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木枯らし(短編 影踏み 続編)


襟口に口元を埋めて、手先をこすり合わせる。
何度も、何度も。


手先が暖かくなったというよりも、しびれて感覚が麻痺していくのを確認してまた作業に戻る。

冬の練習は辛い。

選手ならきっとなおさら辛いんだろうけど、何かと水仕事が多いマネージャーの仕事も正直しんどい。しばらくがむしゃらに手を動かすと、その動きに比例してスパイクの泥汚れがどんどん排水溝に吸い込まれて行った。今日の朝母さんにハンドクリームいるかって聞かれていらん言うたけど、貰っとくべきやったわ。

やっと辛い水仕事にも終わりがみえてきて、一息ついたときだ、グラウンドの方が心なしか騒がしい気がした。立ち上がってその方向に目を向ける。

グラウンドの真ん中にサッカー部員が半円の形で集合していて、その真ん中に髪の長い女の人がいた。
誰やろか。
練習で上気している部員の中に、今の自分が入っていくのがなんとなく躊躇われたので、手洗い場の前で小さく礼だけして、その場で話にかたる。

「3年以外知らんと思うから紹介するわな。この人は、昔サッカー部のマネやってた加奈子さん。俺らが1年のときに3年で、お世話になった人やねん」
キャプテンが言ったあと、彼女は部員全員をゆっくり見渡して笑顔を作る。

「お世話なんて、大層なことしてへんのだけど…久々近くに通りかかったから寄ってみました。今は真面目に大学生やってまーす。みんなよろしくね」

サッカー部のマネやる女の子は可愛い子多いって聞くけど、あながち間違いじゃないでなあ。きれいな人やあ、今はお化粧してるけど、高校生のときはたぶんもっとこう…あどけなくて明るい感じの子やったんやろうなあ。

部員の1年生と2年生は、あか抜けてるなあって憧れのまなざしで加奈子さんを見つめてるみたいだ。
融…あいつ欠伸してるわ、暢気な奴や。口ではそう言いながらも、口角が上がるのをやめられない俺。

あの日以来益々融との距離は開いて、夏が終わり秋が来て、ほんでもう冬になった。毎日毎日、部活から帰ったら明日こそは喋る!て思うんやけどなあ。ほんまに自分あかんたれや。元々融はおしゃべりじゃないから、他の部員の皆はたぶん気付いてないと思うけど、こっちがもうそろそろ限界やって。

「ていうか、みんな背え高こなってえらい男前になったんやねー!モテるやろー?」
「そんなことないっすよー、俺ら飢えまくりやもん」
「加奈子さん女子大生紹介してよー」
「何ませたこと言うてんのよー!」

3年生は、唯一加奈子さんと面識があっただけあって、愛想良く冗談を飛ばして積極的に会話に参加してる。
筈なんやけど、なんやろう…いつもの感じじゃない。表向きはみんな笑ってるんやけど、なんか変な感じや

普通やったら3年生は夏のインターハイを最後に引退するんだろうけど、うちの部の3年生は皆ほぼ進路が決定しているらしく、殆ど今までと変わらずに部活に顔を出している。なんとも文武両道を掲げるうちの高校らしい。今の2年生の中から新しいキャプテンが選ばれるのは、3年生が卒業するほんとに間近だと顧問から聞いた。

「加奈子さんやっぱり大学行ってもモテモテで彼氏いっぱいおるんでしょ実は!」
「ちょっと伊藤君なに言うてんのー!そんなんないわー!」

伊藤先輩の言葉に、部員がどっと湧く。
うわ融もめっちゃさわやかに笑てるわ。
俺が側におらんかったらあんなきれいに笑うのになあ

いたたまれない気分になった俺はこれ以上変に考え込む前に、また手洗い場にしゃがみこんで、みんなの替えのスパイクをガシガシ洗う。ひゃっこい。手、かじかんで痛い。ハンドクリームもらっとくべきやったわほんまに。いたいわ。

しばらくそうやって一心不乱にスパイクを洗ってると、ふいに、「八重蔵」と聞きなれた声が聞こえた。

水を止めて立ち上がる。

手洗い場の側で伊藤さんと、武田さんが難しい顔して手招きしてる。どしたんやろ。俺は、手に持ったままのたわしを地面に置き、ちょいちょいと招かれるまま、ふたりに近づいていく。

「あの…どうしたんですか?」
「あのサセ子また来よったで」
「さ、させこ?」

「ミーティングタイム!」
伊藤さんが突然絶叫して、俺の肩と武田さんの肩に手を回す。プチ円陣、出来上がり。な、なんや、どうしたんや?

「きっしょいわー!ほんま何しにきとんねんあの万年発情期女。八重蔵どう思う?」
「万年はつじょうき女って…加奈子さんのことですか?…きれいな人やと思います」
「やろ!そーやでな、絶対男漁りやんなあ!きっしょいわー!腹立つわ!」
「伊藤さん、おれ、なんにもそんなん言うてない…」

「最初こそな、かわいい先輩がマネとか青春ドラマみたいや!放課後二人っきりの部室でチョメチョメしたいわ!とか思ってしもたけどさ純粋なボクは!」
「お前そんなこと考えとったんかいな、俺と一緒やないか!」
「けどな、一緒に部活やってるうちにあの糞女の正体見えてきたねん。まず、ろくにサッカーのルール知らんやろ、気回れへんやろ、勝手に休むやろ。おまけに新しく入ってきたマネはいびって辞めさす。ほんでポニーテールやろ」
伊藤先輩は一度言葉を切った。不思議に思って顔を上げる。…痛い。至近距離で頭突きされた。な、なんで…

「え…ポニーテールくらいそんな…て?八重蔵、そんなんやったら女にすぐ騙されるで!?なめたらあかんねん女子を!絶対そんなんポニーテールて…男の目線考えとんねん!」

だから俺なんにも言うてないのに
…これ知ってる、たんこぶできるやつや、この痛さ

伊藤先輩は続ける。
「まあそこらは千歩譲ってええとして、あいつ部活内で何人言いよったか知らんけど誰にでも声かけていざこざ起こしとんねん。俺が彼氏や!俺や俺や!て張り合う先輩らのせいでいで部活の雰囲気めたくそ悪なるしよう。かと思ったら、新入生の俺らにもツバつけてくるし」

武田さんが頷く。
「俺と伊藤はそのころから関係が密やったから、お互いに報告し合うて、なんやあのアバズレは みたいな印象やったから一歩引いて状況見れたんやけどなあ」

「そうそう。ほんで、いっかいあいつにお灸据えよかってなったときあったやん。あれ笑たでなあ。…前な、夏の合宿の時よう、武田アイツに呼び出されて『好きになってしもた』って言われた時、『え、でも先輩それ伊藤にも言ったらしいじゃないですか、どういうことですか』って言うたらしいんやわ。そしたらめっちゃおろおろしだしてしまいには泣きよったんやと!で武田とことん厳しいからひとりでさっさとかえってきよたねん。1年生の間では武田を囲んで宴が行われるくらいその夜はよー言うてくれたっ!て盛り上がったんやで!」
「あったなあ、そんなこと。なつかしわー」

二人のマシンガントークに圧倒されながらも、ほんまこの二人仲良しやなあ、息ぴったりで会話とまらへんなあと思って二人の顔を交互に見てたら、二人がちょっとばつがわるそうな顔になる。

「八重蔵引いたん?ごめんな」
武田さんが言う。

「ひ、引く?なんでですか?」

「八重蔵なんも喋れへんし…あんま聞いてて気分よくないやろこんな話」
伊藤さんが後ろに"ションボリ"という字の書かれた噴き出しが見えそうな雰囲気で言う。さっき頭突きしたときのテンションはどこにいったんや…

「え、そんなん思てないです…逆におもしろ…いというか、やっぱそのころからチームワークええんやなあて思ってむしろほほえましいような感じで聞いてました。…その、加奈子さんには悪いけど…」

伊藤さんと武田さんがほっとした顔をしたと思ったら、プチ円陣組んでた腕をほどいて、そのままゆっくり近づいてきて二人で俺を抱きしめる。というか、抱き絞めあげる。

「ぐ、ぐ、ぐるじい、ギブせんぱい、ぎぶぎぶ」
「やえぞーーーーー!」
「すきやぞーーーー!」

最近この一連の流れが二人ともお気に入りみたいで、よく渾身の力でおもいっきり締め上げられることが多い。もしかして俺いびられてるの?

「きみが噂の男子マネージャーくん?」

かろやかな声が背後から聞こえた。さっきの会話、聞かれた?俺は身を硬くして、ゆっくり振り向く。

「あ、やっぱりそーだ!誰かのツイッターにあげられてたのみたことあるよー、こんにちはー!」

人懐っこい笑顔で先輩は笑う。この人笑ったらえくぼがみえるんだ。やっぱりかわいい。

さっきまでおちゃらけてた二人がスッと先輩の顔に戻ったのがわかった。武田さんが、「八重蔵、挨拶」と肩を叩く。やっぱり体育会系は上下関係に熱いんやなー!と妙に感動しながら、促されるまま慌てて喋りだす。

「こ、こんちは。えっと、加奈子さんのあとに続いて…マネやらせてもらってる、古賀八重蔵と言います。不慣れですが、よろしくおねがいします」

あの話を聞いたあとだと変にどぎまぎして、冷たい言葉をかけれれるかと一抹の不安を抱きながらも、頭を下げる。恐る恐る顔を上げると、加奈子さんと目が合う。その瞬間彼女は笑顔になった。

「きみ超礼儀正しいねー!みんなにかわいがられるわけだ!てか名前すごいね、古風!」
じいちゃんがつけたんですと小さく口にしたが、聞こえてるのかいないのか無言で頭をなでられる。あかぎれもない、きれいな手だ。されるがままになってると、伊藤先輩と武田先輩が我に返ったかのように話しだす。

「ちょっとー先輩!いくら八重蔵がかわいいからって、こいつには手えださんといてくださいよー、まだウブなんですよー!」
「こいつほんまもんのウブ夫なんです。あそこも産毛しか生えてないんすよー!」
「や、ちゃんと生えてます」
「何ーもうみんな仲良いなー!」

二人の立ち回りはさっきの、殺伐とした印象は微塵も感じさせない。プロや。その後もひとしきり、俺を除いた3人で会話は進む。日が傾きかけてそろそろ片付けせなな、と思い始めたときだった。
加奈子さんが、今思い出しましたと言わんばかりに、そうだ、手を叩いて、俺たちの顔を見る。

「どうしました?」
「あのさーえっとね、あの子ってなんていう子?今ゴール前でストレッチしてる、背のおっきい子」

胸が大きく跳ねる。

融や。

「え、なんかしたんすかあいつ。すんません」
伊藤さんは質問には答えず、あんまり感情の籠らない声音で謝る。
「あっ、ちゃうねん、ただ…なんかええ子やなあと思って、見てたらてきぱきしてるし、なんか他の子らと違うて大人びてるわ態度が」

「ふーん、意外と子どもっぽいとこあるんすけどね、あいつも」

4人で融を見つめる。俺は加奈子さんの顔が見れない。そうこうしてる内に、キャプテンが皆に招集をかける。
「あ、そろそろ終わるみたいやな、いこか武田」
「おう、すんません加奈子さんそしたら。いくぞ八重蔵」
「は、はい」

走りだしてすぐ加奈子さんのほうを振り返ったら、まだずっと、あいつのいる方向を見つめ続けていた。










知ってるんだ。吹き始めた風がやむはずがないってことくらい。


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