後悔持ち越し
目を輝かせたものの、一応初対面の人間だ。いきなり飛びつくのはだめだとあいつなりに判断したのだろう、おずおずとした動作で体を揺らす。
「……まあ、かわいらしいお客さんですね」
妹を見た森さんがほほ笑み、それを見た妹が軽く目を見開く。子供心にメイドさんは新鮮だったのだろう、ちょっとおとなしい様子だったはずの妹はかぶっていた猫を剥ぎ棄て、森さんへと駆けて行った。わぁいじゃねえよ。
そんな妹を抱きとめながら、森さんが顔をあげた。俺を見て軽く頭を下げたかと思うと、視線をずらして名前を見る。ふんわりと、妹とはまた違った、ほほえましい何かを見るような瞳が名前に向けられたのをみとめて首を傾けた。孤島での事件で名前が手伝ったからだろうか、森さんがやたらと友好的な笑顔を浮かべるのは。
「あの、お久しぶりです。今回もよろしくお願いします」
ててて、と近寄った名前がきちんと頭を下げる。森さんは新川さんを呼び寄せると、これまた二人揃ってきれいに頭を下げた。こちらこそよろしくお願いいたします、とかしこまった様子で言われて名前が戸惑うように目線をうろつかせる。
「何してんのよ、名前。あっ、久し振り!この冬合宿も期待してるわ。夏は台風のおかげで少し遊び足りなかったけど、そのぶんは冬に持ち越したから、しっかり楽しませてちょうだいね!」
名前のもとへ歩いてきたハルヒが、森さんと新川さんを見るなり元気よく手を挙げるが、二人は驚くわけでもなく戸惑うわけでもなく、お任せくださいと静かに言い放った。こりゃプロだな。
「さ、みんな。こっから気合い入れて全力で遊ぶわよーっ!この一年の垢を全部落として、新年を迎えるころには真っさらどころか真っ白に燃え尽きるくらいのつもりで行くわ。悔いなんか一欠片だって新年に持ち込むことは許さないんだからね!」
気合入れて演説しているところ悪いが、俺は新年に後悔を持ち込まずにはいられないだろう。国木田にも予言されていることだ。
俺がボーッと少し前の出来事を思い出していると、ハルヒがぐりんっと首を動かし、俺を見た。突然こちらを見られたので思わず驚いて下がってしまう。
「特にキョン!あんた、いっつもテキトーなんだから、後悔だらけなんじゃないの?少なくともあと数時間はあるんだから、その間に後悔は捨てちゃいなさい!いいわねっ!」
心が読まれたのかと思わず冷汗が出たが、とりあえず流しておく。ハイハイ、どうせ俺は適当な人間だよ。適当いいじゃないか。
思わず苦笑を浮かべるようなことを考えていると、名前が隣で小さくつぶやいた。
「キョンは後悔したことある?」
「そりゃ、生きてる以上後悔なんていつだってしてるさ」
「あー、そうなんだけどね、今年しちゃった後悔っていうか、今も引きずってる後悔とか」
「………」
黙秘権を全力で使用する。名前は、あるんだねー、と呟いて苦笑した。そして続ける。私、後悔するようなことがあったかなあ。あるかもなあ、私も思い出しておこう、と。
その言葉を聞いて、なんだか少し泣きたくなった。
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