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「あ、どうやら到着みたいだ」
岡田がひたと足を止めて、左前方の建物を指差す。ふむ外観は、流行りのモダンな居酒屋って感じだな。白い外壁に深い色の柱がよく映えるその小洒落た建物の見た目に、僕はまず圧倒されてしまう。ていうか…最近の若者はこんなとこで合コンするんだな。合コンってカラオケ屋とかでバカ騒ぎしながらするような、下卑なイメージだったから拍子抜けだ。おそらく、いや確実にヨシヒサのチョイスだろう。ふむ、あいつらしくて、気持ち悪い。
「どうやらって…岡田たちもここの店初めてなん?」
「いや、いつもここだけど」
「わけわからん」
「あーん?テメー岡ちんに突っかかってんじゃねーよ」
B級映画に出てくるチンピラのように柄の悪い上目遣いで、わざとらしく身を乗り出してくるヨシヒサ。シカトすればいいのに、僕は思わずヨシヒサの方を振り仰ぐ。
だ、だめだここで空気を濁す訳には!
「や、つ、突っかかってるっていうか…別に、そんな」
そんでどもる僕。嗚呼、我ながら極端すぎる。
ヨシヒサも僕の反応に驚いているのだろう。また例のポカンとしたアホ面でこっちを凝視している。そして妙な沈黙。ある意味空気を濁してしまった。
でも今のはただ純粋に岡田の言葉について突っ込んだだけじゃないか!2人のときはこれが普通なんだよ馬鹿、部外者のくせに!いや、まあ今日は僕が明らかに部外者だ!でも納得いかないじゃないか!咄嗟に言い返せなかったのがひどく悔しかった僕は、むっつり黙りこくるという幼稚な抵抗をとることにした。
「…突っかかってないなら、なんなんだよ」
「……ぷーい」
「なんだその反応!腹立つ且つ気色悪い!」
なんだかまだ3人で歩いていたかった、なんて血迷ったことを一瞬でも思った自分に説教してやりたい気分だ。いつまでいつかの二の舞を繰り返すんだ僕は!
「まあまあ、潰し合いはそこらへんにして」
岡田が僕とヨシヒサの襟首を引っ張る。
ぐえ。
…途端に大人しくなる奴が滑稽だ。まあ僕もですが。
「なんか今日俺、二人の間に入ること多いよなー。なんだこの特に嬉しくない状況は!あ、そんなことより最終チェックはいいんですかヨシヒサ君」
「あっ、そうだった!」
ヨシヒサは突如僕らの目の前を横切ると縁石に駆け上がり、いそいそと鞄からなにか取り出した。なんだ光が反射して眩しい…あれは…鏡?それも教科書サイズほどの大きさだ。奴はそれを頭上まで持ち上げ、微妙に動かしては調整してを繰り返している。
「見ろよさーちゃん、ヨシヒサ鏡に向かって微笑んでやがる」
どうやら街灯の明かりを頼りにして、髪型などのチェックをしてるらしい。目線はそのまま、顔の角度を変えて微笑んで、また角度を変えて…それらの動作を反復している様は僕をどん引きさせるのに十分の威力を持っていた。
「…なんていうか、腹立つ且つ気色悪い且つヨシヒサ!の三拍子揃ってるな」
「よし。こっちはおっけいだぜ岡ちん!あ、なあなあ後ろは?後ろ!」
奴は縁石に乗ったまま今度は傍に立っていた道路標識のポールを片手で握り、くるりと半回転する。洗練された美しい動きのようで実はそうでもないどうでもいい動作だ。
「うん、いつも通り頭以外正常だ。」
「よしオッケー!岡ちんは、まあ大丈夫だよな。じゃ、いくか!って…」
ヨシヒサが興味のなさそうな顔でこっちを振り向く。つられるようにして岡田がゆっくりこっちを見る。なんだこいつら人のことじろじろ見やがって。
二人に頭のてっぺんからつま先まで舐め回すように見られて、僕は若干顔が熱くなる。念のため言っておくが、照れちゃったわけじゃない。僕の全身を評価しているような居心地の悪い視線に、緊張してしまったのだ。…かっこわる。
「…ま服装はダサくはねーし大丈夫だろ」
「はあ」
「さーちゃんオシャレだもんなー」
「はあ」
一気に力が抜ける。これでもうダサイとか言われたら泣くしかないもんな。安心した僕は、じゃあ突撃ーと店のドアに向かうヨシヒサの後ろに続く。しかし、直ぐさま「あ、でも待った」という岡田の言葉によって意識を後ろへと呼び戻される。
「うーん…髪はもすこし立たせておっけーかと。」
慣れた手つきで岡田が僕の髪の毛に触れる。たまに僕の首筋に岡田の手が触れて、くすぐったい。僕はどうもワックスの使い方のコツがつかめてないようで、岡田は時々僕の髪型を直してくれる。母ちゃんか。
「お、おう。さんきゅ」
「うむ」
「…あれ、岡ちんって」
岡田の一連の行動を見ていたヨシヒサの馬鹿が、何か言いいかけるのが聞こえた時だった。
店のドアが、勢いよく開いた。
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