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じぶんてきなかまそのた。(下)
住宅街のうち、もっとも人が少ない路地裏。


殺気はそこからだった。




「レンッ…!あの角を左みたいっちゃ!」

「ああ、わかってる…っ」




あと数歩。


曲がろうとした瞬間…。





「おい。軋識に怪我一つでもさせてみろ…殺すぞ」



ものすごく、冷たく、鋭い声。

耳に入った瞬間に、何故だか足が止まった。


いや、もちろん自分の名前が聞こえたからっていうのもあるが。

それは、双識も同じだったようで。



曲がり角で立ち止まったまま、俺は目の前の光景を見た。


「所在……」

「…やっぱり知ってる子だったのかい?」

「…ああ。なんで…アイツは……俺の零崎名を?」

「え?裏の世界の知り合いじゃあないのかい!?」



俺の呟きを聞くと、双識は驚きを隠せなかったのか、すっとんきょうな声で言った。

こいつが素で驚くのも珍しい…。




裏の世界。
アイツは、裏の世界にいるはずではない。

見た目では、普通の元気な少年だ。
…ああ、いや、見た目はなかなかに綺麗な少年だが。




それよりも。


何故知っている?
アイツには…俺が零崎一賊の一員だなんて一度も話してない。それどころか、まず知り合って数時間。


それに、アイツには、言いたくない。




あまりにも、アイツはキラキラ眩しくて。

殺人鬼なんて。


言えるわけがない。




なのに。


今目の前にいる所在は、昼間とはまるで別人のよう。



血走った赤い眼。
もともと赤い瞳が、まるで血みどろのようにさらに深く染まっている。

髪の色も、色素が薄い茶髪で、微かにオレンジがかった髪が、目の錯覚かはわからないが、燃え盛るようなオレンジ色に見える気がする。




そして、殺気。


これはまるで尋常ではない。
鋭い殺気は、波紋のように広がり、自分の、他人を立ち入らせない領域を示しているかのよう。





俺や、レンでさえそこに踏み入るのを躊躇わせる。



「あの少年の向かい側にいるのは…天吹…かい?」




天吹…夜。

あの鎌自体は別にたいした物ではない。

問題は天吹の戦い方。



あの鎌で相手を誘い込むように不意討ち、ヒートアップしたところで相手に勝利を確信させ、その確信を仇に違う武器で仕留める。


なんというか、醜い戦い方。




戦い方だけで言ったら、軋識と天吹夜は、まるで対極にいるかのような戦い方であった。


まるで竜巻のように荒々しく激しく魅了する軋識と、まるで闇に溶けた夜のように四方八方あらゆる技を事細かに、吹き矢のように繰り出す天吹夜。






相対。



そいつが、今、自分の知り合いと対立して立っている。






「アス」


ボーッと考え込んでいると、双識が急に話しかけてきた。



「何っちゃかレン…」



顔を上げる…と、



ガスッ!!





何かが固い物に突き刺さる音。
天吹の後ろの壁には深々とナイフが突き刺さっていた。


「すごいね…あの少年」

「…?何がっちゃか?」

「こんな大して開けてもいない路地裏で助走や腕の反動を利用もせずに的確にあの天吹の首を狙える。

…はたして、そんなことが誰でもできることだと思うかい?」



でき…ないのだろうか。


ナイフなど頻繁に使わないからわからないが。



「想像できなければ人識にでも聞いてみるといい。アイツも軽々とナイフを操っているが…やっぱり鍛えてるからね。単純なものに見えて…意外にナイフは奥が深い」

「そうっちゃか…」

「そうだよ」



雑談をしていると、いつのまにか天吹が動き出していた。


鎌で所在を抉るように振り回し、そして…腕を突き出す。



腕から暗鬼が出る瞬間、アイツはまるで腕から何かが出るのをわかっていたように暗鬼を避けた。

なんていい勘してやがる。




そして…


「なっ…!!ちょ…っ!!アス!あれ、君の釘バットじゃないのかい!?」

「…っ!!やっぱりアイツ持っていってやがったか」




アイツは荒々しくバットのケースを放り出し、愚神礼賛を構えた。


駄目だ。
あのバットはそう簡単に使いこなせる物じゃない。




「なんであの少年が君のバットを持っているんだアス!!」

「うるさいっちゃね…ちょっとした不注意っちゃ!!」



でも本当。
俺はなんで気がつかなかったんだ。


とにもかくにもこうしてはいられない。

このままじゃ所在は…死ぬ。


それはレンにもわかったのか、レンは自殺志願を構えた。




「こうしちゃいられない!!アス!いくよ!!」

「わかってるっちゃ!」


俺たちが加勢しようとしたその時。



まるで。




まるで心臓を飲み込むような悪寒が身体中を走った。

行くんじゃない。


誰かがそう伝えてくるように。


所在と天吹の戦いの片がついたのもちょうど同時だった。




ほとんど一瞬の世界。


アイツは、まさかの天吹の武器の上に乗り―…



嘲笑うかのように、一瞬。


居合い切りと言うよりはさらに荒々しく。



絶対零度の笑みで、一閃。




まるで…まるで…








俺のように。






俺は、天吹のことを決して低くは評価していない。


少なくともやはりプロのプレイヤーだけあって手強い。



そして愚神礼賛。

今さっきも言ったが、ナイフと同じように、そう簡単には使いこなせない。


よくあるドラマで不良高校生バットを持っていても、結局はなんの役にもたっていないように。



振り回すだけじゃ駄目だ。

要はタイミングとテクニックなのだ。
いかに致命傷を与えるか。





だが所在は、それを当たり前のように一瞬で使いこなした。




『天才』



一つの言葉が頭を駆け巡る。







血渋きは宙を舞い、所在が着ていた制服に付着する。



まだ、息があったのか、所在の足元に倒れた天吹を一瞥し、そして…


ぐしゃ。




脳天を抉るような音がした。






「…っ」


「物凄い…殺人狂だね」






どうしてこいつが。
どうしてこいつが。
どうして…




不意に死体の横に立っている所在を見た。


人一人殺したというのに、何でもないような、顔。




あたりまえのことをした。
そう告げているかのよう。





俺はいてもたってもいられず、所在に駆け寄った。


「所…」


声をかけようとした刹那、所在は、フラッと倒れた。



「…っ!?」


それを俺はなんとかキャッチし、自分の膝に所在の頭を置くような形で横たえらせる。




目を瞑った姿は、さっきのような荒々しさは全くなく、あの公園にいたときのような穏やかな顔をしていた。


顔に着いている血を、見たくなくて、俺は自分のスーツが汚れるのもお構い無しに拭き取った。





「アス…」


すぐ後ろに立っていたレンが俺の横に座り、所在の顔を覗きこんだ。




「ふむ。まだ11〜13歳ってとこじゃないのかなこの少年は」

「確か数えで13っちゃ…」

「13…となると、人識の一個下かい?うふふっ。やれやれ。何だろうねこの年代は。やたら突出した才能の持ち主が多すぎる…。どちらにせよ、この子が…



・・・・・・・
零崎であることに変わりはない」


「…!!」




わかっていた。
路地裏に来る前から。

わかっていた。
ここに来た時から。



オーラが、零崎に近かったことに。


俺は、それを直接感じとらず…避けた。




こいつに零崎であってほしくない。



「こいつは…ただのアホっちゃよ」

馬鹿で、
アホで、


…日だまりのように優しくて。




光の中で生きる人。


「おやおや?忘れたのかい?この子が最初に発した言葉を」

「………。」


「この子は、君を護ると言ったんだよ?天吹が何をしでかしたかは知らないけれども、全く関係無かった少年が君のために天吹を殺した。それだけで…この子は十分家族に値すると思わないかい?」



護ることと、殺すこと。
本来、人は誰かを護るために生きていると言う人がいるが、それは表向き。


護る=殺す。
殺すということが悪と定義されている世の中、人が人を護るときに、邪魔な者を護りの意識だけで排除するやつは少ない。


もし、護るためだったらすぐにでも殺す。そんなことができるとすれば、そいつは…守護者というより殺人鬼だ。




「所在を零崎一賊へ入れるつもりっちゃか?」
「この場合、ほっとくほうが罪だと思うからね」



どうしてこいつが。

と思う反面。


俺は何を思った。

こいつが…家族と知って、





嬉しい、と思う気持ちが少なからず、あったんじゃないのか。


「この子…家族は?」

「…天涯孤独って言ってたっちゃ」

「!!…そうか」




まさかこいつが…所在が、零崎一賊だとは…何の実感もわかない。

けれども、感覚が認知する。




「うふふふふっ!!この子が意識を失ってなかったらお兄ちゃんがかっこよく『私の弟にならないかい?』と言うのになあ!!」


「気づいてないなら俺が今教えといてやる。それは変態が言う言葉っちゃ




…弟。

『きっしーって、なんか兄ちゃんみたいだよな!』


あの言葉に、笑って答えたのは誰だったか。

どうして、俺はあんなに朗らかに笑えたのか。






あの桜の木の下で、こいつが、すごくあたたかくて。
あの時間は穏やかで。



本当の家族を知らないけれども、知っていたとしたらこういう感触なんじゃないかと思わせるように。


兄ちゃんみたいだよなと言われた時、俺は。



まるで、所在が本当の弟のように感じられた。




こいつが、本当に家族なら。と、願った気持ちが少しでもあったんじゃないのか。




俺は、膝にのせていた所在を、お姫様抱っこのように持ち上げた。



「…軽っ!!」

「ぬああっ!!いーなーアス!!いーなー!!早速お兄ちゃんの特権みたいなことしちゃって!!いーなー!!いーなー!!

「黙れっちゃ!!俺の一挙一動にガチャガチャ言うなっちゃ!!」

「だあって!!私だってお兄ちゃんなのに!!何故かは知らないけれども先にこの子と出会ってるからってなんかすっごい"お兄ちゃん"みたいなオーラだしちゃって!私もお兄ちゃんオーラ出したい!!

「お兄ちゃんオーラどころかお前からは変態オーラしか出ていないっちゃ」

「ひどいっ!!ああっもう!アスなんてこの少年…名前なんだったかな。あ、そうそう!所在君だったね!所在君をすんごく愛しそうに見つめちゃって!!」

「なっ…!!みっ!!見つめてなんかいないっちゃ!!」



なんて恥ずかしいこと言いやがるんだコイツ!!

自然と顔が赤くなる自分もどうかしている!!



「おやおや?顔が赤いよ?うふふっ。とうとうアスにもお兄ちゃん萌えという概念が」

「できてないっちゃ!!」



俺たちは、路地裏を背に、おもむろに歩きだした。




「あ、そういえば、天吹くんの後始末はどうするかい?」

「……あんなの、後始末する価値もないっちゃ」




少々殺気が入り交じった目で後ろを振り返る。


「所在くんを傷つけようとしたからかい?」

「いやっ…!!ちがっ…!!」

「まあ、所在くんの圧勝だったけどねー。おやおや、アスがこんなに真っ赤になっちゃって。かーわいっ!」



このメガネも一緒にドブに捨ててきていいだろうか。




そう思いながら、腕の中の新しい家族を見て。




…自然にレンも俺も、顔が穏やかに綻ぶのを感じ取った。








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