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僕は今、非常に面白くない。
「あんさ、正直こっちも困るんだ」
「…はい」
「俺もねー、君のおかーさん達にお金貰ってるから心苦しい」
「…いやホントに申し訳ないですはい」
受験生だというのに勉強もせず怠惰な生活を送っていた僕を見かねて、2週間前、親が家庭教師を雇った。最初はこれ以上勉強したら気が狂うとか言ったりして無駄な抵抗をしてみた。しかし慣れというものは怖い。今となっては、その先生は週3日(一回2時間)というペースで家を出入りしている。
で、そのカテキョの先生が今、心底怠そうに見てるのは、何を隠そう僕の模試の結果である。
「ほんとこれひどいね涙出そう俺」
「……。」
正直、僕はこの人のことがあんまり、…結構、気に入らない訳で。
その理由を幾つか挙げていくとすれば、
「でもさー…あはは、ほんと見事に点数が右肩下がりだね」
笑顔で人の傷口をほじくり返し、
「…日本のGDP推移グラフを再現してみました」
「ふーん。ならもう少し起伏の《起》の部分もあっていーけどね」
その上から塩を揉み込むような心ない言動をするのが一つ。
「は、はは…ゆーくんが僕くらいの頃は、そりゃもー右肩上がりで仕方ないくらいでしたよね!やっぱり頭の出来が違うというか
「ううん、ヘータンだよ。ヘータン。」
「へー…タン?」
「ん、平坦。あんま下がったことない…てか、だいたい点数キープで上がりもしないんだけど」
某有名国立大学在学中のエリート街道まっしぐらの秀才君で、僕が57人くらい揃っても絶対に適わない頭の持ち主だということが一つ。
「…や、違うんだ自慢とかじゃなくて、だから…やったら結果は誰にでもちゃんと見えるとゆーことを言いたいんだよ?」
「分かります…すみません。次からもっと、頑張る、ので」
「次?今からじゃなくて?」
極めつけは、
「今から!今この瞬間から!」
「あは、よろしーよろしー」
こんな風に笑ってる時の表情や、ふとした時の仕草は同性の僕でもドキッとするような、
例の如く眉目秀麗なハンサムボーイだということ。てかこれが一番悔しい。でもそのハンサムの種類もなんていうのかな、ゆるい雰囲気が出てるから嫌味ぽくなくて、また憎い。
「まー俺も勉強たりーとか思うことあったし今でもあるから分からんでもないよ、みんなそーだからさ」
…おまけにそれらを鼻にかけなない、徳のある人だというのも、補足しておこう。
とにかく、天は二物を与えないとか言った故人も「あ、やっぱそういう人もいるよねー」と言いたくなるような、完璧な男なのだ。同じ男として、僕が勝てるといえばなんだろうか…卑屈さ?
とか色々考えてたら、急に張本人が顔を上げた。頭の回転も早く如才の無い人だから、まさか胸中の呟きに気付いたのだろうかと緊迫する。
「てかねひとつ気になってることがあるんだー」
「な、なんですかゆーくん」
僕の返答に不思議そうに首を傾げたので、僕も思わず首を傾ぐ。なんだこれ
「…そのゆーくん、って何?」
「え?親しく感じるじゃないですかあだ名って。なんか。」
まあ半分以上嫌味で呼んでるのだけども。
「別に親しく感じる必要もないよねー俺もいちおー先生だかんねー。第一さ年下から、くん付けされるって違和感半端なくない?」
にっこり笑ってるけど、(不愉快だからやめろよその呼び方)としっかり顔に出てる。いや…わざとなのか、あえてのわざと出しなのか。でも負けじと言い返そうと僕も口を開く。
「でもせっかくなんだし、ね!最初の授業のとき言ったじゃないすか〜僕のことはさーちゃんと呼んでください、て!」
「なんか言ってたっけ?あははーごめんどうでもいいことスルーしちゃうんだよね」
あっさりと切り捨てやがった。
「ゆ、ゆーくんったら…さーちゃんて呼んでくれて全然構わないっすよ!フレンドリーに!」
「さーちゃんて恥ずかしくない?自分でゆって。それに5文字長いよー」
僕は僕がしゅるしゅると小さくしぼんでいく様な錯覚を受ける。口で適う筈ないのだいくらでも機転の利く相手に。なんか落ち込んできた。
「ならばゆーくんが作ってくださいよ僕のあだ名を」
「んー君の、あだ名ねぇ…ニックネーム、愛称、呼称、呼び名…」
苦し紛れに出た僕の要求に、意外にも黙り込むゆーくん。ゆるくパーマのかかった栗色の髪を触りながら、考えに耽っているようだ。
「あ。」
「何何?思いついた?」
「枝毛あった。やべ。あれ、なんの話だったっけ」
拳をぐっと抑える僕。
「僕のあだ名を考える、です」
「あーそだったそだった。えと名前なんだっけ、さこんじ?」
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