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嗚呼いっそこの手にすがってしまいたい。
頭の上に乗っていた彼の手の重さがなくなる。僕の情けない考えを読まれたのだろうか
「ゆ…ゆーくんは優しすぎるんですよもっと厳しくしてくれても、いいですよ」
そうしないと岡田はおろか、ゆーくんの優しさにまでどっぷりと浸かってしまいそうだ。うまく距離を保つ予定だったのに、ゆーくんは簡単に僕の引いたラインを超えてくるからある意味困る。
するとゆーくんは僕の言葉に口の端だけで微笑んだ。
「君の言う厳しくって…勉強の難易度上げるとか勉強中は私語厳禁にしちゃうとか?」
「…竹刀を片手に僕の後ろに立つとか」
「いつの時代のスパルタ?」
ゆーくんは、俺竹刀なんか持ってないしあはははと快活に笑った後、またさっきの口の端だけで笑う表情を作った。
「先に言っとくけど俺全然優しくないよむしろ歪んでるし」
「…そうですか?」
「そうですよ」
確かに多少ならずとも歪んでそうな感じはするけど…彼が言うほど、ゆーくんは歪んでないと僕は思う。
「じゃあそういうことでいいですけど…でも僕がなんかゆーくんの気に障るようなことしたらきちんと叱ってください」
言ってみてふと思う。…忠犬宣言みたいだ。しかも叱ってくたさいって…俺はいつからマゾヒストになったんだよ。ゆーくんは先程と同じ口の端だけの微笑みを、一層濃ゆくした。しまった扱い易いやつと思われたかな
「…気に障ることやる予定なの?」
…いや違うこの人は人の揚げ足をとるのが得意なようだ。うんそうだきっと。
「だってさ叱るのってエネルギーいるから面倒くさいんだよね」
「…なら『コラ!』程度でいいですから」
「コラ」
ゆーくんは柔らかく握り拳を作って、こっちに向かって突き出した。しかも片頬を膨らませるというオプションつきだ
「…ありがとうございます」
「意味わかんない」
うーんいいもの見させてもらった。怪訝そうな顔をするゆーくんを見て馬鹿みたいに嬉しくなる。変な子って思われてるかもしれないけど、そっちの方が構われてる感じがするから好都合ってもんだ。さっきの仕草録画しときたいくらいかわいかったなと思いつつ、机の上に置いていた携帯に何気なく手を伸ばす。近代の日本人は感情が高ぶると携帯触るらしいです。なんちゃって
ついでに何気なくメールボックスを開く。未読0件。…よし、今なら伝えられるかもしれない
今日はなんかごめん。とぱちぱちと文字を入力する。いつも通り絵文字は無い。我ながら簡素すぎる気もするけど、他になんて言えばいいかわからないから仕方ない。…それに、岡田なら分かってくれる筈だ。
「なーんか君さ」
送信ボタンを押す。FLASHの画面のカクカクした動きが、メールが相手に届いたことを知らせた。
「………みたいだよね」
ゆーくんの静かな言葉に、はっと意識を引き戻される。くそ、せっかく話してくれてるのに最初の方がよく聞こえなかった
「す、すみませんゆーくん、ちょっと聞いてませんでした。…何て言ったんですか?」
「…さぁなんだろね」
ゆーくんはニコニコ笑っている。つられて僕も笑うが、ゆーくんの笑顔にどこか違和感を感じた。ゆーくんは笑みを崩さない。
「え、ほんと何言ったんですか?」
「聞きたい?」
いたずらっ子のように目を細めるゆーくん。
「き、聞きたいっす」
その時携帯が耳障りな音を立てながら振動し始めた。慌てて携帯をとると新着メールが一件。岡田だ。
『きにするなよ−』
受信メールにはたった一行、僕に負けず劣らず簡素な文字達が並んでいた。あまりに岡田らしくて思わず、ぶはっと吹き出してしまう。
「君ってなんか女の子みたいだねって言ったんだよ」
「えっ?ご、ご、ごめんなさい、また聞いてませんでした…あのもう一度…」
「…さ、携帯しまって。勉強始めましょーか」
まさか二回もゆーくんの言葉を聞き逃すとは…。僕は自分の失態にがっくりと肩を落とし、そんな僕の様子をみて笑う彼につられて、よくわらからない笑みを作った。
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