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ごめん、ただ君が好き。(大学生)

足元に散乱した雑誌や、倒れたままのゴミ箱。
その真ん中に佇む二人というのは、端から見たらさぞシュールに映ることだろう。

ガシャン

肩を掠めた物を横目で見下ろすと、そこにはお気に入りのグラスが無惨な姿で崩れ落ちていた。
高かったのにな、あれ。
そんな事を頭の片隅で考えながら目を正面に戻す。
ヤマちゃんは次に投げるエモノを拾いあげた。
破壊力なんか全然ない中途半端なサイズのクッションが投げ付けられる。
「なんか言えよ」
俯いたまま、唸るようにヤマちゃんが呟いた。
ささくれ立つ気持ちを宥めるようにゆっくりと深呼吸して、きつく唇を噛んだ顔を僅かにもちあげる。
少しだけ濡れた睫毛が責めるように揺れた。

そんな顔、させるつもりはなかった。

目眩を起こしそうな罪悪感に足が震える。
けれどそれを悟られないように平静を装った。
「……すぐ泣く」
「……泣いてない!」
溜息まじりに呆れた声を出せば、間髪入れずにリモコンと反論をぶつけられた。
「痛……」

ゼミの女とキスをした。
それを見つかって、この有様だ。
浮気なんて大それたモンじゃない、俺にはただの悪ふざけ。
甘酸っぱい感情なんてこれっぽっちもなかった。
だって、本当に大切に思うのも側にいたいと感じるのもヤマちゃんだけだと確信しているんだ。
けれど、それでも時折感じる不確かな感覚。
得体の知れない不安。気のせいかもしれないけれど。
隣で笑っている時でさえそれは付き纏うもので、胸が空くようなキモチ悪さに苛立つこともあった。

長い付き合いの中、今でもたまに捉えきれないヤマちゃんの想いを試すように、あのキスをわざと見せつけた。
そして安心するのだ。
泣きそうなヤマちゃんの震える肩や、他人には見せない苦しそうな眼差しに。
自分だけにぶつけられるヤマちゃんの感情のすべてに。
彼の瞳が、逸らされる事なくこちらを見ていると確認して。
やっと、また胸の内が凪いでくれる。

それは完全な俺のエゴで、ヤマちゃんはそれに付き合わされて傷つくだけ。
そんなヤマちゃんを見て安心するなんて。

サイテーだ。

いつ愛想を尽かされてもおかしくない。
なのにヤマちゃんは変わらずまた寄り添ってくれる。
慈悲深いのか、それとももう、ヤマちゃんの感覚も麻痺してしまっているのか。
……それだけたくさん、傷つけたという事か。

「なんも言わないの?」
きつく眉を寄せて、ヤマちゃんが小さく声を零した。
手にはもう何も握られてはいない。
俺は一歩踏み出してその手をとった。
「なんか言っても、ちゃんと聞こえないから」
うまく伝えられないなら、何も言わない方がいい。
繋いだ指を引き寄せて、ヤマちゃんを身体ごと抱きしめた。
心を上滑りする謝罪より、強く回した腕の熱で想いを伝える。

ごめん 大好き 苦しい ……怖い

俺の腕の中でヤマちゃんは身じろぎもせず、ただじっと呼吸を繰り返していた。
額を肩にあてて俯いたまま、ヤマちゃんが背中に腕を回す。
その腕で、俺の背中を二回軽く叩いた。
仕方ないね、この子は。
吐き出す息に乗せたやさしすぎる言葉に泣きそうになった。



呆れるほどに下らない、この子供じみた行為を、俺はきっとまた繰り返す。
それが自分の不安を煽っているだけだということに気付かずに。


あきゅろす。
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