じぶんてきみかたそのた。(中)
気づいたら理性なんて吹き飛んでいた。
俺の大事なものを壊そうとするヤツはだれであろうと許さない。
おかしいと言われても、俺にはこんな考え方しかできなかった。
***
「零崎軋識のやつ…ここに来たら…あんなごみ…零崎軋識という塵の全てをめちゃくちゃに切り裂いて綺麗に掃除してやる…!!」
『あんな…あんな子……ほんっと、この家のゴミよね…ッ!!』
ドクン…と、目の前の男が吐き捨てた言葉に脳が、心臓が、一時停止した。
それと同時に聞こえる知らない声。
誰なんだ?お願いだ。しゃべらないでくれ。
大嫌いな声。
頭が痛い。
やめてくれ。やめてくれ。やめてくれ。
『大丈夫だよ、所在君。僕にドーンッと任せなさい。…だから、泣いたっていいんだよ』
「泣きたいときは泣け」
急に聞こえた、二つの声。
ああ、なんてあたたかい声なんだろうか。
一つはきっしー……もう一つは?
まあ、いいか。
俺は、この落ち着いた、安心させる声が好きだった。
ふとした瞬間に聞こえる声。
たぶん、この声は、消えた記憶の欠片なんだろう。
このあたたかい声と、きっしーが漏らす優しい声は、とてもよく似ていた。
誰のかわからない綺麗な音。
護りたい。
いつか俺の知らない場所で、俺を護りぬいた声を。
ついさっき、たかだか知り合って数時間の俺に優しくしてくれた不器用な殺人鬼を。
もう二度と…手放さないように…
例え、どんなに周りを壊しても。
「おい」
俺は、冷たく男を見据える。
最後のチャンス。
「軋識に怪我一つさせてみろ…。殺すぞ」
そう言った俺の声で、男が俺の前から消えれば、追うつもりはなかった。
だけど…。
"お前なんか、二秒あれば殺せる"
コイツは、逃げなかった。
じゃあ、俺の"敵"だ。
俺は足下に落ちていたナイフを男の首筋を狙って投げた。
男は、何の反応もできずに立っていた。
首筋には赤い液体がつーっと落ちている。
どうやら頸動脈は外したようだ。
男は、一瞬目を見開いた。
そして、向こうも目の色がすぐに変わり、鎌のような武器をだした。
ちなみに、俺は丸腰。
いや、違う…。
もともと、コレはコイツを
・・・・・・・・・
殺す為に持ってきた―…!!!!
独りで幼いころから過ごしてきたからか、人の気配には異様に敏感になった。
だから、あの公園にいたときも、容易に殺気が感じ取れた。
たぶん、きっしーも感じ取れたんだろうか、きっしーが身に纏う空気も、少しばかり殺伐とした物に変わったことがわかった。
そして、このまま俺と一緒にいるときに、敵が来れば、必ず俺の目の前で戦うであろうことも。
その時、俺は必ず邪魔になるんじゃないだろうか。
人間ノックの時だって、きっしーは命を張って人識を守っていた。
もし、きっしーが俺のせいで死んだら。
そう考えただけで、すごく泣きそうになった。
もう、大切なものを失いたくない。
そう、俺の本能が駆り立てる。
だから。
敵は、俺が排除する。
男が鎌を構えた時、俺はバットのケースを空中に投げ出し、バットを構えた。
これが…愚神礼賛。
純鉛製の釘バットで、それはまるで人を殺す為だけに拵えられた物のよう。
いや、実際そうなんだけどな。
男は俺に瞬時に歩み寄った。
そして鎌で弧を描くように俺の喉仏の近くで振り回した。
速いと言ったら速いがなんて単純な動き。
これなら軽く勝てるんじゃないかと思ったとき、眼球の目の前に男の左腕が、手首を俺の顔に擦り付けるのではないかと思う位に近くに突き出してきた。
手首と衣類の隙間には何かの針のようなもの。
俺が自分の首を何とかねじ曲げて相手の手首から逃れるのと同時に、相手の衣類と手首の隙間から出た液体が俺の頬を微かに掠めた。
うえ…ヒリヒリする。
にしても焦ったァアアッ!!もう少しで眼球パァアアンッてなるところだったじゃねえか。
ま、今生きてるからいいけどな。
コイツは…暗鬼使いか?
チッ…!!小賢しい。
俺はそういう、堂々としてない人をおちょくるような技は嫌いなんだよ!!
俺は、男を真正面から堂々と正視する。
暗鬼だろーがなんだろーが使えばいい。
なあ、きっしー。
この武器は、そういうヤツを、一刀両断するためにあるんだろう?
相手は、やってられないと言わんばかりに、鎌で空を割く。
俺だってやってられねえ。
男が空を裂くのと同時に俺は飛び上がり、銀色が走る鎌の上に飛び上がった。
相手は驚愕の表情で、振り上げた鎌の上に乗っている俺を見上げた。
もう、終わりだよ?
振り切ったでかいモーション。
鎌で振り上げるということは、振り上げたあとの腕は反動で、見えない死角へと移動する。
しかもコイツは暗鬼使い。
なら尚更、暗鬼へと集中させていた頭をすぐに背後に回した腕へと転換させるのは困難なこと。
いや、さほど困難じゃないかもしれないが、コイツの俺をただの一般人だという認識が油断を招いていることは一目瞭然。
まあ、一般人には変わりねえんだけど。
まるで、愚神礼賛が俺に応えるように鼓動する。
「じゃーな。天吹夜さん。さよーなら」
もう、二度と会いたくないね。
俺は、刀で縦に真っ二つに裂くようにー…
ドゴッ!!
バットを振り落とした。
人を殺した。
けれど何とも思わない自分がいた。
俺は、今、どんな表情で男を見下ろしてんだろうか。
俺の目の色は、どんな朱に染まっているのだろうか。
あ、まだ息があるみたいだ。
………。
ヒューヒュー…グシャッ!!!!
赤黒い血の飛沫が宙を舞い、
俺は、この空気に酔ったまま、意識を落とし…
ドサッ…
地面に身を委ねた。
何故かそこに痛みは無く、あたたかく、柔らかい感触だけが、俺の身を包んだ。
***
嫌な予感がしたんだ。
なんで俺はバットがなかったことに気づいた時点でコンビニへと走らなかったのか。
コンビニはすぐ近くにある。
いくらアイツがアイスの品目を迷うとしても最高10分。
なんで20分も帰ってこない…!!!!
俺はコンビニに足を向けた。
コンビニに着き、見渡すが所在の姿は何処にも無い。
だああっもうッ!!一体どこに行ったんだ!!
アイツに…アイツの身に何かあったら……
…いや。俺は何だってアイツをそんなに気にしてるんだろうか。
たかが数時間で知り合ったガキくらい、いなくなろうが何しようがとるに足らないことだろう?
なのに…。
アイツの、屈託のない笑顔を思い出すだけで心がものすごく焦りだす。
早鐘を打ち出す。
あ…なんだろう、これ。
胸がチクチクと痛みだす。
何で、俺はこんなにー…
「いやあやあ!!アスじゃないかな?アスだよね?アスじゃないか!!」
「なっ…」
目の前に現れたのは、針金細工のような細身の長身の男。
自殺志願。
二十人目の地獄。
陽気な笑みを浮かべて、手にはアイスを持って俺の顔を覗き込んでいる。
零崎、双識。
「な、んで…こんなところにいるっちゃ…レン!!」
「いやあ!!私に会えたことでそんなに驚愕してくれるほど嬉しがってくれるなんて、私はなんて幸せものなんだろうね!…にしても君のスーツ姿はいつ見ても相変わらず胡散臭いね!………ああ、いやいや、わかっているよアス。私がちょっと調子に乗りすぎたね。だから君はぼくを正気に戻すため、いや愛ゆえと言ったほうがいいのかな?わかってる…わかっているよ!アス。だから私に首元を掴む手と振り上げたその腕を下ろしてくれないかな!いくら愛ゆえだといっても私にも限度があいだだだだっ!!首ィイ!!首締まるッ!!」
なんっかすごいウザいヤツがやってきた。
「何しにきたっちゃかレン。六秒以内に言えっちゃ、じゃないと引き抜くっちゃよ」
「何を!?いやいや、わかってる、わかってる。その冷たさも君の愛なんだろう?だからその微生物を見るような目で私を見ないでくれ!」
あーもーほんっとうぜえ。
ここまでイラつくのはこの目の前のメガネのせいか、それとも…。
「チッ…」
「おやおや?ご機嫌斜めってとこかい?」
「別にそんなんじゃ…」
本当だ。
何でこんなにイライラしているんだ。
いいじゃないか、今はさっきの様な殺気も感じられない。
所在なんて、暴君の家にお世話になっている、ということ以外はただの一般人じゃないか。
そのうちひょこっと暴君のところに帰るだろう。
だから…。
「ねえ、アス、イライラしてるところ悪いんだけど聞いていいかな?」
「何っちゃメガネ。イライラしてるとこ話しかけんなそのメガネ叩き割るぞゴルァ」
「やめて私のアイデンティティーを!!いやいや、そうじゃなくてさ、アス。君は今イライラしてるんだろう?」
「…そうっちゃよ。見てわかんないっちゃか?」
「わからないねえ…わからないよアス」
レンは、メガネをくいっと指で直す。
そして、酷く真面目な表情で俺を見据えた。
「君はイライラしているというのに、何でそんな…
いやに心配そうな、いやはや、なぜそんなに不安そうな表情をしているのかい?」
「…え?」
なんだ?何を言っている?
俺は…何を考えている?
なぜ…
ぞくっ…!!
俺とレンは、一斉に後ろを振り向いた。
なんだこの背筋が凍るような殺気は。
そして…
なんだか、懐かしいような、あたたかいような、くすぐったい感触。
「レン…」
「ああ、アス…」
この感触は。
俺達は、この市にある旧住宅街の方向へ駆け出した。
その旧住宅街は薄暗く、人を殺すにはもってこいのような路地裏がたくさんある。
なんだろう。この足が浮き立つような感触は。
そして…このとてつもない殺気に混ざる、微かな優しい気配。
まさか…、いや、そんなわけがない。
でも、バットは、アイツが持っていったに違いないんだ。
だとすれば…。
「レン、詳しい場所、今すぐわかるっちゃか?」
「今探ってるところさ。なんだい?なんか心あたりがあるのかい?」
「…この殺気、もしかすると、俺が知ってるヤツが出してるかもしれないっちゃ」
「知ってるやつ?」
「ああ…」
もし、本当にアイツがいるとするのならば。
俺は、どうしたらいいのだろうか。
困惑。
しかし、それと反面、
もしかすると、" "かもしれない。
妙な感情に心をかき乱されながらも、
俺は走った。
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