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欠けた人


朝比奈さんは小さく呼吸をはさみ、先ほどと変わらない声音で続ける。

「逃げてもいい。だけど覚えておいてね、私たちの時代の未来人は、あなたを脅威としている――」

恐らく、言い切らないままだったと思う。何の前触れもなく、朝比奈さん(大)の体が光の膜を張ったように真っ白になって、思わず目を瞑った。光が瞼の裏でチカチカと明滅を繰り返して、慣れないうちに瞼を開くと、そこにはもう彼女の姿は無い。
かわりに、『名前』がその場に座り込んでいた。腰が抜けたのか足の力が抜けたのかその両方か、呆然という言葉がぴったり当てはまる、そんな表情で朝比奈さん(大)がさっきまでいたところを凝視している。

「…朝比奈、さん?」

状況に追いついていってない、そんな表情のまま、『名前』は呟く。捲くれ上がったスカートがかなり際どい感じだったが、今はそんなところに視線をやっている場合ではない。というか隣に本人がいるから申し訳なくて集中できない。
と言うか、俺もそれどころじゃなかった。待て。待てよ。心臓に冷えた血液がひゅうっと流れていく。嘘だろ。
頼るべき存在が、いなくなってしまった。どうすればいいのか、助言を求めようと思った矢先に。まだ頼るべき存在はもう一人残っているが、俺たちだけでは随分と心もとない。どうしたらいい、と口をぽかんと開けていると、隣にいた名前が呟いた。ごめんなさい。

「……なにが?」

急に謝られても俺にはどうしたらいいのかわからない。どちらかと言えば、俺が謝りたいくらいだ。もっとしっかりしなきゃいけないのに、朝比奈さん(大)という頼りどころがいなくなって、どうしたらいいのかわからなくなっちまってる。俺こそ、と続けようとしたら、名前はぶんぶんと首を振った。どうした、と問いかける。

「ほ、んとうは、」

本当は?

「本当、は、朝比奈さんはまだこの時代に留まっていて、キョンが、話しかけてたの。だけど、私が来たせいで、朝比奈さんは時間に追われて、帰っちゃ、った」

「……そんな、」

どういうことだ。つまりは、朝比奈さん(大)は『俺』と別れた後公園に留まっていて、俺はその朝比奈さん(大)と話を遂げていた、ということなのか。
でもそんなの、言ったって、仕方ないだろう。消えちまったもんは消えちまったんだ。今更そんなの悔やんだって、俺は未来とコンタクトを取る術なんて持ってないし、仕方ないと割り切るしかない。
泣きそうな名前の背を撫でて、大丈夫だから、と、口に出来る限りの優しい声音で呟いた。大丈夫だ。まだ長門が。

「長門のところに、行こう。な」

「でも、」

「仕方ないだろう。でもきっと、長門なら、なんとかしてくれるさ。だから」

「だって、」

「いいから!」



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