりよ」


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