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不思議なもんでみんなの前ではあれほど地面に力強く根を張っていた自分の足が一人になった途端にふらつく。おかしいぞいくら僕でもここまでお酒弱いわけではなかったはず。飲むペースが早かったのか?それとももしかして雰囲気に酔ったってやつ?どっちにしろ、結構しんどい。

店内をふらふら歩き、店員の不審な目をかいくぐりながらトイレの前を通り過ぎ、何十分か前にくぐったドアを再度くぐる。ドアを開けてすぐ鼻の下をくすぐった夜風は、なんとなくけものくさいにおいがした。僕は何度か瞬きをして、入り口ドアのすぐ側にある植木のふちへは腰を下ろす。ぼんやり視界に入るのは、店の正面にある焼き鳥屋からでてきたサラリーマンの群れ、寄添い合って歩くカップル何組、ガードレールにもたれかかって電話する人一人。みんなそれぞれの世界を生きているんだなあと、妙な疎外感を感じた。
そもそも僕はなにをしにここにきたんだろうか。皆の顔色を伺い、自分との絶対的な人間性の溝を感じ、つまらない話を聞かされたのち酔いつぶれるようなためにここ来たんだったら、過去の悟を呪うぜまったく。

心のどこかではたぶん思ってるんだ、変わりたい、もっと社交的になって、気軽に周りの人間と付き合えるような、もっと笑うのが上手な、そんな根が明るい人間になりたいって思ってるんだ。でも今日のことでよくわかった。やっぱり人は変われない。簡単には変われないし、たぶん僕の根本が言ってるんだ、無理して変わることはないじゃんもうそのまんまでよくねって。それは弱さとか怠惰からくるものじゃなくて、何て言ったらいいのだろう、人間の尊厳?だめだ本格的に頭が痛い

「どうすっかなー……」

ふいに自分の口から出た言葉におかしくなる。なんに対して迷ってるというのだろうか。無意識にこぼれた言葉がそれなんて、僕の内面は今相当ぐちゃぐちゃになってるに違いない。

植木に更に体を預ける感じで今度は背中を反らせてみる。頭に植木の葉っぱが食い込んでカサカサと香ばしい音をたてた。僕の視界は街灯とその上に広がる宇宙でいっぱいになる。オリオン座はどこだ?や、あれは冬にでる星だったっけか

「…きーらーきーらーひーかーるー


さーとーるーの… いーのーちー」




「あ、悟くんじゃあん」

この声は。がばっと飛び起きて体をぐりりとひねると、お人形みたいにちっさい顔、美しい巻き髪に、ばかでかいリボン。うん、セリカちゃんだ。今更だが変な替え歌を聞かれなかったか冷や汗がでてくる。

「だいじょーぶー?岡田くん心配してたよー」

なら他の人は別に心配してないんでしょ、って言いそうになる自分の女々しいったらない。

「あ…ごめん、っていっといてください。…てかごめんこんな場でつぶれて」

「いいよお謝んなくてー。お酒弱かったら無理しなくていいんだよお?無理したらだーめ」

甘く優しく聞こえるフォローも、唇にグロスを塗りながら言われてもなんら説得力はない。これだよほかの馬鹿な男はこの何気なくを装った、セリカ流アプローチに気付かないんだ。普通にいい子じゃんって思ってしまうレベルだもんな、何も知らなかったら。

僕は別の生き物をみるような心持ちで、あくまで冷静に相手を観察し始めることにした。こっちからも何か仕掛けてやろう、と訳の分からない対抗心がむくむくと大きくなる

「ちいちゃん、だっけ。いろいろ大変だったんだねセリカちゃんも」

どうだろう、もっとボロを出すだろうか?もっと自分が嫌な人間だっていうことを馬鹿みたいに吹聴すればいいんだ。…なんて。僕は、何を言ってるのだろう。あんだけ嫌悪を感じた相手に、心は籠ってないにしろ、さも気の毒そうに慰めの言葉を吐いている。こんなん他のやつらと同じだ。おぞましい。


…ちょ、ちょっと待って。

お人形のような目でじっと見つめられると、顔に血液が集まってきて沸騰しそうだ。女慣れしてない自分にはセリカちゃんの目力は些か強烈すぎる。あくじょめ!この技で何人男を仕留めてきたのですか!負けてたまるか!

「もーやだあ悟くんまでー早くわすれてー!」

目をそらしたかと思ったら口に手をあてながら、屈託なく笑う。それも研究されつくしたような、完璧な女の笑顔だった。直視するのさえ苦しくなってきた僕は目をそらし、負け惜しみのように会話をつなぐ


「女の子が女の子を好きになることもやっぱりあるんだね」

セリカちゃんの返事が帰ってこないので恐る恐る顔をあげる。彼女は、人口のまつげの密度を感じる瞬きを何度か繰り返して、呆れに近い音を含んだ声で言った。

「…悟くん天然って言われるでしょ?」


「セリカー!何してんのー?早くもどってきなよお!」
ドアからひょこっと、僕の前に座ってた人が顔を出す。僕のことをみて一瞬眉根を寄せてたのに気付くのは3秒後くらいだった。

「あっそうだ!わたしお手洗いに来たのに、えへへ、寄り道しちゃった。じゃあ気分がよくなるまでのんびりしてきなよー悟くん」

「あ、うん…」


帰ってくんなよって意味なのだろうか、ちょっと傷ついてる自分がなんか、ほんと…



「ふざけんなよボケカスって感じだよねー、うん」






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