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話の終わりが見えてきたからか、ゆーくんが自身の鞄から教材を取り出し始めた。僕もノートをのろのろと開いて、やる気だけはあることを示すことにする。

「あ、今更で悪いんだけどさ、ひとつ聞いてもいい?」

ゆーくんのぐりりとした瞳がこちらを射抜く。チワワみたいな目してるくせに、鷹の目のような鋭い光があるから不思議だ。ゆーくんがこんな目をする時は、大抵論戦に持ち込まれると僕は今までで学んだ。

「ほら、君さっき進路迷ってるって言ったよね?俺は最初に君と君のお母さんに聞いた、南江の経済学部ってことで進めていってるけど、いいの?」

南江大学は4年制の私立大学で、今のところ僕の志望校だ。今のとこって…いやここしかないと決まってるのに何に対して、保険かけちゃってるんだろう。家から通学できる範囲だし、私立にしては学費も安い。おまけに資格も取りやすい環境で。何を迷うことがあるんだ

「…たぶん、おそらくきっと大丈夫です。心配しなくてもこんまま、南江にすすむと思う、ので…」

「また曖昧だなー…そーゆのがいちばん困るんだよなー」

ゆーくんは目を閉じ、自身のふわふわした髪をくしゃりと乱す。突き放された感じがしたので僕は慌てて、さっきの発言を撤回する

「大丈夫ですから!どーせ、無理なんで。迷ってると言っても現実逃避に近い話です」

「じゃ話してみてよ」
「何を?」
「君の、その現実逃避に近い話」

ゆーくんの視線から逃げるように筆箱を開いて、シャーペンを握る

「…や、ほんともう勉強しないと………え?」

瞬間、手首を掴まれた。シャーペンがノートの上に転がる。ゆーくんの繊細な、でも意外と大きな手だ。触れられたとこが焼けるように熱い。分かってるゆーくんじゃなくて僕が熱いんだ。顔は平静を保ってるつもりだけど、きっとこの赤色は隠せてない

「話して」

さっきの突き放すような言い方じゃなく、今度はいつもの優しげな心地よい低音が鼓膜を揺らす。

「笑いませんか?」

「え、笑わないよ」

ゆーくんが僕の心配を杞憂だと笑う。
僕は誰かに悩みを相談することが苦手だ。誰かに悩みを打ち明けてもろくなことにはならないことを、僕はだいぶ前から気付いているから。的外れなアドバイスや励ましに虚しくなりたくない。他人と僕の価値観に、絶対的な溝を感じるのも、もう懲り懲りだ。

でもゆーくんは僕の言葉を待ってるから、僕は。



「…その、実は昔から、僕絵を描くのが好きで」

少し反応を待ったがなんの反応も返ってこない。不安になってゆーくんの方をみると、彼は彼で話の続きを話さない僕を不思議そうに見ていた。

「ん?どーかした?」
「や…聞いてるかなって…」
「聞いてるよ?…あ、相槌うたなきゃ話にくいよね?」
「出来れば…」
「おっけ、…で続きは?」

誰かに手懐けられることが、こんなに心地いいことだとは知らなかった。…違う僕はそんな特殊な趣向は持ってない

「えっとだから絵…好きで、…ホントは高校進学考えたときも、美術系の高校も考えてたんです」

ゆーくんは無言で首を縦に揺らす。思ったよりも真剣に聞いてくれているようだ

「でも…僕は、そのとき世の中で不況だ不況だ声高に叫ばれてたのを真に受けてっていうか…将来が保障されてない道を行くのが、怖くなっちゃって。」

担任と母親に相談してみたはいいものの、もう一回よく考えてみなさいと言われた。冷静になりなさいとも言われた。自分なりに、これ以上ないってくらい考えた結果だったからショックだった。相手が自分を大切に思ってくれている気持ちが伝わってるから尚更、それを裏切っている気がした。


普通でいいんだ。大きな成功も高いリスクを背負いながら勝ち取るものならいらない。好きなことをしてお金を稼いでるのは、どうせ極少数の選ばれた人達なんだ。選ばれなかった大多数の人達は『大変だけどやりがいがある仕事』だと適当に誤魔化して、今の仕事に満足してるふりをしてるんだ。

なら僕だって。

「確かに今通ってる高校に比べたら、行きたかったデザイン学校は経済的な面で無理もあったけど」

諦めろ、まだ諦められる。

そう言い聞かせて蓋をした。

「中学生だからもっとでっかい、馬鹿みたいな夢みてもよかったのに。臆病で」

自信も無くてマイナス思考で諦め早くて怠惰で。


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