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「…あの、ゆーくん、冗談ですよね」
「うんジョーク。でもごめん、名前覚えてない」
全く反省の色が見えないような平然とした顔もイケメンだ。なんかこっちが名前間違えてるか不安になる。違うよ、僕はさこんじじゃないよ安心して、僕。
「でも君の名前が、さから始まるのは覚えてるかもしれない」
「や、絶対僕がさーちゃんさーちゃん言ってるからですよね」
「うん、ばれちった。で、君の名前なんなんだっけ」
もうこの面倒くさい会話を終わらせようとしてるのが丸わかりだ。せめて隠してください先生
「…さとしです」
「悟りを開くとかの悟?」
「そです」
「いー名前だねー」
なんだろうか、心の籠もってない言葉ってこんな感じなのか。身を持って体験することになるとは思ってもみなかったぜ
ゆーくんは教科書を開いて、もう勉強を教える体制に入っている。でも生憎切り替えが早くない僕はシャーペンを、突き出した口の上に乗せ鼻に挟みながら、なんとか雑談を引き延ばす
「ではこれから名前呼べますな、ゆーくん。悟で大丈夫すよ、さーちゃんが長いのならば…」
「さとし、って3文字だよね。やっぱ君の方が2文字で簡潔だから、君ってゆーよ。という訳で、君も休憩できたでしょ、さっさと勉強しましょーか」
「…やっぱりこうなるのか…」
ああ、非常に面白くない
****
蝉の鳴き声を遮るような昼休みのチャイムが鳴って、僕は友達の岡田と空き教室に走った。最近僕のクラスは、センター試験前とあって、昼休みもピリピリしたムードで居心地が悪い。まぁ受験生だからそれが普通なのかもしれないけど、例外もいる。
「最近クラスいづれーよな。俺ら完璧浮いてる」
お前の、黄と黒のツートンになってる髪の方が浮いてるよと思いながら相槌を打つ。岡田は中学からの友達で、昔から変に閉鎖的だった僕のよき理解者だ。たぶん岡田も変な奴だから波長が合うのだと思う。
「おう上空一万メートルくらい浮いてるよ。俺が笑い声上げただけでみんな睨むしなー」
「おうそれはさーちゃんの引き笑いが気持ち悪いからだよな」
「えっ俺引き笑い?引き笑いなのかな?」
「なんで嬉しそうなんだよ」
空き教室の中の気温も上昇してるようで、徐々に会話も少なくなっていく。互いに箸をすすめるのに必死だ
「…な、俺限界だわ、上脱いでい?」
「おー脱げ脱げ」
ガタンと椅子から立ち上がり、岡田は学校指定の白いYシャツを脱ぎ始める。僕はそれを横目にみながら、ぱっさぱさに乾いた粉ふき芋を口に含む。咀嚼に四苦八苦していると、あることに気付いた。
「え、なぁ岡田、それってブランドもんじゃん」
僕の視線の先には、有名なメンズブランドのロゴが控えめに入ったTシャツを着てる岡田の姿があった。Yシャツの下に着ていたんだろうが、人から見えないとこにブランドもんを着るなんて、やっぱりオシャレな奴は違うなー
「えーこのTシャツ?…あら、本当だな。ブランドみたい」
岡田はTシャツの背中の部分にあたる生地を引っ張って、目で確認する。
「おいおい知らなかったん」
「おう。貰ったからなんも考えずに着てきた」
岡田は長身で野生的な顔の、所謂イケメンの部類に入る男だ。俺はどうなのって?…聞くな。
「岡田さー前から思ってたけど結構身の回りのものいいの使ってるよなーでも全部貰いモンなんだよな」
「おう買うわけねーよ勿体ない」
岡田は倹約家だし、僕も岡田も今はバイトしてない筈だから、自分で買えるわけがないのだ。じゃあ、だれに?
「じゃあ誰に貰ってんのいつも」
何気なく質問すると、岡田は黙ってしまった。聞いちゃダメだったのかもと僕は不安になる。時々何気ない言葉で人は人を傷つけてしまって、取り返しのつかないことになったりするから。
「あちぃなさーちゃん。」
「そだな」
喋ったかと思うと岡田はTシャツを脱ぎだした。暑さでおかしくなったのか、おい。上半身裸でまた席に座り弁当を食べ出す。あからさまに話を終わらされるが、内心少しホッとする小さい自分がいた。
「触れるなってことですな」
「おうよタッチミーよ」
「…僕に触ってになってるよ。なんか上半身裸だから変態ぽいよ。正しくはドントタッチミーな」
岡田はくつくつと笑う。笑うと尖った八重歯が覗くので、肉食獣みたいな顔になるのは否めない。
でも、こいつの笑った顔は嫌いじゃない。
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