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サン・フレンド

ある晴れた日の午後、大学の午後の講義をさぼった俺は近くの公園の樹の下にいた。ペンキの剥げた古いベンチは、60キロ近い体重の自分が横になると悲鳴を上げる。でも俺はいつものように平然と仰向けになった。大きな樹のお陰様で涼しいその場所は、だいぶ前から俺の昼寝ポイントだ。

木洩れ日が地面に、顔の上に、落ちてきてきらきら跳ねては揺れる

「風が気持ちいいな」

「空気も澄んでる気がするよな」

「うんなんか弁当でも食べたくなるよな」

「まぁ腹減ってないけどな」



上の会話は全部俺の独り言だ。おっと心配しないで欲しい。俺は頭がおかしいとか友達が居ないとかそんなんではない。だが都会の喧騒から逃れたいと思って見つけたこの場所はたまに、静かすぎて心細くなるから。
そう考えると気持ち程度の遊具はあるにしろ、今まで子供の姿をみたことがない。

「まるで異世界だぜ」

「都会の中のオアシス的な」

「うるさい」

「でもオアシスにしてはしょぼいわな」

上の会話は全て俺の独り言だ。と言いたいとこだが、ひとつだけ別の声が混ざっていたのに皆さんはお気づきだろうか。少なくとも俺は気づいた。

「うるさい」

「二回言ったな!?誰だよ!」

辺りを見回すが、人っ子ひとりいや、子供1人しかいない。






こいつか!


いつの間にか俺のベンチの前に小3くらいの子供が立っていた。身長は高くなくて髪はくるくる。たぶん10年後は俺と同じくらいイケメンになりそうな、子供のくせにきれいな顔をしている奴だと思った。生意気だ。

「しっしっ。向こういけ。子供は家帰って母ちゃんのおっぱい吸ってこい」

この場所で初めて子供を見たからって、一緒に遊んでやったりするような俺じゃない。

俺の言葉にそいつが目を剥いた

「うるさい。僕をばかにすると、ただじゃおかないぞ」


子供にしては案外低めな声が聞こえた次の瞬間、自分のでこっぱちに鋭い痛みを感じた。

「いてぇ!」

俺はベンチから転げ落ちて頭を抱える。なな何が起こったんだ。冷静に状況を振り返ってみれば、ベンチから転げ落ちるほどの痛みの正体は、どうやら前方から勢い良く飛んできた鋭い石が原因だったようだ。言わずもがな投げたのはあの生意気そうなガキ。当たった場所に手をやると、血が滲んだ。さぁっと血の気が引くのがわかる。俺は、血が、苦手だ。


「なまいきなな口をきくからだ。これにこりたらこれからは僕のリョウイキに入ってくるなよ。さもなければおま


子供が半回転しながら宙を舞った。さながらフィギュアスケーターのようだ。バカめ。渾身の力を込めた俺のビンタをモロに受けやがった。言っとくが子供だからって容赦しない。親の育て方が悪いんであって子供は悪くないとかいう戯言を全部の大人が言うと思うなよ。皆さん誤解しないでいただきたい、これは躾じゃない。


正義の下の、制裁だ


制裁を受けたガキは、黒目がどっかいくんじゃないかってくらいの勢いでこっちを睨んでいる。子供にしては迫力あるほうだろうが、自分の腹ほどの身長しかない奴に睨まれようが痛くも痒くもない

「…ゆるさないぞただじゃおかないぞ…」

「そこをなんとかタダでお願いしますよ〜」

ふざけた俺の返しに、ガキは素早くしゃがんで、辺りをきょろきょろし見回す。どうやらまた石を探しているようだ。…懲りない奴。

「いしいしいしいしいし…」

ぶつぶつ呪文のように「石」と呟きながら、しゃがんだまま地面を移動するガキ。実に滑稽な風景だ。つか石でしか攻撃できないのかこいつは
なんとなく面白くなってきた俺は、後ろから静かにそいつについていく。

上から見下ろすと、ガキのつむじがじんわり汗をかいていた。そこに太陽の光が当たってきらきらひかっている。子供と太陽は仲が良いってあながち嘘じゃないようだ。


「…お前暑くないの」

「…………」

シカトか。まぁ石探しに夢中で聞こえてないのかもな
するとじりじりと地面を這うように進む小さな塊が、ふいに砂地から浅い原っぱに進出した。石探ししてんじゃなかったのかよ

「おいそんなとこに石はねーぞ」

「いし…ある」

「ねーわ」

ガキはそれでも懸命に、背の低い雑草や花をふわふわと触りながら石を探している。そこまでされたら段々もう石持ってきてやろうかと思わんでもないが、直後に自分が攻撃されるのは目に見えてるからそうもいかない。
かといって日射病になられても困るよな。俺はふいに思いついて足元の雑草の一部を摘み取った。

「おらこっち向け」

「…………」

「ほら。これなんだ」

あくまでシカトするつもりのようなので、前に回り込んで中腰でガキの顔を覗きこむ。健気に露わになる鼻の頭の小さな水滴が、小さな口の横をすっと流れた

「…くさ?」
「まぁ草は草だけどよ!四つ葉のクローバーだろ。願いが叶うとかいうよー知らないのかよ?」

予想に反して子供は怪訝な顔を浮かべている。えー四つ葉のクローバー貰ったら、本のしおりとかにして干からびても持ってる女子いたよな?そんな神聖で清純なアイテム通じないとか…恐すぎるぜ、現代っ子。

「願いかなう…?」

「かなうかなう。俺もガキのころ身長伸びますようにってお願いしたら、こんなんなったもん。願う価値あるあるあるわ絶対」

まぁ元々親父がでかいから100パー遺伝だけど。でも四つ葉のクローバーと俺の顔を交互にみ比べている顔に、警戒心は消えていた

「…ちょうだい」

「ほら」

手につまんでた四つ葉を、俺の手に触れないよう慎重に受け取ったあと、ガキはそれを額に当て目を閉じた。どうやら素直に願いごとをしているようだ。ここらへんはまだ子供らしさが残ってるじゃんか

ガキは随分長く願いごとをしている。欲張りだなぁ


…おっとあまりの真剣さに俺としたことが茶々を入れるのを忘れていた。

「何て願いごとしたんだよ」
「ありがとう」

「どうせ俺が痛い目にあうようにとかだろ」
「ありがとう」


「ありがとう」

嬉しいみたいだ。初めてガキの白い歯が顔を出した。愚直といってもいいくらいの素直さに、ちくりと罪悪感が胸を刺した。…知らないふりをした。

ガキが立ち上がって四つ葉を持ったまま、踊るようにくるくる回り始めた。
いい風が吹いた。ガキと一緒に遊んでいるみたいだ

日常の中のワンシーンの筈なのに、あまりに非日常的に見えた。古い洋画を観てるような美しさだ。
また風が吹いて、こっちを見ながら子供が笑った。






一週間後俺は再びあの公園にいた。今度はサボリじゃないし、目的は昼寝でもない。あのガキがいる気がしてなんとなくだ。
気持ち程度の遊具に、照りつける太陽。この前となんら変わり映えのしない景色。ただひとつ異変があるとするなら、

あのでかい樹がないことだ。



…無い。どこにもない。周りの景色は、昔から生えてなかったといわんばかりに平然としているが、俺は知ってる。確かにここで気持ちよさそうに揺れていた

呆然と樹の生えていた場所に立ちすくんでいると、作業着を着たおっさんが横に並んだ。

「切っちゃったよ」

切っちゃったんだよなぁ。
もう一度おっさんは後悔のにじみ出てる声を繰り返すと、勝手に喋り出す

「ここにあったばかでかい樹なんだけどさ、結構前だけど…首吊りがあったんだよ。勿論すぐさま死体は処理はされたけどよ…それ以来気味悪がっちゃって子供もよりつきやしない。今まで樹を世話してた地主も知らん顔だよ。でもさ…誰も手入れしなくなったその樹が健康そうなんだよ。それが益々不気味でな」

ということは自分は、死体のぶら下がっていた樹の下に寝ていたというのか。それは…ちょっと物凄い…嫌だ……。俺の静かな落胆に気付かずにおっさんは続ける

「で、最近その地主のじいさんもぽっくり逝っちゃったもんだから、市が土地買い取ってまた施設を建てることになったんだよ」

ということはこの公園もいずれ無くなるのだろう。


「“明日こそはきっと、前みたいに子供たちが大勢やってくる”」

「はい?」



「…前現場の下見に来たとき、そんな風に言ってる気がしたんだよなー…あの樹が。枝を一生懸命揺らしてさ。可哀想に。もう切っちゃったけどな」


おっさんは大きな樹があった場所を見て目を細めると、缶コーヒーを片手に現場の仲間の方へ戻っていった。
今はぽっかりと空だけが映る、木の生えていた空間を見上げていた視線を、地面の方へ落とす。砂地にひとつ、四つ葉が落ちていた。



「願いごと、は」


あの子供が願ったのは、絶対に叶わないものだった。
最後にあの子供が縋った四つ葉も、偽物だ。俺のポケットに入った引きちぎられた葉の一枚は、何よりそれを証明していた。

ごめんの一言が自然と口から滑り落ちた。




たぶんもう、二度とあの変な子供には会えない。






























もうあの風は吹かない。

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