3
どれくらい経ったかわからない。いたたまれない感じになってきたので、そろそろ帰ろうかと思ったときだ。
俺の渾身の、友へのメッセージに感動したのか、こっちに聞こえるくらい大きく息を吸って、さーちゃんが口を開いた。
「しつれんしたんだ」
「そうか」
ふーん。さーちゃんも俺の知らないとこで恋してたのね。初耳だわ。にしても、
「…だれによ」
さーちゃんと一緒にいて今まで恋バナとかしたことなかったし、知らないのは当然なんだけどさ。
さーちゃんが好きになる女子ってどんな子なんだよ。俺が女の話してもきょーみなさそーな感じだったのに
「…幼なじみだよ。隣に…住んでたんだ。ま、漫画みたいに」
幼なじみ、ねえ。俺、幼なじみなんて身近すぎて恋愛の対象にみたこともなかったけれど。よっぽどかわいい子だったのかしら。見たこともない幼なじみちゃんの顔を想像してみる。さーちゃんケッペキっぽいから、きっとギャルではなんだろうな。黒髪で、猫目で、背はちいさくて、ちょっと不思議なオーラがあって、胸は意外にでかくて、足が長くて…ってこれは俺のタイプか。いけねーいけねー
「…えっとさぁ、引っ越してく前になんかいわれなかったの?お世話になりましたー、手紙書くよー的な、さ」
さーちゃんが黙る。なんかいけないこと言った?俺。
「…確かに…色々兆候はあった。あった…のに、俺最後まで気付けなくてさ。情けない。…引っ越したし、もう会えない」
うーん、どうもなんか話の大事な部分を省かれてはなされているような気がしないでもないぞ。びみょーに噛み合ってないような…勘違いか?
さーちゃんの部屋の窓際、半開きになったカーテンの隙間から見えるのは、遠くにいっちゃった幼なじみちゃんのお部屋かな。閉じられた雨戸と、ベランダに置きっぱなしの枯れ草だけの鉢植え。部屋の持ち主はもういないって、毎朝確認させられるのってどんな気分なんだろうか。
ベッドに視線を戻すと、さーちゃんが泣いていた。体が固まる。おお、めっちゃ泣いとる!こんな間近で男泣き見るの小学生ぶりだ、さてどうしよう。女の子なら、頭なでなでポンポコポンの2コンボでハッピーエンドそして、新たな物語が始まるんだろーけど。
さーちゃんは男子だもんな。
男らしく、拳でガツンと…いや待て、いまのさーちゃんにその技は自殺行為だそのとおりだ!
がしがしと頭をかいて、今までさーちゃんが言ったことを自分なりに整理してみる。
「つ!ま!り!さ。さーちゃんはそいつが好きだった…まだ好きなわけだ。」
さーちゃんが顔を上げる。
「うん」
「でももう会えないわけだ」
「………うん」
「てことはだよ」
さーちゃんのまっ黒い瞳が答えを待ってるのか、熱烈に俺を見上げている。今にも目の縁から涙がこぼれそうだ。こらえているのはわかるけど、今度は鼻の方から液体が垂れている。まるで柴犬だ。柴犬だったらどんなにいいか
「…てことは、さっさと次の恋にすすめってことだな、うんそうだ」
「てめー慰める気もねーのかよー!ちくしょー、かえれー!」
枕が降ってきた。勇敢な俺は避けること無く顔面でさーちゃんの渾身のパスを受けとめる。友情の一撃は重い。
「…恋の痛みは、恋でしか癒えないんだぜ、断言していい」
さーちゃんの白い枕を抱きしめながら俺は言った。さーちゃんの髪の香りが濃厚に香る。うっぷ。俺は枕を静かに置いた。
「幼稚園の先生から始まった俺の恋も、終っては始まり、始まってはそして終わり、また始まっては消えた。……消えるのかよ!始まってくれよ!」
自分で最後つっこんだのに、さーちゃんはぴくりとも反応しない。俺はつっこんだときに挙げた腕を静かに下ろした。やっぱタイミング間違ったかな?
俺は続ける。
「…でもなさーちゃん安心してくれ。次の恋がちゃんと始まるように、世の中できてんだって。それまで順番待ちしてると思ったらいいじゃん」
「だ、だとしても…あいつみたいなやつなんてもう見つかんないよ」
「そりゃー完全に一致は無理だろうし、相手にそれを押し付けんのもひどい話じゃね?でも近い奴はいるだろ。ほら、ホクロの位置とかさ」
「あいつの顔にホクロなんかなかった!」
思ってたようなつっこみは引き出せなかった。俺もまだまだだ。
「忘れるなんて、無理だそんなの…」
「え、俺、忘れろとか言ってないじゃん。そいつとの思い出もさ!胸にしまいつつ歩いて行くのが供養にもなるんじゃねーの!…勝手に殺すなよ!」
二度目のセルフ突っ込みもあっけなくスルーされてしまったようだ。もう慣れたので、そんな反応ももろともせずに笑顔で振り返る。
「また泣く……」
さーちゃんと接してると、今まで出会った他のやつより面白いけど、その分不思議な体験をする。今回もその不思議な体験にはいるんだろう。だって正真正銘男の俺が、正真正銘男のさーちゃんを、なんかへんに、守ってやりたいような気分になっている。
[*前へ][次へ#]
無料HPエムペ!