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ゆーくんが腕を曲げ、腕時計の画面を見やる。お前らの話に付き合ってる時間が勿体無いんだと言ってるようにみえるのは僕の被害妄想であってほしいものだ。てか関係ないけどゆーくんのしてる時計あれ相当高いやつだよ。アから始まるあれでしょ、あのブランド。僕の視力をなめないでいただきたい。なんなの岡田といいゆーくんといいなんでそんなにお金持ってるの?向こうの生活レベルが高いのか自分が貧民なのか、段々わからなくなってきたぞ
「ってことで笠原さんも合コンに参加しましょう」
なおも続ける岡田。張り付いたような笑顔のまんま、ゆーくんは首を横に倒す。そして岡田もなぜかそれに倣って首を同じ方向に傾げた。
「ん?…てことでの意味がわからないんだけどな」
「特に意味はないっす」
「うーん、せっかく日本に生まれて来たんだからもう少し母国語を大事にしよっか」
「俺文系じゃないっす。あっでも理系でもないっす、ま、どっちかというと美け
「母国語を大事にしよっか」
こっちが呆れるほどの意味のない言葉の投げ合いが続く。しかも完全に二人の間に入りそびれた!くそっ!
「いいじゃないすかー来ません?ちょうど俺ら男子側は1人足りないし。笠原さん男前だから女子も喜ぶっす」
「いきなりだねー」
ゆーくんはたじろぐ様子はないにしろ、岡田の出した提案のあまりの突拍子の無さに戸惑ってはいるようだ。…なんだか岡田がものすごい奴に見えてきた。とはいっても依然飄々とした態度を崩さないゆーくんに痺れを切らしたのか、岡田が声の調子を落として囁くように言った。
「笠原さん…もしかして…コンパの経験ないとかですか?」
挑発ともとれるその言葉に僕は絶句する。早いうちに岡田を始末するべきだった!ゆーくんは目を見開いたまま返事を返さないし、岡田は深刻そうな顔でゆーくんを見つめていて、今更突っ込むのにも気が引ける。ゆーくんの激しい反撃が始まるんじゃないかと冷や汗をかきながら、何度目かわからない咳払いをしたときだった。
「アハハハハハ!」
ゆーくんがもう耐えきれないという風に身をよじらせながら、快活に笑った。僕と岡田は顔を見合わせる。岡田の目が「さーちゃんの言ってただけあるわ、この人なんか変」と言っていて…でも、そうだよ、この笑い方だ。態度や言動に毒があっても笑顔は本当に天使…って言っちゃうと語弊が生まれるかもしれないけど…うん兎に角天真爛漫で、見てるこっちの方がくすぐったくてたまらなくなる。この人の笑顔はそれくらいパワーがあるんだ。
「はー。ごめんごめん、きみら面白い!やめてよ腹筋痛くなんじゃん。や、えっとね、経験ないわけじゃないんだけど。俺が参加する意義あるんかなーって。まず1人だけ大学生いるってまずくない?しかもキミとは初対面なわけだし」
「え…や、大丈夫っす、俺人見知りしないんで」
「だろうね」
またゆーくんが一人で笑い出した。笑いが収まるのを待ってられなかった僕はどもりながらも岡田に加勢をする
「ゆ、ゆーくん…来ませんか?あの、お酒も!おいしい料理も、ありますし…」
ゆーくんは笑うのをやめ、僕の顔をじっと見つめる。え。笑われっぱなしにも困るけれど、そんな風に急に感情のこもらない顔で見つめられると逆に困る。やっぱりまだメールのこと根に持ってるの?てめーはしゃしゃりででくんなって言われてるの?どうしよう、この機会にちゃんと謝るべきなのか?出過ぎたことをしてしまったような気がして、ものすごい後悔の念がわき上がって来る。恥ずかしい、
恥ずかしい。
「…ぷ、きみなんでそんな困った顔してんのさ」
いきなりゆーくんの表情が柔らかくなったと思ったらあの例の意外に大きな手が僕の頭にのせられる。ああ。なんで。出かかった言葉は行き場をなくし、僕はうつむいて黙り込んでしまう。うそだろ悟、なんでこの程度のことで泣きそうになってんだ?
「ま、今日は暇ですし」
「お?お?」
「現在の高校生の実態とやらを身を持って体感させていただきましょーか」
「おっしゃきたー!あざーす!」
「うーす」
岡田が感無量と言わんばかりの顔つきで、右手を胸に当てる。ゆーくんは岡田のノリに合わせて軽く敬礼した。なんだ、これ
****
店のドアをくぐり、さっき入店したときみたいに3人縦列して、ほの暗い店内の通路をすり抜けて行く。まあさっきと大きく違うのは皇帝が家庭教師に入れ替わったところだろう。すれ違う女性の店員さんや、若い女性のお客さんたちが、ゆーくんにさりげなく視線を送ってるのが後ろにいる僕からは手に取るようにわかった。男の人がかわいい女の子見てると不機嫌になるのに自分たちはいいんだもんなあ、…まあ気持ちはわからんでもないけど!
等の本人はたいして面白くもなさそうな顔で店内を見回しながら歩いている。大学生だもんなーこんな場所行き慣れているのかもしれない
「どうすかー笠原さん緊張してます?」
僕の後ろを歩く岡田が手持ち無沙汰なのか、ゆーくんに声をかける。
「うんどきどきだねー」
全くしていないようだ。
「ていうか」
ゆーくんが何が不満なのか憮然とした顔でこちらに振り向き、立ち止まった。合わせて僕らも足を止める
「…さっき通った店員さん、香水つけてたよね。飲食店で働いてる自覚が足りないのではないでしょーか」
「全く同感ですね、はい」
「飲食業なめてますね、ちょっとしめてきてやりましょうか!頭のネジ!」
「なんかそのヤクザの手下の雑兵たちみたいな同意の仕方やだなー」
すだれのようなもので仕切られた、奥の左隅、僕らが座っていた席がみえてきた。
「うーす!みんな、元気か!」
岡田が店中に響き渡るような大きな声で発声すると、皇帝が情けない顔で振り返った。
「どんなノリで帰ってきたのおかえり!ってか岡ちんおせえよ!俺のハーレム状態にも限界がってものが…え、誰それ」
「ぷ。こんばんはー」
「あ、こんばんは…」
先頭にいるのに最後にゆーくんについて聞くとはさすが皇帝だ、こんなときでも場の空気を読むことに重きを置いているのだろう。脱帽だ。後ろからはゆーくんの表情はみえない。気になる。
「この方は家庭教師だ。なんでも聞くといい」
「俺英語が苦手でー。ちがうちがうそんなことじゃなくてだな!えっなんで?どんな成り行きで今に至ったんだよ説明しろよ!」
「仕方ないなう。さーちゃんの様子見に行ったなう。んん〜夜風がきもちいなう。ばったり家庭教師にあうなう。意気投合気持ち通じあう!そして今、なう!」
「岡ちんが流行に流されてる!そしていまいち波に乗れてない!」
岡田とヨシヒサの絶妙に噛み合ない会話は続く。
だが女子達の会話はとっくに止まっていた。
なぜなら彼女らの視線は新たな登場人物に注がれていたからだ。
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