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雨傘ひとつ。1

◆3-4side◆

午後の授業が始まる頃には空の青は為りを潜め、黒い雨雲が天井を覆い尽くしていた。
雨が降り出すのもいよいよ時間の問題のようだ。
「けっこー強いの来そうだな」
暗い空を見上げて言うと、ヤマちゃんも隣で同じように見ながら軽く頷いた。
「朝の天気予報でも降るって言ってたしね」
「マジか。俺ギリギリまで寝てるからそんなん見ねえし」
「あぁ、モトってそんなカンジ」
空から前に顔を戻し、歩きながら会話を続ける。
また少し雨の日の独特の匂いが強くなった気がして、視線だけをもう一度空に向けた。
「じゃあヤマちゃんは傘持って来たんだ?」
「持って来てない」
「予報見た意味、なんもねえな」
ヤマちゃんののんびりとした一言に呆れ顔で笑う。
「ん、まぁでも何とかなるから」
ヤマちゃんはそう言って体育館の入り口を潜る。
確かに今更慌てても仕方ねえか。
いざとなったら方法はいくらでもあるし。
一度首を鳴らして、俺もヤマちゃんの後に続いた。

雨なんか気にしてる場合じゃねえよ。
次は楽しい体育の時間です。



◆3-6side◆

退屈な授業も午後ともなると、退屈に拍車がかかる。
昼飯の後で腹もいい感じにこなれて来て、昼寝するにはベストタイミングなんだけどそうもいかない。
眠気を紛らわせようとテキストを眺めるのにも飽きて窓の外に目を移すと、
暗い空から雨がぽつりぽつりと落ち始めているのが見えた。
厚い雨雲から落とされる雫は次第に大きくなっていく。
乾いたグラウンドの色はみるみる内に黒く塗り替えられていった。
朝の天気予報では午後は下り坂だと言っていた。
それは当たっているから文句はないが、下り坂という言葉では済まされないような降り方が気になる。
この授業が終わる頃には、多少は落ち着いてればいいのだけど。
俺はノートをとる振りをして、小さな傘をいくつも描いて時間を潰した。

◆◇◆

先刻降り出した雨は放課後に入っても弱まる気配はなかった。
傘は持っているけど、こんなんじゃ寄り道する気にはなれない。
新しい問題集を買いに書店に行きたかったけど、明日に持ち越しだ。
「すごい雨だな」
鞄に教科書やノートを入れながら、後ろの席の和己が笑う。
「傘、持ってきたか?」
「まあ一応は」
そう言って椅子を引いて立ち上がり、土砂降りの校庭を一瞥した。

「和!」
肩に鞄をかけた時、背後で聞き慣れた声が聞こえた。
振り返ると、ヤマちゃんが和己の腕に絡んで猫みたいにじゃれついていた。
和己は上手くバランスをとりながらヤマちゃんに笑顔を返す。
「どうした?ヤマちゃん」
「和己に会いに来たんだよ」
「そりゃ嬉しいな」
バカみたいに笑って冗談まじりに抱き合った後、ヤマちゃんが俺に手を振った。
「慎吾も。元気?」
「おかげさんで」
なんで俺、ついで扱いなんだろうか。
和己に抱き着いたご機嫌顔のヤマちゃんに肩を竦めて答える。
そしたら満足そうに「それは結構」とにんまり笑った。
「なあ、ヤマちゃんは傘持って来たのか?」
「ないよ」
俺にしたように和己が同じ事を尋ねると、ヤマちゃんはあっさりと返した。
彼には窓に幾つもの線を描く雨が見えていないのかと思ってしまう。
けれどそんな事もないらしく、からからと笑ってこっちを指さした。
「だからここに来たんじゃない」
「あぁ……」
和己もなるほど、と顎に手を添えて頷く。
なに納得してんだよ。
「俺ビニ傘だから無理だかんな」
腕を交差させて、バツを作ってみせる。
いくらヤマちゃんの頼みだって聞ける時と聞けない時はある。
後は帰るだけだって言っても濡れるのは御免だ。
恨めしい顔で睨まれてるけど無視してやる。
すると和己が子供を慰めるようにヤマちゃんの頭に手をおいた。
「ヤマちゃん、折り畳みのでいいならあるぞ?」
「あ、ダメ。後でモトが借りに来るって」
「本人抜きで既に話がついてるのかよ」
堪らずにツッコミを入れると、ヤマちゃんが笑顔を向けてきた。
「そんなワケだから、ヨロシクね!慎吾!」
「うぐ……」
後ろ手に組んで、ちょこんと首を傾げておねだりモード全開の笑顔。
そんなん見せられたら断れない事知ってるくせに。
「……濡れても文句言うなよな」
「勿論だよー、慎吾大好き!」

わかってるよ。甘すぎるって。
押しに弱い自分に呆れながらがっくりと肩を落として、ヤマちゃんと教室の出口に向かう。
「よぉ、慎吾疲れてんな!」
それと入れ代わりにモトヤンが教室に駆け込んできた。
軽快に俺の肩を叩いてヤマちゃんとハイタッチ。
勢いをそのままに和己の元に走っていった。
その後ろ姿を恨めしく睨む。
「誰のせいだと思ってんだよ」
ボソリと呟いた声を耳聡く拾ってヤマちゃんが顔を覗き込んでくる。
「どしたの、慎吾」
「別に」
トコトコついてくるヤマちゃんはやっぱりご機嫌だった。


あきゅろす。
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