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5


緩やかなテンポの洋楽。聞き慣れた着信音。

僕たちの視線が、電話の持ち主である岡田に集中する。


「…やべ、ごめん電話きた。ちょっとたんま」

岡田は電話の通話口を抑えながら、僕たちの返答を聴かずに歩き出した。電話してくんなつったろうが、と岡田の凄むような声が遠ざかっていく。電話の相手はおそらく親父さんだろう

じゃあこの間に用事ができたとか適当に言って帰ってしまおうか。そう考えて、後ずさった時だった。向こうへ行ったはずの岡田が足早に戻ってきた。…なんだ早かったな。大股でずんずん歩いてくる彼をぼんやり目で追う。すると岡田は僕の目の前で止まり、荒々しい仕草で襟首を自分の方へ引っ張った。突然のことで、抵抗出来るはずもなく僕はそのまま半身を持ってかれる。何事かと固まっていると、耳元で岡田がなにか呟いた。

「…とか思うなよ」

「…え、ごめん何て?」

「だから、帰ろうとか思うなよって」

ちくしょう、完璧に考えを読まれていたか。射抜くような岡田の目が、以前見た誰かの目に似ていると思った。

「帰る訳…ないだろ」

「ならよーし!」

一気に声音も表情も柔らかくなったかと思うと、ぱっと手が離された。軽くバランスを崩した僕は、地面にへたりと尻餅をつく。「さーちゃんだせーなー」と笑いながら、岡田は何事もなかったかのように再び歩き出す。

「…岡ちんどこいくの?」

若干存在を忘れかけられた奴が我に返ったかのように岡田に声を掛けた

「やーまだ電話終わんなくてさー、も少し待っててくれ!」

岡田がオブジェの向こう側へと姿を消す。あっけにとられていた僕は、人ごみがさっきよりも増えたことに気付く。あたりはもう暗くなり始めていて、街のネオンがばちばちと輝きだしていた。確か合コンが7時開始だったから、今は6時半くらいってとこだろうか。それにしてもなんだこのカップル率の高さは。そしてそんな夜に何故僕は親友の友達と一緒にいるんだ。

ふいに奴が気になった僕は、尻餅をついたままの体勢で、ちらりと奴を見やる。案の定ヨシヒサは不思議そうな顔で、岡田の歩いていった方向を見ていた。すると奴は、向こうを見つめたまま、

「…岡ちんってさ、結構謎だよな」と呟いた。
独り言かもしれないので返答するか迷ったが、さっきの気まずさから逃れたい気持ちもあったので答えることにする。

「…そーか?」

「うん。なんか時々遊んでても、ああやって電話かかってくんだよ。誰から電話だよーつっても濁されるし」

そういえば、岡田が時々教室の外で電話してるのは目にする。でも電話が掛かってきたら出るのは極々自然なことであって、なんら他人が口を挟むことじゃないだろ。何をこいつは憂いているのかが僕には分からなかった

「岡田が誰といつ電話しようが関係なくない?お前に。…勿論俺にも」

「わかってるけどよう、気にならねー?」

だからってお前が嗅ぎ回っていいのかよと、過剰に岡田の行動を訝しむ奴を言い負かしたい衝動に駆られたが、なんとか踏みとどまる。

「別に…誰だって秘密とか言いたくないことくらいあんだろうし。あんまし詮索してやんなよ」

今度は喧嘩腰にならないように、穏やかな口調を心がけた。とりあえず今日くらいはうまくやらないと、せっかく誘ってくれた岡田に顔向けが出来ない

「…冷てーもんだな、それでもお前ら友達かよ」

コイツの口から友達とかいう単語が出たことに若干の薄ら寒さを覚えながら、どういえば相手に伝わるのかを考える。ていうか老婆心甚だしいのもいい加減にしてほしい。第一、部外者のお前になんで僕たちの仲についてまで言われなければいけないんだ

「普通そーゆうの心配じゃねーの?」

僕は大袈裟にため息を吐いた。

「何を心配する必要があんの。お互いに何か抱えてても全部相手に報告する必要がどこにあるわけ?そんなべだべたしたうざったいのが友情なら、こっちからお断りだ」

奴は口を開けたまま目を瞬かせる。…なんだよそのまぬけな顔は。かと思えば次の瞬間には、激しく首を左右に振った。皮肉じゃなくて、僕は本当にコイツの言いたいことが分からない。

「違う違う、だからな、俺は喧嘩したくて言ってるわけじゃなくてだな!…あー…うん。いい。いいわ別に、もういいわ」

奴がぷいと横を向く。子供か。なんだよその、お前の話はもう聞きたくない、お前はなんにもわかってないといわんばかりの顔つきは。こっちの台詞だっつうの。

お願いだ岡田帰らないから早く戻ってきて

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